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第3話

 候補生の朝は早い。

 5時に起床のベルが鳴り、15分で身支度、ベットの整理を済ませる。そののち室長、寮長、教官の3段階で点呼。終了後速やかに校庭に移動し、朝礼。さらに柔軟、腕立て、腹筋、走り込み等の基礎訓練を一時間半こなし、それからようやく朝食だ。

 朝食と訓練の順番に関しては、朝からすきっ腹で運動はできないというものもいるが、『多少』空腹でも動けるようにすると言う大義名分と、満腹状態での運動と言う能率の悪さが最終的な壁となり覆らずにいた。

 朝食ののちは、その日のカリキュラムに沿って座学形式の講義と訓練が行われる。

 各授業間の休憩時間は10分。昼食は45分とられている。

 夕方の6時過ぎまでを学校舎で過ごし、寮に帰っての夕食が7時から8時までの一時間。基本的に集合して食べる習慣はなく、混雑を嫌う人間はこのすきに先にシャワーを済ませたりする。

 自由時間は食事ののち、8時から(夕食やシャワーを早くすませればもう少し前から)10時までの2時間になるが、各教科から課題が出るので意外に遊んでいる時間はない。

 消灯時間前に点呼が行われ、消灯時間が過ぎれば寮内の各部屋の明かりは非常灯を残してすべて落とされる。基本的に例外は教官室と消灯時間延長の事前申請が行われた自習室のみだ。この申請はよほどの事がなければ許可が下りないし、翌朝の起床時間と、日中の訓練で残る疲労を考えればみな消灯時間には横になる。そして次の日の訓練に備えるのだ。

 これだけ時間で拘束されて、さらにいまどきそれはないだろうと突っ込みが入る規則が実は士官学校にはある。

 『候補生同士の恋愛禁止』だ。

 今のところ、その規則を破る予定は全くないのだけれど、ルークは初めてそれを聞いた時なんだそりゃ、と呟いて第1シティー士官学校の教官に睨まれた。ひよっこが恋愛にうつつを抜かす暇があるのなら訓練に集中して早く一人前になれ、という意味なのはわかっているけれど、こればっかりは全く誰かに制御できるものじゃないだろうに、と思う。



 転入して1週間。夕食後に食堂で課題をこなすことが日課になってしまったルークは同じテーブルで作業をする総代と副総代をちらりと見た。

 ルークと違い優秀なこの2人はいつの間にか膨大な課題を終わらせて、各々に課せられた業務をこなしている。主なところは同級生下級生の管理。多人数の他人がギチギチに管理された寮内で生活するのだから、どうしてもゴタゴタが起きやすい。それらの処理をするのは士官学校のTOP4、総代、副総代、それから男女寮長の仕事だ。TOP2にはその他に候補生と教官との折衝役、教官から押し付けられる雑用の割り振り、候補生間で許されているささやかな息抜きのプロデュースなどなど、細かな仕事がついて回るのだそうだ。そんな多忙な2人は、とても息の合った様子でてきぱきと仕事をこなしていく。ときどき、熟年夫婦のように無言で書類のやり取りもしている。それを見てルークはこっそりとため息をついた。

(……あ~…)

 実は今日、ものすごく気まずいものを目撃してしまった。

 昼の事だ。午前中の白兵戦技の訓練でめったにない好戦ができたことに浮かれてその後の座学で講義室に忘れ物をしてしまった。

 本当にいい試合だったのだ。優秀者が集うと言う第1シティー士官学校でもあんなに良い戦いはできなかった。相手は総代であるシノブで、格闘技に関しては大きな自信を持っているルークも危うく負けるところだった。辛くも手に入れた勝利に多少浮かれても仕方がないと思う。

 昼食をとりに食堂へ向かう途中で気がついて、ルークは慌てて教室へ戻った。講義用のディスク一枚だったが、なくしてしまったら始末書とペナルティーがどっかりと伸しかかってくるのだ。

 講義室のドアは講義時間以外は開け放たれている。だから、ルークはすぐに中に人が残っている事に気がついた。そのまま普通に入ればよかったのに気配を消して覗きこんでしまったのは、どういういたずらだったのか。

