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第8話

※流血や生死にかかわる表現があります。

 侵入者が逃げ出したのが、軍の担当者に引き渡した後だっため士官学校と駐留軍の間でいろいろとゴタゴタがあったらしいがそれは士官候補生の関与するところではない。

 校内は校内でしばらくは騒ぎの余韻で浮足だって騒ぐ候補生達もいたが、速やかに総代副総代、そして寮長達によって諌められ、3日もする頃にはすっかり元の通りになっていた。

 副総代であるジーンがいったん人質状態になった事に関しては、意図的に敵の懐に入って行った事が周知されていた事もあり、簡単に捕まったと侮られる事や、彼自身の祖父が将官であるために狙われたという事実を知られる事はなかった。さらに侵入者との怪しげなやり取りに関しては一部物好き達が何やらひそひそとやって いたようだが、実害のないものは放置し、何やら害がありそうなものはジーンが片っ端から完膚なきまでに叩きのめしたのは、まぁ余談だ。

「でも、総代はせっかくの誕生日が散々な事になっちゃって、残念だったなぁ」

 よくよく考えてみれば、ルークは一緒に祝ってもらった立場で、全然お祝いをしていない。ふむ、転入してから一月、結構世話になっているし、何かした方がいいのだろうか。

「散々じゃないわよ。だってみんながお祝いしてくれたじゃない」

 格闘技訓練の時に着る動きやすい服に身を包んだシノブがルークの独り言を聞きつけると、笑いながら後ろに立った。選抜された20人の候補生達が、同じような服装で列を作る。先頭にアイマン、しんがりにシノブ、といった態勢だ。中 間地点に男女寮長、先頭のアイマンの隣にジーンが並ぶ。この並びはその時々、教官の気分で決まるらしい。

 今日はこれから、以前アイマンが言っていた第2シティーの部隊との合同訓練をするため、駐留基地に向かうところだ。

 第5シティーは全部で10の階層から出来ていて、地下1、2階はドームの維持管理施設。それから上が各ドームをつなげるシャトルステーション。さらに農業用地、居住スペースかそれぞれ2階層を占め、商業施設、観光施設が続き、最上部に軍用地や市役所などの公共施設が設置されているのだが、基地と士官学校との距離は軍関連の施設のため門から門の距離が5km程度の場所にある。この距離は、訓練前に体を温めるのにはちょうど良い距離ということで、隊列を組 みジョギングをしながら基地へ向かう事になった。ちなみにこれ、あくまで門と門の距離が5kmであって士官学校の校舎の玄関から訓練が行われる施設までになると軽く10kmあったりする。それでも動きやすい軽装の運動着でそれもスピードをさほど出さないジョギング程度なのでルークも気が楽だった。……本格的な訓練になると30kg前後の装備を背負って動き回る事になるのだから…。

 合図と一緒に、アイマンが走りだし、半歩遅れてジーン、続いて続々と後続が走りだした。目隠しのための樹木が並ぶ道をまずは走り抜ける。士官学校の敷地外へ出れば公道に出る。立ち並ぶ施設は士官学校と駐留基地との間だけあって軍関係の施設がほとんどだが、昨今の士官への人気ゆえに観光客がそこそ こ行き来をいていた。

 その公道を士官候補生が2列応対でジョギングをする様子は格好の見世物だなとルークは内心で苦笑する。平日の昼間だと言うのにそこかしこにまだ幼い少年たちが憧れに満ちた表情を浮かべ彼らを見ている事に気が付いたからだ。

(わかるわかる。オレ達もそうだったし~)

 エアカー用の道路を挟んだ向こう側の歩道でも、一目で軍の関係者とわかる運動着を来た自分たちに注視している事はすぐにわかった。

「ホーバン候補生、よそ見をするな」

「アイ・マム!」

(よく見てるな~)

 後ろから飛んだ鋭い声に反射的に答える。この間の戦闘でわかった事だが、シノブにはどうやらスイッチがあるらしい。常日頃の穏やかな様子から一変、戦闘や総代モードに入る と声が鋭くなる。ジーンに言わせると普段が猫を被っているだけらしいが。

 シノブに注意されてしまったので視線を前に戻すとアイマンがものすごく嫌そうな顔をしていて、ジーンの真後ろに並んだアランが何やら笑いをこらえているのが見えた。ルークからはよくわからないが、ジーンが何か言ったようだ。

「たのしそうね…」

 後ろからぼそりと聞こえてきた声は、微妙に怒っているように聞こえた。

(…まだジーンとケンカしてんのかなぁ~)

 侵入者騒ぎでうやむやになりかけたのだが、先日の誕生日祝いパーティー以降、時々シノブが不機嫌な雰囲気になるのにルークは気がついた。やっぱりあれだろうか、女の子としては彼氏と一緒に2人だけで特別な日を祝いたいとか、そんな感じが あるのだろうか?

