第5話
ところで、機械の技術が進んだこの時代、日常で扱われる情報は膨大なものになっている。たとえそれが士官学校の、ひよっ子たちの生活においてもだ。
軍内部の機密情報や候補生や教官の個人情報はもとより、備品として備わっている端末機器、空調、上下水道、自動開閉になっているドア。一つ一つはさして複雑でなくとも全てが集まれば人が管理することは困難だ。
そこである程度の大きさの組織になると、これらをまとめて管理するホストコンピュータが利用されるようになっていた。
もちろん第5シティー士官学校にも、このホストコンピュータが存在する。
「それじゃ、ワトソン。この数値の試算をお願い」
『アイ・マム。おまかせください』
日常茶飯事とは言わないが、それでもかなりの頻度で教官から雑用を頼まれる事がある。今日もその用事だった。
第5シティー士官学校内にあるコンピュータ室。
シノブはルークと2人でデスクトップ型の端末と向かい合っていた。
総代としての仕事は忙しく、普段はこのテての雑用は他の候補生に割り振るのだが今日に限って何故だか外すことのできない用事があるものばかりで、結局、手の空いていたルークとシノブでの作業になった。
こまごまとしているが単純作業が主なので、今回はワトソンにも手伝ってもらっているという流れである。
正面のスクリーンに姿を現した青年士官は模範どおりの敬礼の後ニッコリとわらってからどこからともなく取り出した椅子に座り端末にむかって見せる。おそらくは作業中である事を知らせるパフォーマンスだが、それを見てルークが複雑そうな顔をした。
「そんなに不思議?」
「いやぁ~……、セバスチャンと同じ顔なのに、ここまで違うとね…」
ルークは照れ笑いのような苦笑の表情をしながら人差し指の先で自分の頬をなでた。
中肉中背。こげ茶色の短い髪は隙なくセットされている。軍服もキリリとノリを利かせ余分なしわは全くない。どこから見ても完璧な軍人姿の彼が、この士官学校のホストコンピュータ、ワトソンだ。ところが士官学校のホストコンピュータはどこに行っても同じ姿形らしい。ルークが先月まで在籍していた第1シティーの士官学校にもセバスチャンという名前の同じ姿のホストコンピュータがいると言う話だ。しかし、
『え~、お兄ちゃんはどんな感じだったんですか?』
作業の手を止めて(実際は試算は継続されているだろうが)ワトソンが可愛らしく小首をかしげて見せる。両手の拳を顔の下に持ってくるいわゆる『ぶりっこ』ポーズのどアップにルークがぶっと吹き出した。
「……ごめ…、オレ、ワトソンのそのノリに慣れるのに少しかかりそう…」
シノブが前に聞いた話だと、セバスチャンは四角四面の軍人らしい生真面目な性格だったそうだ。間違っても語尾をのばして片頬に指を当て大昔のアイドル張りに小首をかしげるなんて絶対にしないタイプだという。
「ワトソン、ルークが作業にならないから、もう少し自重してくれない?」
『自重ですか?これも私の個性なんですけどね~』
「わかった、ワトソン。少し想像してみて。あなた、ジーンが急にルミと同じテンションで話し始めたら、どうする?」
『錯乱状態に陥っている可能性が高いので、医務室に連絡を入れます』
急に真面目モードになってワトソンが返答する。ルークはその会話を聞いてさらに吹き出した。おそらくはシノブの例えとワトソンの即答両方で。
『…ホーバン候補生はどうしたんですか?』
「人間はね、想像以上の衝撃を受けた時、絶句したり笑いだしたりするものなの。…話を戻すわね、ワトソン。あなたとセバスチャンの違いはその例えみたいなものなのよ」
『つまり、私のこの話し方は、グレイツ副総代がフランク候補生のテンションで会話を始めるくらいの衝撃があるということですか』
「セバスチャンを知っているルークにとってはね。ルークも追々慣れるように努力してくれるそうだから、ワトソンも協力してあげて。いい?」