 中にいたのはシノブとジーンだった。

 2人は淡々とした様子で何かを言い合っていた。シノブは、どことなくふてくされた顔をしていた。ジーンは背中を向けていた。会話の内容までは、ルークの耳には届かなかった。ただ、その真剣な様子にこれはもう少ししてから改めて来た方がいいんじゃないかとルークが踵を返しかけた時…ジーンが動いたのだ。

 少し身を掲げてジーンがシノブの顔を覗き込む。右手を持ち上げて、彼女の顔に手をあてた(ように見えた)

 ここまで見れば、もう、ルークは逃げるように立ち去るしかない。豆腐の角とか、馬に蹴られるのとかは絶対に嫌だ。

 静かに立ち去るつもりだったのに、動揺のあまり爪先が強く床を叩いてしまった。その音に、当然のように部屋の中の2人はルークの姿を見つける。

 その時の、シノブの気まずそうな顔をいったら……。

(あ~~~…)

 当人たちが何事もなかったように話しかけてきたから、ルークも普通を装って(出来ていたかは甚だ自信もないのだけれど)忘れ物を回収したのだけれど。…浮かれ気分は完全に吹っ飛んでしまった。

 他の同級生たちから、いくらか噂はきいていたんだ。四六時中一緒にいるあの2人には噂が絶えない。候補生としてだけでなく、同じファーストスクールの出身で、入学前から仲がいいらしい。休日もよく一緒に外出するとか。お互いの保護者公認だとか。2人が優秀すぎるから教官たちも知ってはいても黙認しているんだとか。聞きもしないのに、ましてまだ1週間だと言うのに方々からルークの耳に噂が入ってくるのだ。

 あぁ、そうだろう。確かに第5シティー士官学校の総代たちは優秀だ。格闘技ではかろうじて勝利を手にしたものの、他の特に座学関係の講義ではルークは足元にも及ばない。シノブは時に教官顔負けの模範解答をはじき出す。候補生達からの信頼も絶大で、多少の騒ぎが起きても彼女が姿を見せるだけで終息し始めるほどだ。正直総代ってこんなにすごいものだっけ?とルークも我が目を疑った。けれどまぁ、そんな彼女の信頼も、男女寮長の支持や何よりも副総代のサポートがあっての事だろう事は何となくわかってきた。

 初対面の後、アイマンがジーンの事を『タチが悪い』『油断ができない』などと表現をしていた理由がちらちらと見えてくる。

「どうした、ルーク」

「へ!?あ、や、なんでも…」

 入学時に候補生一人一人に支給される携帯端末。その画面を見たままで、なおかつシノブと書類のやり取りをしながら、何でもない事のようにルークに問いかけたのはやっぱりジーンだった。ルークのあわてた様子に、同じような体勢のシノブが小さく笑った。