 聞くに聞けなくて、よそ見をするなと怒られた直後なのに視線を動かしたルークは、ふと目の前にある、先頭の2人が今にも前を通りかかろうとしている高くそびえるビルを見つけてシノブを小さく振り返った。

「総代、あのビルってなんだっけ?」

「え?あぁ、あのレンガタイルの?」

 モダンスタイルの、赤茶色のレンガに覆われた建物はこの周辺ではひときわ目を引く建物だった。旧ヨーロッパ地方を彷彿とさせるようなデザインのそれはぱっと見では用途がわからない。叱られても懲りずに聞いてくるルークに、それでも必要な知識のひとつであると判断したのかシノブはため息交じりに教えてくれた。

「軍の広報部が入ってる建物ね。この近くには市役所もあるでしょう?連携が取りやすいように基地の敷地外に…教官!!」

 シノブの鋭い声が飛んだ。ルークの視界の端に黒いエアカーが入り込む。 第5シティーの中央管理システムで運行されている自動操縦のエアカーではありえない操縦で走るその天井部分から人間が1人、上半身を乗り出していた。

その手に握られた、箱のような物体。

「…走れ!!」

「伏せろ!!」

 放物線を描いてビルに投げつけられたそれを見て、アイマンは怒鳴り、自分も猛スピードで走りだした。その彼の怒鳴り声に重なるように、まったく逆動作の指示を怒鳴ったのはシノブだった。数瞬、誰もが指示の優先を逡巡し意味を悟った。

 アイマンが怒鳴ったのはビルの前で自分たちの方へ向ってくる士官候補生達に注目していた3人の子供に対してだった。

 一緒に先頭を走っていたジーンがスピードを上げてアイマンと並走し、子供に向かって走った。彼らが子供たちを抱きかかえるのを目の端におさめながら、ルークはもう一つ影が自分の脇を走り抜けようとするのを視界にとらえた。その人影が誰かを本能的に察して(というか他にいない)とっさに間に合わないと思った(のだと思う)彼はその影を捕まえて自分の方に引き寄せると後続の指示に従って地面に張り付くように体を伏せた。

 すぐさま鼓膜が破れるかと思うような爆音が鳴り響いた。頭上を、嵐のような風が吹き抜けた。

 バラバラと、何かが落ちる音がそこに続く。

 土ぼこりが舞いたち、風が一段落した事を確認してから、ルークは体を起こし周囲をうかがう。

 爆弾を投げつけた男の姿はそこにはなかった。エアカーも見当たらないところをみると爆発に巻き込まれたわけではなく 、器用にもエアカーによって逃走したのだと思われる。

 とりあえず、続く襲撃がないと理解してから、ルークは彼女に覆いかぶさっていた自分の体をどけた。

「教官!!」

 彼女はルークがひきとめた事には何も触れず、すぐさま起き上がると爆発現場を見やった。

 目の前にはビルから崩れ落ちたがれきが山積し、道の見通しを悪くしていた。まして土ぼこりがまだ薄い霞のように残っていては細かな状況などわかるはずもない。

「…救急隊に連絡しろ!!」

 その時聞こえてきたのは、アイマンの軽いようで落ち着いた声ではなかった。

 シノブが、身軽な動きで声の方へ走り寄る。ルークも立ち上がるとだいぶ薄れてきた土ぼこりのむこうに人影が見えた。大きさから、子供が3人、そし てジーンだとわかる。

 一緒に走りかけて、はたと自分の足元にいる同級生たちを思い出した。ざっと確認をすると何人か反応が遅れて吹き飛ばされたようだが、大きな怪我をした人間はいないようだ。ほっと安心しながらがれきを越え言葉を無くした。