『アイ・マム。では、少しテンションを下げることにします。でも、私は私ですから、早く慣れてくださいね、ホーバン候補生』
「アイ・アイ。努力するよ…」
こめかみ痛ぇと呟きつつ、ルークはどうにか通常の呼吸を取り戻して頷いた。
「…総代、たとえが凄すぎ」
「でもわかりやすでしょう?」
「確かにそうだけど、オレ、ジーンの顔見て笑いそう」
顔を笑いにひきつらせながら、ルークは改めて端末に向かい合った。キーボードに指を滑らせる。
「いいわよ、たまにはそのくらいされて。それでどうこう言ったら器が小さいだけよ」
「総代って、ジーンに容赦ないなぁ」
「まぁ、付き合いも長いから」
多少のけなし合い程度で、どうこうなる付き合いはしていない。
「憎まれ口ならお互いさまだもの」
「………長い付き合いって、どのくらい?」
「今年で5年になるわね」
「5年!?」
ルークが驚いた顔をしてシノブを見た。
「長っ!」
「そう?ファーストスクールからだもの。そうでもないわよ」
「…幼馴染だっけ?」
この言葉には、シノブは少し考えた。
「どうかしら。ジーンは転入生だったから。幼馴染とは少し違うと思うんだけど」
「へ?転入生?」
「そうよ。ジーンは第3シティーの出身で、事情があってこっちに引っ越してきたの。だから、転入生としての困った事なら、ジーンに聞くといいわ。その面でも頼りになる副総代よ」
冗談っぽく笑ってみると、ルークははぁ~、息を吐いた。
「じゃぁオレ、あれで気を使ってもらってたのかな。思い出してみると心当たりが…」
「だから言ったじゃない。ジーンはかなり甘いって。面倒見、いいのよ。ね、ワトソン」
『グレイツ副総代ですか?みなさん、第5シティーのお母さんのようだとおっしゃっていますね』
「母親?……あぁ、でも何だかわかる気がする」
『ちなみにハタノ総代がお父さんだそうですよ』
「え?!そんなこと言ってるの?初耳なんだけど」
「オレ、それもわかる気がする~」
ルークがケラケラと笑う。これにはシノブは少しふくれて見せた。
「失礼ね、ルーク。私これでも女の子なんですけど?」
「あ、うん。それはわかってる」
少し笑いを引きずりながら、ルークはこくこくと頷く。
「総代みたいな可愛い女の子間違える奴はいないって」
「……」
「でも、何て言うか精神的に?どっしり構えてみんなを見ていてくれる安心感があるから。そういう意味では理想の父親、みたいな?」
「そ、そう?」
「そうそう」
あ~、今日はよく笑うなぁ~。などと独り言をいうルークには、自分の発言に対する何かは見えない。
(…びっくりした…)
あんなにさらりと『可愛い女の子』なんて言われた経験はほとんどない。自分の容姿が十人前なことは自覚しているので、言われたいな、という憧れくらいはある。けれど他に自慢できる事はたくさんあるので不満にまで思った事はない。そもそも、ルミとジーンを見慣れてしまうと、こればっかりは仕方がないとあきらめの方が強くなってしまうものだ。
それをまぁ、あぁもあっさりと。
自分たちくらいの年になると、お互い異性に対してなんとなく照れくさくなって冗談めかしたりぶっきらぼうになってしまうものだけれど、ルークは意外にそのあたりの照れを見せない。育ちの良さ、だろうか。フェミニストがもう当然のように身についているように見える。ジーンだとこれが『そつがない』という表現になるのだけれど、ルークは『自然』なのだ。
「総代?」
「え?」
ふと気がつくと、ルークがこちらを見ていた。
「なに?」
「いや、夕飯ってさ、どうする?これ、終わらせてから?」
手元の端末の画面で、仕事の進み具合と時計を一緒に確認する。
「…この位なら、20分くらいで終わるわ。やりきっちゃいましょう」
「に、じゅっぷんで終わらせられっかなぁ」
