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第6話

 カップの用意が間に合わなかったルークは、せめて気分でもと何も持っていない手を持ったつもりで高く掲げた。

 妙な一体感に胸の奥がくすぐったくなる。

 たった半月過ごしただけなのにこの居心地の良さはどうだろうか。最悪放校になるかもしれないと味わった絶望感、転校しなくてはいけなくなった時の悔しさなんか大昔のような気がしてくる。

 おだやかに笑いながらも(こんなに大勢で誕生日のサプライズをした首謀者であることにだろうか)さりげなく怒りながらジーンに苦情を申し立てるシノブや、同じように笑いながらその苦情に素知らぬふりを決め込むジーン。照れるクーパーから少しでも恋人の事を聞きだそうと、どこか期待した顔で彼の横から離れないルミと、それに便乗するカノン。その騒ぎを見ながら、楽しそうに笑う第5シティー士官学校の他の候補生や教官たち。

 こんなに、自分の幸運をかみしめたのは初めてだった。

 ルークは自分のカップを改めて用意すると1人だけで小さくそれを持ち上げた。

 それは、ここに来るまでに至ったすべての事にささげる1人だけの乾杯だった。

 ぐいっとカップの中の液体を飲みほした時、シノブを軽くあしらいながら端末を広げたジーンが不意に表情を硬くした。

「ワトソン!!」

 天井に向かって呼びかけた声に、返るものがない。

 大半の者たちは不意に大きな声を出したジーンに不思議そうな眼を向けたが、シノブと、食堂にいた教官たちはその意味にすぐ気がついた。

「フランク候補生!トイッカ大尉の指示に従って施設内システムの掌握にあたれ!」

「アイ・サー!」

「グレイツ候補生、状況はどの程度わかる?」

「今から5分程前にワトソンの通信が途切れています。その前後で不審な人物の存在が施設周辺で確認されているようです。……人数は5人程度」

「ハタノ、候補生達の班割は」

「前回の訓練に基づき、戦力の配分はすんでいます」

「緊急事態警報を発令!非常事態を知らせるサイレンを鳴らせ!伝令を使って校長に状況を報告。総員、侵入者への応戦体勢に入れ!!」

「アイ・サー!!!」

 アイマンのかじ取りの中、全員が一斉に動き出す。

 シノブが足の速いものを選び、2人一組での伝令組を作る。ジーンがものすごい速さで端末を操作し、士官学校内全体に響き渡る放送システムを掌握し非常事態を知らせるサイレンと総員戦闘態勢の放送を入れる。

「ハタノ、ホーバンはオレと一緒に来い。グレイツ、お前はフランクと一緒にトイッカの指示下に入れ」

「アイ・アイ・サー!」

 とんでもない非常事態。

 士官学校に侵入者が入るなど、ルークは聞いたこともない。しかも、ホストコンピュータが沈黙したと言う事は、システムが侵入者によってジャックされている可能性が示唆されているのだ。

 ルークは、自分の背筋に寒いものが走るのを感じた。

 途中で訓練の時に使ったような電子銃、それに防弾用のチョッキ、接近性になった場合の伸縮する長杖を調達して手早く身につける。これは日ごろの訓練にも入っている内容だったのでまごつく事はなかった。最後に各部署で共通して連絡をすることがでいるインカムが内蔵されているヘルメットをかぶり、片目分だけ下りるバイザーをセットする。特殊なモニタシステムが組み込まれているそれは、本来ホストコンピュータによって施設内侵入者の情報も共有されるはずなのだが、指示は一切出ていなかった。

「教官、出力のレベルは」

「通常の戦闘レベルまで上げておけ。わざわざホストコンピュータにハッキングする相手だ。丸腰とはとても思えん」

「アイ・サー」

 すぐに彼女は自分の銃を操作すると同時に自分のインカムに向かって話し始める。

「総員、第1種戦闘配備。第1種戦闘配備。武器の出力に注意しろ。これは訓練ではない、実戦だ」

 学校内に設置されたスピーカーからよく通る声が同時に流れ出す。それは、侵入者に対する威嚇にも思えた。そしてその後に続く言葉を放送する時シノブが浮かべた表情を見てルークは思わず床に視線を逃がした。

