こぼれ話 ~ジーンとカノン~
7話と8話の間あたりの話です。女子寮長はこんな人です。
「悪いな、修理を頼む」
ジーンの手からカノンに手渡されたのは、左わき腹の部分が焦げて穴のあいたセーフティジャケットだった。
「これでもまだしびれが出たって聞いたけど、大変だった?」
「そうだな。結局朝まで手足がしびれてたな。まぁ、奴らが出力を最大にしてやがったのが原因だろうが」
「うーん、でもこの焦げ跡もみると絶縁体と布地自体の強度も調整する必要がありそうだね」
カノンはまじまじとジャケットを検分すると片手を口元に当てて少し考え込んだ。
侵入者と相対した時にジーンが身に着けていたセーフティジャケットは士官学校内で普通に支給されるそれとは形は似ていても実際は全くの別物だった。体質の関係で電撃や衝撃に特に強いジャケットを欲しがったジーン。その彼のためにカノンが手掛けた特別製だ。
どこでどうやったのかわからないが、繊維から特別なものを作り上げたという彼女の趣味は開発・改良で、この分野に関しては料理や裁縫が趣味のシノブをはるかに凌ぐ器用さを発揮していた。…ただし通常の料理や手芸をさせると、持ち前の発想からとんでもないものを作り出すので、少なくとも彼女に料理をさせないようにというのは士官学校内では広く知られた暗黙の了解だったりする。何せ野外実習のための調理で何故かコンバットナイフをアーミーナイフに改造してしまった過去がある。
「どのくらいかかる?」
「ここの補強だけなら、布の予備があるからシノブに頼んだ方が早いかも。でも、ちょっと分析して次の改良点の解析をしたいから、うん、予備につくって保管してるのを後で渡すわ」
「あぁそっちの方が助かるな。またいつあんなのが来るかわかったもんじゃねぇ…」
ジーンはどこかイラついたように自分の前髪をかきかげた。自分から踏み込んだとはいえとんだ災難に見舞われた彼だ。侵入者が逃走してしまった現在、気を抜く事も出いないのだろう。しかしカノンは興味津々と言った様子でジーンを見下ろした。
「面白いくらい気に入られてたね~」
「あほう。そんな気楽なもんか」
憮然としたジーンにカノンはふふ~んと笑う。
「美形マッドと黙って立ってれば問答無用で貴公子然とした美少年のカップルなんてもう定番中の定番よ~美味しすぎるじゃない」
「……お前のその腐った脳みそをまずはどうにかしてやろうか」
そしてカノンは発明の才能とともにいわゆる『腐女子』というやつとして有名だった。彼女の中の世界が実現すれば世の中子孫不足ですぐに絶滅するだろう。なまじ顔立ちがいいために、すぐにネタにされるジーンとしては頭の痛いところだ。
「え~いいじゃない、美形×美形。うちの学校じゃやっぱり色気が足りなかったのよね」
「……カノン」
「士官候補生とテロリストの道ならない恋よ!最初は反発するんだけど事件で顔を合わせたり意見をぶつけ合ってるうちに少しずつ惹かれあっていくの!!ねね、やっぱり強引?それともツンデレ?どっちがいいと思う?」
「やめろ!耳が腐るっ」
後頭部を一発殴る(もちろん拳ではなく平手、それもそこそこ手加減してだが)とようやく暴走していたカノンが黙った。なによ~と不満げだが、ジーンの方だって鳥肌と気持ち悪さでめまいがするかと思ったくらいだ。
「お前それ以上暴走したら、名誉棄損で訴えるからな」
「やだ、文章にするなら『実在の人物・団体とは関係ありません』の一文くらい入れるわよ」
「それですませようと思ってるなら、明日の実技訓練は全部お前を指名して全力で叩きのめすぞ」
「きゃ~、ジーンったら激しいのがお好み?」
本気でイラっときたジーンは自分の端末を取り出した。
「よ~くわかった。話してきかない奴はお前の大好きな実力行使ってやつしかないんだな。カノン、お前の端末最低限必要な機能以外は全部ロックをかけておくからな」
「え?」
カノンが慌てて自分の端末を広げる。手早く操作している様子が見て取れたがそれ以上に焦りの色がありありと見て取れた。
「ちょ、何の機能を残してあるのよ!?」
「通信さえできればいいだろう?」
「それじゃ課題も出来ないじゃない!?」
「なぁに、優秀な女子寮長ならそれくらいどうとでも出来るだろうさ」
「も~!解除してよ!!」
「自分の部屋の供用端末を使えばいいだろう?……まぁネット上のデータも押さえさせてもらったから、資料は最初から集めなきゃいかんだろうがな」
「ウソ!!?」
「ルミにも絶対に解除するなと伝えておくからな。ま、自力で頑張れよ」
焦るカノンの様子に少し溜飲を下げたジーンは、片手をあげてその場を後にした。
結局シノブが、自業自得だとカノンを叱って謝罪させ、ジーンにはやり過ぎだとたしなめる事で事態が収拾するのだが、じつはこれがよくあることだったりする…。