「大丈夫よワトソンも手伝ってくれてるもの」
『はい。全力でお手伝いさせていただいてますよ~。ハタノ総代もとても手際がよろしいですから』
「あら、ありがとう」
ホストコンピュータからの褒め言葉には笑顔で答えて、シノブはさて、と服の袖を少し引っ張り上げた。
総代業は忙しいのだ。これにばかりかまってはいられない。早く終わらせてしまおう。
食堂に向かうまでの間。人の姿を見かけないとは思っていたのだけれど。
「お誕生日おめでとう!シノブ!!それから、ルーク、第5シティー士官学校へようこそ!」
そこへルークと足を踏み入れた瞬間に鳴らされたクラッカーの音に目を見開いたシノブは、こっそりとため息をついた。
『Congratulations on the birthday,Shinobu and Welcome to the school of the officer of the fifth city,Luke 』
目の前には大きく書かれたこの垂れ幕が天井付近に貼り出され、食堂に集まった面々がにおめでとう、とようこそ、を口にながら拍手で2人を迎えてくれた。
慣れない破裂音にとっさに身構えたルークもその大歓迎の様子に戸惑った表情を浮かべる。
シノブは静かに視線をさまよわせ、薄くほほ笑んでいる誰かさんの顔を見つけた。彼は彼女が自分を見たことに気がつくと器用に片眉だけを上げて見せる。
食堂のテーブルはいつもの並びで、セルフでとりに行くのも同じ、メニュー自体に代わり映えはない。ただ、ところどころにささやかながら精一杯の飾り付けがされていた。さらに、中央には二人のための席と誰かの手作りだろう、少し型のいびつなケーキがおかれている。丁寧に並べられたロウソクはちゃんと十七本。
「主役はこっちだよ~」
ルミがほらほら~、とシノブとルークの手を引っ張る。みんなのニコニコとした顔に見送られながら移動する中、少し離れたところに席をもつ教官たちもどこか苦笑しながら見守っているのが見えた。シノブに作業を頼んだ教官も何やら隣のアイマンと話をしながら笑っている。
それだけで、首謀者から筋書きが9割方理解できた。
「……ジーン、後で聞きたい事があるからね」
「いくらでも、マム」
すれ違いざまに睨みつけても、ジーンはどこ吹く風だった。シノブは他にばれない様にその足をこっそりと蹴ってからはにかんだ笑みを浮かべる。
ケーキは後でみんなで食べるためだろう、かなり大きかった。垂れ幕と同じ文字が生クリームで書かれていてその間を縫うようにロウソクが並んでいる。
「誰が作ってくれたの?」
「女子みんなで。シノブみたいに上手には出来なかったんだけど」
シノブは料理とお菓子作りが趣味だ。だからこそこれだけ大きいものをつくるのがどのくらい大変かを知っている。
「そんなことないわ。私はこんなに大きなのつくったことはないもの。……、どんな風にしたのか、今度教えて?」
「うん!」
ロヴが椅子を引いてくれたのでそこに座る。ルークも、戸惑いつつシノブの隣に座った。
「……えーとさ、総代の誕生日って、今日?」
「だったのよね。すっかり忘れてたけど」
「でね、一緒にルークの歓迎会もやろうってことになったの」
いいながら、ウキウキとした様子でルミがロウソクに火をつけていく。
「つけたよぉ」
『はいはい』
ワトソンの声がしたかと思えば、すぅっと照明の光量が落ちた。シノブはルークも一緒に促して立ち上がる。
「え?オレ誕生日じゃないし」
「いいでしょう?だって私だけじゃそっちのロウソクに息が届かないもの」
端のほうにあるロウソクを指差されて、ルークは苦笑交じりに立ち上がった。二人で同時にロウソクを吹き消すと唯一の明かりがなくなってあたりは暗闇に包まれた。それから拍手が沸き起こる。
「おめでとう、シノブ」
「ありがとう、みんな」