「繰り返す、これは訓練ではない。…訓練でない以上、手加減は必要ない。士官候補生の全力を見せてやれ!」

 廊下を通ってそこかしこから彼女の放送に呼応しての歓声が聞こえてきた。そりゃ、これだけ言われれば士気も上がるだろうが…。

「ハタノ、ホーバンが引いてるぞ」

「え?」

 ニヤニヤと笑うアイマンに指摘されて、シノブが振り返る。

「あ…、い、いや、その…」

「普段大人しげに優等生の顔してるからなぁ、インパクトあるだろう?あの悪だくみしてる顔」

「悪だくみなんて…」

「そう言いながら、さっきの顔はタチの悪い時のグレイツと同じ顔だった」

 なぁ?と同意を求められて、ルークは返答に困る。

 はいともいいえとも答えられない質問に加えて、さらに今は軽口を叩いていていい状況だっただろうかという戸惑いもあった。そもそも、そんな悪だくみをしている時のジーンの顔なんか見たことないし。…まぁ、かなり悪そうな顔なんだろう事は想像がつくけど。

(だってさっきの総代の笑い方も…)

 そこまで考えてから、ルークはいやいやと小さく頭を振った。その辺を突っ込んだら泥沼にはまる。ここはあえて話題をそらすべきだろうと、例え話の流れが不自然でもずっと疑問に思っていた事を口に出した。

「…教官、オレ達はどこに付くんですか?」

 他の候補生がそれぞれ持ち場に散っている中、ルークとシノブは、アイマンについて歩きまわるだけで特定の持ち場に付いているわけではない。まだ校内は静かだが、戦闘が始まれば混乱に巻き込まれるだろう。その時、自分のすることがわからなければそこにいる意味がない。

「遊撃隊だ。相手は少数で侵入してきた。そうなると二手に分かれてどこかが騒ぎを起こし、その隙に乗じて校内に侵入する可能性が高い。オレ達はその隙を埋める」

「目的は何でしょうか」

「わからん。この学校に魅力的な何かがあるようにはオレも思えねぇんだがなぁ。今のところうちにある誇れるものと言えば優秀な人材と他校にはない自由度か」

 その言葉は冗談と解釈して、ルークはははは~と笑ってみた。新設校に秘密も何もありはしないいだろう、という事か。

「それなら、目的は優秀な候補生の誘拐ですかね~」

「武器ならともかく、人間連れて行って何になるんだか。第1なら人質として価値のある候補生も……」

 ルークの軽口に答えたアイマンの台詞が途中で途切れた。同じように聞いていたシノブもはっとした表情を作る。

「ちっ、そう言う事か!」

「ジーン、聞こえる?!」

 シノブが慌ててイヤホンに手を当て内臓マイクに向かって怒鳴る。アイマンはルークの腕を突然引き、自分とシノブと壁の間に押し込めるようにすると周囲を緊張した面持ちでうかがい始めた。

「!」

 壁に押し付けられるような態勢になっていたルークは遠くの気配を読み取って、目の前の2人の腕を引いた。バランスを崩したシノブとアイマンの、影があった場所を電子銃の閃光が通り抜け壁に焦げ目を作る。

「ざんねん、ハズレ~」

「ルーク!さがって!」

 見通しのいい士官学校の廊下、その先に通じる階段の、確実に死角になっている方向から1人の女があらわれた。

 年の頃は二十代後半。ルークが見るには目に毒な肩も足も胸元も露出している深紅の革製の服を上下に身につけていた。履いているのは編み込みの入った真っ赤なロングブーツ。ぐっと引き締まった、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる正直魅力的なお姉さんだ。短く刈り込まれた金色の髪と赤に塗られた唇がさらにその印象を深いものにする。

 彼女は手に持った電子銃の銃口を軽く持ち上げると、

「やっぱり、これ、キライ」

 そう言いつつ、なんと胸の谷間に銃を押し込んだ。

「場違いな…」

 苦々しげにつぶやいたのはアイマンだった。

 彼はシノブとルークに下がるように片手で指示を出すと、自身は一歩前に出た。シノブはその指示に従いながらもホルスターから電子銃を抜きとり、隙なく構える。その並びに一番困惑したのはルークだ。

 本来、指揮官であるアイマンが最後方へ下がり、銃を持ったシノブが中間、接近戦を得意とする下っ端のルークが最前に立つべきではなかろうか?何なんだ?この逆転ポジション。

 ルークはどうにか自分の立ち位置を模索しようとしたが、自分の真正面に立ったシノブに、小声で動くなと叱られてしまった。アイマンがインカムに向かって何かを小さく呟く。間をおかずに、ルークの耳に、侵入者発見の言葉が飛び込んできた。それから方々に散っている教官たちから指示が飛ぶ声が続く。さらにシノブが耳元のチャンネルをいじって何処かに連絡をとるのが視界に入る。その最中でも、2人の視線は女に固定されたままだ。ルークも同様にそちらを見る。