 そこでは、シノブが立ち尽くしていた。

 地面に子供を抱えて座り込んだジーン、何が起こったのか具体的には理解していないまでも何か大変なことがあったらしいと感じて真っ青になる3人の子供。そして…

「教官!!」

 ひときわ大きながれきに体をはさまれるアイマンの姿がそこにあった。

 ルークも一瞬その場に立ち尽くす。

 ここに至って、ようやく状況をのみ込んだ通行人から悲鳴が上がった。

 状況を誰何する叫び声が交 差する。そこには彼ら候補生のものも含まれていた。

「アテンション!!」

 危うくルーク自身もそれに飲み込まれてしまいそうになる前に、鋭い声が響き渡った。

 彼と同じ年の、まだ、十代の少女の強い声がその場にいた全員の動きを止める。

 その、力強さ。

「うろたえるな!各自、私とサエキ、ヘイル両候補生の指示に従って救出活動にかかれ!」

 言いながら、シノブはルークと、近寄ってきた数人にアイマンに伸しかかってるがれきをどけるように指示を出した。

「グレイツ候補生!動けるか?」

「…アイ・マム」

 彼女の視線の先にいた副総代は、自分の右足に手を当てていたがすぐにうなずいた。

「なら重傷者の手当てを頼む」

 数秒で立ち直り、微塵の動揺も見せずに 他の同級生たちの方へ歩き出したシノブ。

 彼女の背中を半ば茫然と見送りながら彼はその頼もしさに感心し、すぐに己の不見識を後悔した。

 彼女の、両手が血の気が失せるほど強く握りしめられているのを見てしまった。

 何故、彼女は大丈夫などと思ってしまったのだろうか。

 同じ年の、『同級生』の『女の子』が。『平気』なはずなどないのに。

 

 後悔の念に駆られながら、ルークは片足を引きずりながら歩くジーンの先に立ってアイマンに近づいた。震えそうになる自分の手を叱責しながら、がれきに手をかける

「動かしても、いいかな」

「頼む」

 同じように駆け付けた同級生たちと出来る限りしずかにがれきを取り除く。目の前に横たわるアイマンの姿に、誰もが ぐっと息をのんだ。

「他の生存者探索に行け」

 ここは任せろと、頼もしく請け負ったジーンが意識のない教官の傍らに膝をつく。ズボンのベルトに通された手のひらサイズのポーチを開き、そこから応急処置に必要そうな道具をとりだした。

 ジーンは救急救命処置C級ライセンス保持者だ。緊急時に麻酔などを使って外科手術を行えるB級ライセンス取得のために個人でも勉強を重ねている。だからこそシノブも彼にアイマンの治療を任せたのだろう。その彼も、人目がなくなると硬い表情を浮かべた。

 素人目にもわかる、アイマンの怪我のひどさ。

 とっさに抱えた子供を、間に合わないと突き飛ばしたのだろう。子供は巻き込まれることなく他の2人とともに、ジーンのところまで逃げ無傷 で済んだ。しかしアイマン自身は地面に倒れ込みその上からがれきに押しつぶされていた。両足がつぶされ、酷い出血も見えた。

 後ろ髪をひかれる思いで、しかし自分にできる事はないとルークは他の生存者救出に向かうため背中を向ける。積み上げられるがれきに慎重に手を伸ばし、自分の感覚の全てを傾けて生存者の情報を拾おうと精神を集中した。

 そのときだ。

「K・ホーバン候補生!」

 呼ばれて顔を上げると、アイマンとジーンの近くに駆け寄ったシノブが自分を見ていた。呼ばれているのだと思い彼女たちに近づくとシノブはギュッと唇を引き結び、硬い声を絞り出す。

「ルーク。詳しい話はあとで説明するわ。ただ、私たちはあなたの能力の事を知っている。緊急事態だ。ルーク・ カワセ・ホーバン候補生」

 お願い。

 シノブの申し出に、ルークは一瞬混乱した。何を言われているのか、悟るのに時間がかかった。いや、状況を考えれば、それはほんの数秒の事だったはずだ。

「詳しい話は後でいくらでもする。埋め合わせも謝罪も、いくらでもだ。でも、今は時間がない……。時間がないんだ」

 シノブの後ろでそう言ったジーンの、言いたい事はよくわかった。

 地面に直接横たわるアイマンの顔は青白く、息をしている様子も絶え絶えで、そこには『死相』がはっきりとうかがえた。彼の青い唇は、なおも言葉を紡ごうと小さく動いていたが、時間がない事ははっきりとわかった。