シノブがにっこり笑ったところに、一年生代表のフェイ・ワンが花束を持ってシノブの前に立った。
「これ、一年のみんなからです」
「綺麗ね。嬉しいわ」
「こっちは二年のみんなからね」
ルミが持ってきたのはシノブがよく履いているメーカーの靴だった。半透明な袋に入って可愛らしくラッピングされている。
「シノブ、毎日走り回ってるから、靴、よく買ってるでしょう?」
「ありがとう、でも、それじゃぁこれは大切に履かせてもらうわ」
それから、ジーンがルークの横に立って小さな箱を半分投げるようにして渡す。
「クラス章だよ」
入学一ヶ月で一年生は基本的な学力、体力の最終確認が終わりクラスが決まる。その一ヶ月があれば脱落する候補生もだいぶでて落ち着く頃なのでクラス章はその頃に渡されていた。ルークの場合は第1での成績結果があったので、もともとAクラスと決まってはいたのだが、今日に至るまでは一応仮の所属という事になっていた。適性などの様子を見るためだ。
「そういや貰ってなかったっけ」
クラス章といってもたいしたものじゃない。基本的に学年はA、Bの二つにしか分けられないので丸い中にどちらのアルファベットが入っているかだけの差だった。箱を開けてみると
「……誰がこんなことするかなぁ……」
ピョン、と紙で出来たピエロが舌を出して飛び出した。その手にはAと書かれたバッチを持っている。
「面白くなぁい~。ルークならもっと驚いてくれると思ったのにぃ」
「ん、でも、懐かしいよなぁこれ。小さい頃よくやったよ」
地団駄を踏むルミに笑いながら、ルークが襟元に学校章と並べてつける。それを見て、シノブが笑った。
「ようこそ第5シティー士官学校へ。ルーク・K・ホーバン候補生。私たちはあなたを歓迎します」
「我々はともに手をとり、いと高き宇宙をともにかける翼とならん」
ジーンが歌うように言ったその言葉は、士官の中で通じるもっとも短い宣誓だった。新入生の歓迎の時には、どこででも言われる言葉だ。いつの間にか、みんなの手にはグラスが渡っていて、ジーンがそれを高く掲げた。
「では、我らが総代の誕生日と新しい仲間が増えたことを祝って」
「乾杯!!」
食事のときにみんなが飲む、水のグラスが音を立てる。誰もが楽しそうにそれをあおった。
『ではでは、皆さん、お食事にしましょうか』
ワトソンの号令で全員が席について、いつもの食事をとりはじめた。食後にケーキが残っているとは言っても、ほとんどいつもと変わりはない。それでも特別な日だと言うだけでなんとなくワクワクとした雰囲気が食堂に漂っていた。
「おめでとさん」
食事を終え、周囲と談笑しながら食後のお茶を飲んでいたシノブは、大きな手に軽く頭を叩かれて後ろを振り返った。
「アイマン教官」
「いや~、17か。若いな」
年よりくさい事を言いながら、もう2、3回ぽんぽんとシノブの頭を叩く。立ち上がって敬礼しようとする彼女を片手で制する。
「教官だってお若いじゃないですか」
「いやいや、やっぱりな未成年と30目前とは全然違う。お前らもあと10年たてばわかるさ」
年上にそう言われてしまえば、未成年としては答えようがない。
「どうせ、子供ですから」
答えようがないから、ついシノブは少しだけ口をとがらせてそう反論してしまった。するとアイマンは意外な答えを聞いたような顔をした後、短く、しかし楽しそうに笑う。
「子供でいる事は今しか楽しめない特権だぞ。未成年でいられるうちにそれを謳歌しておけばいい。お前は少し急ぎ過ぎる感じがあるしな」
「謳歌、ですか?」
「未成年で候補生。権限もなくてもどかしい時間のように思えてもな、後から思えば最高の時間だってことだ」
つまり、今のシノブにはわからない事、という意味だろうか。訝しげな気分が表情に出たのだろう、アイマンはまた大きな手でシノブの頭を叩くと話を切り上げて彼女の前に何かを落とした。