 少しの、何かきっかけがあれば戦闘が開始されるだろう緊張感が廊下を占めていた。相手の力量がわからない以上、アイマンもうかつに飛び込めないのだろう。そもそも、ここまで1人でたどり着いたということ自体が驚愕だ。……いや、ワトソンが掌握されていたのだから、よほど腕のいい後方支援が控えている事は明らかだし、ジーンが侵入者は5人だと言っていた。ルークは視線をそっと左右に動かす。周囲の気配を探るが、今のところ彼に感知できる範囲で人はいなかった。思わずほっと溜息をつく、


 それが引き金だった。


 女のブーツが廊下をけるのを見たシノブはためらいなく引き金を引く。一条の光はしかしあっけなく避けられ、シノブ達のもとに飛び込もうとした影の間にアイマンが入り込む。

「ハタノ!ホーバンの保護を最優先だ!」

「アイ・サー!」

「ってオレ!?」

 話にまったくついていけていないルークが、場違いな声を上げたが誰も返事はしなかった。

「え~、男のくせに女の子にマモってもらっちゃうの?カッコわる~」

「そりゃー、女性士官に失礼な一言だぜ」

 アイマンが苦笑しながら女の腕をとろうとしたが、見事な体さばきでそれを避けられる。その動きに、ルークは内心で舌を巻いた。アイマンはもとより、侵入者の女も言動からはわかりにくいが、かなりの力量だ。

「ハタノ、速やかC1をS2へ移動しろ」

「ですが!」

「指示が聞こえないのか!?」

「…アイ・サー」

 短く答えると、シノブはルークの腕を引っ張った。

「え?」

「チョット~、それはズルいんじゃない?」

「行かせねぇよ」

 追いかけようとした女の前に、再びアイマンが立ちはだかる。

 それが遠ざかって行くのを見ながら、ルークは状況の判断が完全に出来ないままシノブに導かれつつ走り始めた。

 C1という記号は、軍内部でよくつかわれる、護衛対象の省略だ。それをSに移動、つまり安全なシェルターに移動させると言う意味であるのはルークにもわかったが、それでルークの腕を強引に掴んで連れて行くと言う事は……やはり

「ルーク、よそ見をしないで!」

「って、総代、オレ、状況が上手く…」

「軍高官の被後見人であるあなたが狙われている。そう言う意味よ」

 曲がり角に来るたびに、シノブは銃を構え周囲を警戒する。ルークは、シノブの言葉に軽く天井を仰いだ。そんな意味でターゲットにされたのは初めてだ。

「でも、オレ、狙われる理由なんて…」

「あなたが何かの情報を秘密裏に伝えるために転校したと思われたら?」

「へ!?」

 それこそ初耳の事態だ。そもそも

「誰に…?」

 半分茫然としつつ、そう問いかけたルークははっとして目の前のシノブを抱え込んだまま転がるように後ろに下がる。すぐにいつでも動ける態勢で床に片膝をつきつつ彼女を背後にかばった。進もうとしていた廊下の先に、1人の男が姿を現す。三十代に足をかけたくらいに見える細身の男だ。身長はちょうどルークとシノブの中間くらい。着ているのはグレーのスーツ、ネクタイの代わりに赤いスカーフを首元で緩く結んでいる。大人の余裕を感じさせる優男で、ビジネスバックでも持ってその辺のオフィス街を歩いていれば優秀なビジネスマンの印象でさぞやOLの視線を集めただろう。

「ほう、紳士だな。その姿は好感をもてる」

 しかし男が構えていたのは小型だが殺傷能力は十分な電子銃だった。先ほどまでシノブが立っていたあたりの壁に焦げた跡が残っている。

「君が大人しく付いて来てくれると言うのなら、そちらのお嬢さんには何もしない事を約束するが、どうかな?」

「知らない人にホイホイ付いていくなってちゃんとしつけられてるよ」

 ルークは応えながら周囲の気配を探る。男の近くに、仲間らしき気配はない。

「なるほど、5歳児でも教えられることだな」

「そうそう、さすがに5歳児よりは判断能力もあるし?」

 調子に乗っておどけて見せると、男の手が軽く動いた。ルークの耳のすぐ脇、シノブの頭がある少し上のあたりを光の熱線が通り抜ける。

「次は狙うよ」

「使えるのが、あなただけだと思うのは大きな誤解だわ」

 ほんの少しコントロールが狂っただけで命の危機に直面していたはずなのに、シノブの声はとても落ち着いていた。そうルークが感じた時には、男の肩口を狙った光線が一直線に彼らと男の短い距離を走り抜ける。