 ルークはたっぷり10数えた。

 そして、決意した。

  アイマンの、

 まだ温かい手に、


 自分の



 手を




 重ね





 気がついた時には、白い天井と白いカーテンに囲まれていた。

 起き上がれば、両目から涙があふれる。

「起きたのか、ホーバン」

 引き開けられたカーテンの先にいた人物には第5シティー士官学校の校医だった。

「気分はどうだ?」

「まだ、ちょっと……気持ちの整理が…」

 怒涛のごとく攻めよせた感情が、整理しきれない。仕切れるものじゃない、と思う。

「…教官は?」

 ルークが聞くと、初老のドクは押し黙った後で重く口を開く。

「他にはまだ、知らせていないが…」

 語られない部分が、十二分に状況を物語 っていた。だろうな、と冷静な頭がつぶやく。彼が見た精神は、もうすでに回復できないところまで傾いていた。

「オレ、どのくらい…」

「まだ半日程度だ」

 半日。では、今はまだ夜と言う事だ。

「つらいならもう少し休んでいればいい。……無理なようなら、鎮静剤を打つか?」

「ん~、平気です。一応訓練受けてるんで…」

 横になって目を閉じると胸のところで手を組み、深く息をする。深く深く吐いて、深く深く吸い込む。それを繰り返す。

 ルークの名前に入るK・ホーバンのKは『カワセ』という苗字が入る。

 『カワセ』は第2シティーに古くからある家の名前で、特殊能力保持者、俗に言う超能力者を輩出する家。そして科学が発達した産業革命以降、非現実的なものとして認められていなかった特殊能力を広く世に知らしめた組織として有名だった。例にもれずルークも特殊能力保持者だ。

 対象に接触してその心を読む、接触テレパスの能力を一応持ってはいるものの、その力量に関しては履歴書に特技として少し触れる事が出来る程度の初級でしかない。そのため特殊能力保持者の集まる第2シティー士官学校ではなく、一般の士官学校に通っているわけだ。親戚などに多くいる能力者たちはそろいもそろって優秀な能力者ばかりなので、ルークにとってこの能力はコンプレクスでしかない。なにせルークの力量は『意図して』『読もう』として多少の障害物を通す事は可能であるにしても『接触』しないと思う通りの効力がないくらいの微弱なものでしかない。さらに、能力の事を打ち明ければ相手に警戒心を抱かせる事があっても、歓迎される能力 ではない事を彼は身をもって知っていたので友人相手でも話した事はなかったのに、

(知ってたんだなぁ~)

 総代・副総代ともなれば、候補生の情報に目を通していても当然か。

 むしろそれを知った上で、自分に普通に接触してくれていた2人には頭が下がる。

 そして、そういう気遣いができるからこそ、あの指示は苦渋の決断だっただろう。

 でも、そうしなければ失われていた感情があった事をルークは知っている。

 流れ込んできた、混濁としたアイマンの意識。

 軍の事、学校の事、候補生達の事、家族、友人、そして恋人の事。さまざまな気持ちが混ざり合った固まりを飲み込む事が出来たのがルークしかいなかった。それは、他の候補生達を鎮める事が出来たのがシノブだけで 、彼女がその役割を全うしたように、ルークに与えられた役割だったのだと、彼は割り切る事が出来た。

 体感時間にして数十分。

 ルークは深い呼吸を繰り返し、自分の感情をコントロールすると静かに目を開いた。

「もう大丈夫です。ありがとうございました、ドク」

「?無理をする必要はないぞ?」

「いやいや~。ちょっと心の準備が出来切れてなかっただけで。ほんとはこんな風に気絶すること自体能力者としてはアレなんで」

 困ったように頭をかくと、ドクはそうか、と頷きつつも、一応明日も医務室に来て何かあればカウンセリングを受けるようにルークに言い渡した。軽く頷いて医務室を出るとルークは静かに寮に向かって歩き出した。

 一歩一歩を踏み出しながら少しずつアイ マンから引き出した情報を整理する。

 死へと向かう人間の感情を読んだ事は、実は初めてではない。ただ、その時はさほど親しい人間ではなかった。半月ほど前に一緒にルークの後見人の事で笑ったアイマンを思い出すとコントロールしたはずの感情が揺れた。発作的に腕を振りぬき壁を殴る。拳から腕を伝って流れて来た、しびれに似た痛みがルークの感情の波を押さえた。

 一月程度の付き合いだったが、親しみを感じた教官を喪ったのだ。

 彼はルークの事も心配していてくれた。

 経緯が経緯だっただけに、まだルークの人となりをわかっていなかったのにと、他の候補生達がちゃんと受け入れられるかと。

 組み手の相手もしてくれるつもりだったと。

 今日の合同訓練で自分の様子を 見てそれから訓練の予定を組もうとしていた事も。

 総代、副総代の2人に関しても、しっかりしているように見せかけて、まだまだ子供だと思いながら、訓練終了までを見届けたかったと。

 自分になついてくれている候補生達を一人前に仕上げて見送りたかったと。

 泣きたくなるような親心を知って、ルークは重いため息が出るのを止められなかった。でも、自分の仕事はこれからだと知っている。この感情は、自分だけが知っているのでは意味がないのだ。

 気合いを入れなおして、寮の談話室に(ここを通らないと寮の部屋には戻れない)足を踏み入れてルークは固まった。

 ソファーとテーブルのセットが数か所に点在する談話室の一角に、2人の人影があった。

 二人掛けのソファー に並んだその2人のうち片方は、相手の肩に額を乗せている。もう片方はその相手の様子をうかがうように顔を覗き込んでいた。

 落ち込んだシノブが甘えるようにジーンの肩に頭を乗せて慰められているようにルークには見えた。

(…また、やっちまった…?)