「ジーン、あんまり脅さないであげてね」

「お前じゃあるまいし、そんなことそうそうしねぇよ」

 そうそうじゃなかったらするのかよ、というつっこみは思わず飲み込んだ。

「やめてくれない?私がジーンよりもタチが悪いみたいじゃない」

「穏やかに見せかけてる分、お前の方が悪いんじゃねぇか?…気をつけろよルーク。こいつは優等生然としてみせて、ときどき爆弾を落とすぞ」

「…いや、もうオレはそれよりジーンのピンポイント爆撃の方が心臓に悪い…」

「……いうね、お前も」

 それまで一緒のテーブルで必死に課題をこなしていたルミがぷっと吹き出した。

「すっごいねぇ、ルーク。ジーンにこんな嫌そうな顔させられるのってシノブとロヴとカノンとアイマン教官くらいだよ~」

「そんだけいりゃ十分だろうが」

 ロヴとカノンは男女寮長で、ロヴはルークとジーンと同室の大柄で穏やかな性格の奴だった。しかし、ここで名前の挙がる教官が一人だけっていうのもどうだろう。

「あと、校長も入れておいたらどう?」

「でも校長先生が弱点ってわかっても、助けを求めに行けないし…」

「お前がよっぽどの事をやらかしさえしなけりゃ、俺だって怒りゃしねぇよ」

 ひらひらとジーンが片手を振ったところだった。

 甲高いサイレンが食堂中を響き渡った。

 突然の事にルークとまだ入学してひと月ほどの一年生たちが面喰っている中、シノブは表情を引き締めて天井に向かって怒鳴った。

「ワトソン!現状報告!」

『アイ・マム。練兵場、第2体育館双方に複数名の侵入者あり』

 応えた声は、士官学校の施設管理をしているホストコンピュータプログラムのワトソンだった。

「2年第5班を練兵場、第3班を第2体育館に回して、深追いはしない、気がついた事があったらすぐに報告を!」

 シノブの指示に、すぐにジーンが端末を操作する。

「1年はどうする?」

「各班の後方支援に回して。あぁ、その前に簡単な状況説明をお願い」

「アイ・マム」

「それからジーンはルミとここで情報の統括。ルーク、一緒に来て」

「「「アイ・アイ・マム」」」

 答礼したものの、一体何が起きているのかわからないまま、ルークはシノブの後に続いて歩き出した。食堂の外では、候補生達があわただしい足取りでそこらを走り回っている。持っているのは、第2種装備だ。殺傷能力はないと言っても物々しさはぬぐえない。

「総代、何が…?」

 非常事態だと言う事は簡単に想像できる。しかし、彼女たちのこの手慣れた様子はなんだ?

「あぁ、ごめんなさい。教官対候補生の抜き打ち訓練なの」

「は?」

 周囲を走る候補生達に鋭く指示を出しながら、彼女は少し困ったような顔で笑った。

「強襲訓練。だいたい1月に1度前触れなく始まるの。目的はその時によって色々だけど、一番多いのが私かジーンを最終標的にしての基地の制圧。一度お昼ごはん略奪が目的の事もあったわ」

「それって、いつわかんの?」

「訓練中。それを察知して守るのも訓練のうちなのよ」

「あぁ、テロリストだって目的は先に宣言しないもんなぁ…」

 なんにしても、えらい実践主義の学校だ。第1士官学校ではそんなことしなかったし、きっと第3シティー士官学校でもやっていないだろう。

 シノブは寮の出入口に着くと、そこでバリケードを作っている班の班長に声をかける。

「現状は?」

「第3班が交戦中です、マム。ゴム弾で応戦中ですが、半数は確保されていると思われます」

「5班からの連絡を合わせるとこちらのメンバーにアイマン教官が入っているわ。彼の姿が見え次第、私とルークで応戦に入る。2班は援護を」

「アイ・マム!」

 シノブは近くに置いてあった電子銃を二つ手に取ると、出力を調整確認してから一つをルークに手渡した。見てみれば少し強力なスタンガン並みの出力になっている。

「原則として非殺傷の武器のみ使用可。つまり出力を落とした電子銃と長杖が主な武器になるわ。教官も条件は一緒」

 なるほど、同条件にしていかに標的を守り抜くかの訓練だ。

 そこでふと、ルークはシノブを見下ろした。

「総代が標的になった事が一番多いって言うのに、オレと一緒に応戦に出る?」

「あぁ、大丈夫」

 一応の緊急事態にもかかわらず、シノブはクスクスと笑った。

「前回、前々回と私が標的だったから。これまでのパターンで考えれば、標的が変わっている可能性の方が高いわ」

 ホルダーをかけてそこに銃をしまうと、シノブは行きましょう?とルークを見上げた。

「でもそれって、逆に標的がわからないってことじゃ?」

「だから、今それをジーンが調べている最中。…ルーク!」

 シノブがグイっとルークの腕を引っ張った。ルークも反射的に身を小さくしつつ、シノブを捕まえて壁に身をつける。

 耳元を何かが音を立てて通り過ぎて行った。

「気をつけて、ゴム弾を使えるのは向こうも同じよ」

「アイ・マム」

 飛んで行った先を見れば、壁に黒く後をつけて丸く黒い固まりが床に転がっている。死にはしないだろうが、当たり方が悪ければ骨折だってありうるだろうに…。

(嫌な方にも本格的だなぁ…)

 思いながらも、ルークは小さく息を吸い込んだ。気を引き締めた事を感じたシノブがほんの少しだけ口の端をあげてルークの肩を叩いた。

「私が先行するから、フォローをお願い」

「アイ・アイ・マム」

 ルークの返事を聞くと同時にシノブが外へ飛び出した。

 もちろん、彼女へと教官の攻撃も集中したが、それはルークや後方の候補生達が支援する。ルークも一緒に飛び出しシノブに続く。傍らの茂みに飛び込むかどうかという時に、

「っ」

 はじかれたように2人は別の方向へ飛んだ。素早い動きで目の前に現れた影があったからだ。

 影はその姿をルークが認識するよりも早くさらに彼に向かって何かを突き付けてきた。それが腕だとわかるよりも先に、ルークはすぐさま体勢を立て直して地面に体を低く伏せ、地面に手をつくとそこに体重をかけブン!と片足を振った。