「大人しく投降しなさい。今なら、致命傷くらいは見逃してあげてもいいわよ」

 あの前触れもなく引かれた引き金のどこを予測していたのか、おしい事に男が上半身を揺らしたため、シノブの撃った光線は目標を捉える事はなかった。

「怖いね、こんなに可愛らしいお嬢さんに脅されるのは」

「あら、一番の褒め言葉だわ」

 ルークの背後から聞こえる声は軽いものの、雰囲気は硬いままだ。正直、彼女の正面にいるルークの方が冷や汗を隠しきれない。

 そんなルークを片手でどかしつつも、銃口は男に向けたままシノブは前に出た。

「投降の意思は?」

「う~む。一言でイエスと言ってしまっては、芸がないかな?」

「そう?現状で見え見えな時間稼ぎをするよりは、男らしいと思うけど?」

 時間稼ぎ?

 ルークははっとして再び周囲の気配を探る。侵入者は5人だ。アイマンが相手をしていたのは女一人だけ。なら、あと3人が合流する可能性が高い。

「あなたの計画は私たちを教官から引き離し、ルークを確保、その後仲間と合流して撤退、といったところかしら?」

「アイマン大尉には何度か我々の目的を阻止された事があるから、念のためにね」

「私たちだけならどうにでもなると?甘いわね、今教官を含む士官候補生がこちらにむっているわ。すでに到着して包囲態勢を作成している候補生もいる。簡単には逃げられないわよ」

「おや、それは怖いね」

「盛り上がっているところ悪いんだけどさ、オレ、そんな重要な情報なんか持ってないよ?」

「その台詞が本当なら困ったものだが、ま、困らないさ。君が一緒に来てくれれば、政治的な利用の価値だってあるんだからね」

「…そんな価値は、知らないなぁ…」

「おや?本当に知らないのかい?……そんなはずはないだろう?君は自分の立場をわかっている筈だ」

「………」

「それに君は軍の理不尽を知っている筈だ。…そうだな、どうだい?我々の仲間にならないか?不当な権力をカサにきて、非道を尽くす思い上がりたちを懲らしめてやろうじゃないか。イエロー・ゲートは君の存在をいつでも歓迎するよ」

「いやいや、遠慮します」

 幸せ気分を満喫していたところに邪魔に入ったのは目の前の男たちだと言うのに、もう、どこから突っ込んでやればいいのか正直に困る。

 顔の前で手を振ったルークに、もとより本気ではなかったのだろう男はそうかい?残念だとあっさりした笑顔で引いた。

「気が変わったらいつでも歓迎するよ」

「とか言いながら、連絡先教えてくれないんだよなぁ、そう言う奴に限って」

「なるほど、なら、やはり一緒に来てもらうのが一番なんだけれどね」

「う~ん、どっちにしても遠慮したいなぁ」

 応えながらバカみたいな会話をしていてシノブに怒られないかと少しドキドキしていたのだが、予想に反して彼女は口をはさまなかった。ただ、黙って目の前の男に銃の照準を合わせている。これは、引き延ばせ、という事だろうか。

「そもそも、自己紹介もない相手に仲間になんて誘われてついていく馬鹿がどこにいるってんだよな~」

「おや、アイマン大尉は何も言っていなかったのかい?意外だ、彼がそんなに過保護だとはね」

「いやぁ~、もう目に毒な格好のお姉さんが出てきた後にそんな話をする暇無かったしなぁ~」

「あぁ」

 男はここでクスリと笑った。

「なるほど、彼女の服装は子供には刺激的だったようだね。わかった注意しておこう」

 ここは子供扱いを怒るべきか、それともこの後注意をした挙句に会う機会があると言われている事を指摘するべきか、ルークが顔をしかめて考えている隙にルークの後ろでわかったわ、という小さな声がした。細い指がルークの腕にかけられ、手はそのままに小柄なその体が彼の半歩前に立つ。