 しかも前回と違い扉や壁などの遮るものは一つもない。どこに隠れようかとルークが逡巡している間に、案の定ジーンが彼の存在に気がついた。その動作でつられてシノブも顔を上げる。

 3人の間に、気まずい雰囲気が流れた。

「……大丈夫なの?」

「へ?!あ、え、っと。うんまぁ…」

 がっつり挙動不審でオタオタとしながら頷くルークに、シノブは困ったように笑う。

「ルークには、変なところばっかり見せちゃうわね 」

 そっと、深く息を吐いたシノブはルークに手招きをしながら立ち上がる。ジーンは広げた端末をたたみ、座ったままで姿勢を正して体ごとルークに向きなおった。

「まずは、ありがとうと言わせて。無理なお願いをした事はわかっているわ。あなたが自分から言わなかった秘密を公にしてしまった事実も理解しているつもり。でも、謝罪の前に、まず……ありがとう」

 シノブはまるでその気持ちを伝えるようにルークの片手を両手でそっと握った。少し冷たいその手からはルークの微弱な能力を使わなくとも感謝の気持ちを感じる事が出来た。

「…オレ、まだ何も伝えてないよ」

「でも、あなたは私たちの願いを聞いてくれたわ。私はそれに感謝したい」

 ありがとうと、三回目の感謝の言葉 にルークは少しうつむいた。自分の手を握る彼のそれより一回り小さい手が、微かに震えている。

 同級生たちに、気丈に指示を出していたシノブの姿が頭をよぎった。あのとき見た、血の気の引けるくらい握られた手は、こんなにも小さく、華奢だったのだ。

「オレは、…総代たちと同じで、自分に出来る事をしただけだよ」

 ドクはまだ他に知らせていないと言っていたが、たぶんこの2人は知っているのだろう。もう、彼の声を聞く事が出来ない事を。

 ルークは空いた手でシノブの手をさらに覆うように触れてみた。細い指の震えが心持おさまる。だから、ルークはことさら軽い口調を装って口を開いた。

「教官さ、ジーンの性格がそれ以上ひねくれて総代に悪影響を与えないか、心配して たよ」

「……お前、一番最初に伝えるのがそれかよ」

「いや、だって本当に心配してたしさ。2人ともまだ危なっかしいから、って」

 シノブとジーンがお互いに顔を見合わせた。それぞれが複雑に顔をしかめる。ルークには、それが泣き顔のように見えた。

「もうちょっと、年相応でもいいんじゃないかって。両方とも似たものどうして強情だから。…総代の方が頑固だって思ってたみたいだけど」

「…」

「ルミの軽さをちょっと見習って気楽にしてほしいって。たまには羽目を外せばいいって。総代は意外に短気だから、少し深呼吸してリラックスしろって。ジーンは、抱え込む方だからオレみたいな気楽な奴に話してみろって」

 14ヶ月の付き合い。2人の候補生達にアイマンはどれほど 言い残した事があるだろう。ルークが読み取って言葉にできる事の少なさ。この2人は、もっともっと、聞きたい事があったはずだ。ルークよりも、もっともっと…。

 言葉を紡ぐたびに、だんだんうつむいていくルークの頭を誰かがポンとたたいた。自分の手を握っているシノブの両手はまだそこにある。顔を上げれば、立ち上がったジーンが自分とシノブの傍らに立って手を伸ばしていた。

「無理すんな、あほう。今のお前を見て、気楽だと思う奴はいないぞ」

 ぐしゃぐしゃと、ルークの髪をかきまぜると、ジーンは小さく首を振った。

「つらい役目を押し付けて悪い。…まだ、過去形に出来ない事も含めて、済まないと思ってる」

 こんな時のジーンの律儀な言葉に、ルークは首を振った。

「オレにしか出来ない事だったってわかってる。知っておきたい思いだったって。オレは後悔してないよ」

 顔を上げれば、シノブが泣きそうな顔をしていた。

「ありがとう。オレことを信頼して任せてくれて。オレは総代達の信頼に応えたい。…でも、オレ一人じゃ多分上手く伝えられないんだ。手伝ってもらっても、いいかな?」

ルークのその言葉に、彼女たちはよく似た表情を浮かべて頷いたのだった。


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