 間髪をいれない足払いを、相手は軽々と避ける。しかし、その間に体勢を立て直したシノブが上段から足を振りあげる。

「…うわぁ~」

 その体勢から立て直すかよ、とルークは小さく呟いた。

 影…アイマンはまるで予想していたかのように体を後ろに反らせるとバクテンの要領でシノブの蹴りを避け2人から距離をとる。

 電子銃とゴム弾の応酬が続く中、3人はじりじりと間合いを測る。

「ハタノ自ら出陣か。後方はどうした」

「信頼のできる候補生に任せてあります」

「グレイツね。道理でこまごまとトラップがしかけられてるわけだ」

「細かい配慮はピカイチですし」

「あれは配慮なんて控えめな言葉じゃ足りねぇよ」

 苦笑しながらもアイマンはルークとシノブ2人の攻撃をしのぐ。その技術力。

「もうひとつだ。何でホーバン2人だけで対応に出た?」

「…教官のお相手をするには私一人では足りないと判断したので」

「お前が標的だったら、どうする?」

「私の可能性は、20%以下と判断しました」

「じゃぁ、次の標的は?」

「それは…」

 シノブが少し考えるように口をつぐんだ瞬間、彼女の耳元のインカムから何やら声が漏れ聞こえてきた。内容まではわからない。しかし、その声でシノブの表情が硬いものに変わった。そして

「ホーバン候補生!さがれ!!」

「え?」

「させねぇよ」

 わけがわからないルークを置いて、アイマンがにやりと笑った。シノブが間に入ろうとしたがそれよりも先に、ルークの目の前に迫る。

「うをっ!?」

 掴まれそうになった腕をとっさに払って間合いをとる。それも予想の範囲だったのかアイマンはそのまま間合いを詰めようとする。シノブが援護に入ろうとして他の教官に阻まれた。

 ルークは周囲に気をつけながら、どうにかアイマンとの間合いを保つ。それが詰められるまでの短い間に背を筋を伸ばし息を吐き出して力を抜く。

「っ!」

(動きを小さく、出来るだけ小さく)

 自分に言い聞かせるように心の中で呟く。アイマンは強い。逃げるにしてもうっかり後ろを見せればすぐに捕まってしまうだろう。

 伸ばされた腕を紙一重で避ける。

 一度でも捕まれば逃げる事は難しい。だからルークはどうにか間合いをとり態勢を立て直そうとした。しかしアイマンはそれを許さない。援護射撃は、2人の間合いが近すぎて他の教官を近づけない威嚇にしかならない。シノブも、自分の事で手いっぱいでルークの援護をする余裕はなさそうだった。

 ルークは動き回りながらも息を整える。意識して、深く息を吸い込み、深く吐く。縦横無尽に動き回るアイマンにつられないようにその動きを見極めて、出来るだけ最小限に…。

「!」

 呪文のように唱えながらもアイマンの腕を避け、間合いをとるためにうっかりと大きく足を後ろに出してしまった。瞬間、何かを踏みつけてバランスが崩れる。

 踏みつけたものが何かはわからなかったが、その隙をアイマンが見逃すはずがなかった。してやったりと、大きく笑った彼はすぐさまルークの腕を掴みにかかる。バランスを崩したものの、転びはしなかったルークは、しかし、すぐに態勢を立て直す事が出来ない。

(マズっ)

 足場は確保した。しかし、アイマンの手はもう逃れようのないところに迫っている。

 覚悟を固めたルークの鼻先に何かがものすごい勢いで飛来し、目前に迫った手を強くはじいた。

 そこからは考えての行動ではなかった。

 本能的に読み取った隙を体が見逃さなかった。すぐさまアイマンの懐に入り込み、みぞおちに肘鉄を入れる。態勢の崩れた彼の体が開いた時、片腕を捕まえると……抵抗する力もあったが、そこは少し強引に、ひねりあげた。

「教官確保!」


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