「お前、前に菓子の作り方を知りたがってただろう?誕生日祝い代わりだ」
そこにあったのは小さく折りたたまれた紙で、開けば少し丸い文字でトゥルトー・フロマージェのレシピが書いてあった。以前話のついでに知りたいと言っていた料理の事を覚えてくれていたらしい。
「ずいぶん可愛らしい文字の方ですね」
「ん?」
平静を装いつつも、アイマンがしまったという顔をしたので、シノブは追求してみることにした。
「彼女ですか?」
「……」
言いよどむアイマンの脇から、ひょいと小さな頭が顔を出す。何故だかこういう時にはとてもいい耳をしているルミだ。
「え?何々!?」
彼女はシノブの背中に抱きつくようにして彼女の手元のメモを覗き込む。
「トゥルトー・フロマージェ?何?それ」
「前に話してた、真黒なチーズケーキのこと。教官がレシピを下さったんだけど、可愛い文字だと思わない?」
「あ~!ホントだ~」
シノブと一緒になって、ルミがアイマンをじっと覗き込む。近くで話を聞いていたカノンも覗き込み、やはり意味ありげに笑ってアイマンを見上げた。
「教官、あやしい~」
女子3人にじっと見られた彼は反射的に逃げるように半分身を引きながら視線をさまよわせた。少し離れて作業をしていたジーンを見つけると、そうだ、とわざとらしくポンと手を打つ。
「グレイツ…」
「無理です。その3人が結託して俺がかなうと思わんで下さい」
視線すら動かさずにすげなく断るジーンに、お前なぁとアイマンが肩を落とす。
「教官に対する敬意はどこにいった?」
するとジーンはにっこり笑って、
「いいじゃないですか、誤魔化されなくとも。本当の事をおっしゃるのに、教官のお立場で何も不都合はないと思いますが?」
まったくもって正論だ。ジーンの近くにいたルークが小さく吹き出す。
恋愛禁止原則の候補生であるまいし、教官に恋人がいて何の不都合があろうものか。
そもそも、本当に隠す気があるなら母親だの妹だの、誤魔化し方はいくらでもあるだろうにと、シノブはこっそりため息をついた。その態度がすでに状況を肯定しているのに。今さら。
シノブは渡された紙に書かれた手書きの文字をそっとなぞった。その柔らかそうな文字が彼女たちが身を置く世界とはまったく違う場所にいる人物を彷彿とさせる。自分とは違う、きっととても可愛らしい女性なんだろうと漠然と思った。
「アイマン教官~」
「ここまできたら、教官が肝心の一言をおっしゃらないと収拾がつきませんよ~?」
ルミとカノンが畳みかけるようにアイマンに笑いかける。
「むしろたった一言でケリがつきますよ」
さらにすげなく、ジーンがダメ押しをする。
「…グレイ、お前この間『いいところの坊っちゃん』つった事をネにもってるだろ…」
「いいえ、とんでも」
ウソっぽい全開の笑顔にトドメをさされて、アイマンは結局眉を寄せたままさっと周囲を見渡した。何気なく大勢の耳が自分の方に向いている事が、逆にあきらめを誘ったようだ。小さく唸ると、やけになったように口を開いた。
「未来の嫁さんだ、文句あるか!!」
「「「ノー・サー!」」」
全員の合唱のような返事の後に、ピューピューと冷やかしの口笛が飛んだ。
「お前ら、明日の訓練覚えてろよ……」
顔を真っ赤にしながら押し出すようにうなったアイマンの言葉は聞き流し、ジーンが小さく笑いながら近くに置いてあった自分のカップを手に取った。その様子に、察しのいい幾人かが手近なカップを手に取ったり、急いで用意したりして立ち上がる。シノブもカノンも手近にあった自分のカップを手に取った。同様の動きが、食堂に残っていた教官たちの間にも見える。
ある程度がカップを手にして、しかし、アイマンが口をはさめないタイミングを見計らってジーンが今日2回目の乾杯の音頭をとってカップを高く掲げた。
「我らが親愛なる教官の幸せを祝して」