「イエロー・ゲート。志を同じくする組織に情報を流す事を主な行動にしている小規模な組織…というか、グループね。現在確認されている組織員は6人、リーダーの名前はジョルジョ・マルティ。軍関連の組織にハッキング履歴が数十件。今回のような侵入をしての情報収集が数件。犯行後に現場にクローバーのマーク、もしくはカードを残していく事が特徴として知られているわ。今のところ無差別にテロ攻撃を行っている過激派に情報をおろしている様子がないから軍の手配レベルはCクラス。さっきルークを誘った台詞と言い、義賊を気取っている、という情報は正しいみたいね」

「気取っているとは失礼だな。君たちは軍がどのくらいの情報を独占し、人々の自由を奪っているのか知らないだろう?まぁ、君のような若い人間は『軍の裏側』なんて知らない事だろうね。理想のみを前面に掲げた軍の宣伝に踊らされて士官学校などという監獄に喜んで身をさらけ出す、そんな愚挙を自覚していないようなお嬢さん?」

「失礼はどちら?その程度の裏側を知らずに入学する候補生がそんなに多いと思っている時点で、笑わせるほどの甘さだわ」

 シノブは大きくため息をついた。

「第5シティー士官学校が出来てから、医官学校と特殊士官養成校を除く第1、第3、第5の3校に士官候補生は毎年約150人入学してくるわ。そのうち卒業までに退学していく候補生は大体60名前後。主な退学理由としてあげられるのは体力、学力の不足。約8割。家庭の事情などが1割強。軍の組織的な構造に付いていけない何て理由で退学していくのは年間5人もいないわよ」

「そんな軍が公表しているような情報なんて」

「残念、公表されていない数字よ。特別な情報の入手経路が自分たちが持っているものだけなんてうぬぼれないことね」

 一息置いた、その瞬間にシノブが鮮やかに笑った。それはもう見事に。

「自分だけが事実を知っているなんて、まるで子供向けの小説の主人公みたいね。ひょっとしたら、あなたの方が『理想を掲げて』いた『子供』だったんじゃない?」

(うっわ~)

 ルークに子どもと言った当てこすりまで一緒にやってしまうのか。

 明らかなその挑発に、男がすっと目を眇める。

 それに気がついているくせに、シノブはクスクスと笑う。

 と、同時にルークの腕を握る手に少し力が入った。……時間稼ぎが、終わりに近づいているようだ。

「軍が自分の理想と違ったから、世をひねてテロリストの道へ?ありきたり過ぎて話にもならないわね」

 凛とした態度でシノブは男を見据えた。

「いずれにせよ、お前たちが犯罪者である事には違いない。大人しく投降しろ!」

 パッと、廊下が明るく照らし出された。

 武装を済ませた候補生達と教官が列を組み侵入者に対して退路をふさぐ。

 前列は膝をつき、後列はその隙間を埋めるようにして銃を構えた。

 気配を感じてはいたがまさかこんな大ごとになっていたとは知らず、ルークはまぶしさに目を眇めつつぽかんと口を開いた。

「まいったな、ずいぶんと厳重だ」

「手を緩める理由がない。わかっているだろうが、抵抗して生かして捕まえてもらえるなどという甘い考えは捨てておけ」

 男は芸がかった風に大袈裟に首を振ると手に持っていた銃を静かに床におろし両手を上げた。しかし、その見るからに全面降伏の態勢にシノブは気を緩めていない。むしろ警戒するようにさらにルークの前面に移動する。

 教官の指示で数人の候補生が男を拘束するために近づこうとした、その時思いもよらぬところから声がかかった。

「おや、ピンチのようですねリーダー」

 声がした方を中心にざわめきが起こった。

 古代神話を思わせる動きで、整然と組まれていた隊列が二つに割れた。そこから二つの人影が姿を現す。

 1人は白衣の黒い版(黒衣、というのだろうか)それをまとった細身の男だった。きっちりと後ろになでられた黒い髪。切れ長で細い眼は神経質そうなイメージを助長する眼鏡の奥にあった。もう一人は体格のいい頑固そうな太い眉毛が印象的な男だ。コンバットナイフを腰のホルダーに二本差し、片方の手にも同じものを持っていた。黒衣の男の方はオーソドックスな銃を持っていたのだが、それよりなにより、ルークを含めた候補生達の注目を集めたのは、体格のいい男の方に担がれている存在だった。

 それは見慣れた戦闘服のズボン、濃い色をした防弾チョッキ、何より腰にぶら下がる小さな医療用キット。男の肩のあたりでぐったりと体を二つに折っているその姿。だらりと力なくぶら下がる手と男が動くたびに揺れて見える銀の髪。

「……ジーン…!?」


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