00:最初
生暖かく、冷ややかな目つきで見通していって下さい。
お天道さまが見ている日差しの先には、海の様に広がった湖近くの草原で、小さくて黒い生き物が倒れていました。
黒くて丸い頭に黒い胴体から、短い手足がそれぞれ二本付いています。小さくて、黒い生き物と言うのも長いので、省いて“黒物”とでも呼びましょう。
その黒物は、まるで湖の近くで遊んでいた子供達に、忘れ去れたまま捨てられた人形の様な有り様でした。
「……」
どうやら黒物は気がついたらしく、椅子に座らせたぬいぐるみの姿勢で半身を起こし、物言いたげそうに小さい頭をちょこちょこ動かしました。
右を見れば、水平線が引かれるほどのひろびろと広がった湖。左を見れば、刈られた芝が地肌をさらして道を作り、森の奥へと沿えられていた。
そもそも、どうして自分は小さくて黒い生き物になっているんでしょうか?
「……」
疑問を知るべく、黒物は記憶を辿り出します。
「――……」
3秒経過。
「――……」
6秒経過…。
「――……」
18秒経過……。
「――……!」
何か思い出した?
「……。」
いいえ、諦めたそうです。
それが、自分の呼び名が「善也」と言う事と、元は人間だった以外は、黒物の記憶は喪失しちゃっている事だそうです。
都合が良いですこと。
とりあえず、黒物は行動へ移します。 先ほど見渡した森へと続く道を沿って歩き出し、奥に潜った所で2本に沿えて引かれた分かれ道が、現れました。
道はどっちを選んでも同じで、一寸先は闇へと続いているようです。
「……」
頭を煩って考えますが、どうも決断するに乏しい黒物は、そこいらで立てた小枝が倒れる先へ進もうと決めようとしました。だが、小枝は道の分かれ目に倒れたり、自分の方向へ倒れたり、立てたのに倒れなかったり、次々と期待を失わせる小枝は、黒物の怒りによって折られます。さらば。
「……」
また諦める黒物は、遠い視線で空を眺めてしまいました。
日和に澄んだスカイブルー。グレーの混じった千切れ雲に、一羽の鳥が空の景色を泳ぐように飛び交っていました。
「……」
何か思い付いた黒物は、飛び交う鳥を少しの間見つめ続けました。
いずれ、鳥は分かれ道の左の方角へ飛び去って行った。
「……」
黒物もそれを見計らい、鳥が飛び去った左に歩み出しました。
確か、中国で陣を立てる軍が戦場へ向かう際に分かれ道にかかってしまい。戸惑った大将は一羽の鳥を目にとまり、分かれ道を迷わず鳥が飛び去って行く姿を見た大将は、鳥が飛び去った方角へ進軍を再開させたそうです。
「鳥」が飛び去った「道」へ行く。
この出来事から一般的に知られた、漢字の「進」という文字の成り立ちになったそうです。
つまり黒物は、「進」の漢字の成り立つまでの知識を活かし、分かれ道というその場を乗り切ったみたいです。
………博識ですね。