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迷子の私と天使の人形

「迷子の私と天使の人形」

作者: 建野海

真っ白い雪が空からひらひらと舞い降りる。


夜の暗闇を照らすイルミネーションの明るい光。さまざまな色の光に照らされて白い雪は変幻自在に姿を変えていた。


今日は、クリスマスイブ。


「……さむいよぉ」


すっかり冷たくなった手にハァ~と息を吹きかける。


お母さんとお父さんとはぐれて、だいぶ時間が経った。二人とはぐれた時のために決めた待ち合わせ場所の大きなクリスマスツリーの下。ここに来てからずいぶんと時間が経つのに一向に二人はやってこない。


なんで、こないの? はやくきてよぉ。


ジワリと目蓋に溜まり始めた涙を服の裾で拭う。溜まり始めた涙はすぐに消えたが、不安は胸の奥底に積もっていく。


少しでも心をおちつけようと私は手に持った紙袋からあるものを取りだした。


紙袋から出てきたのは、いちょうのようなうす黄色のわっかを頭の上につけ、みんなに幸福を運ぶ純白の羽を羽ばたかせ、悪魔をやっつけるためのステッキを持った小さな天使。クリスマスツリーに飾る人形だ。


この子も私と一緒。迎えに来てくれる人を待っている。


「お母さんたち遅いね」


私は天使に話しかける。


「……」


当然返事は返ってこない。ちょっぴり悲しくなって私はうつむいた。


「おなか、すいたな~。はやく迎えにこないかな?」


「……そうだねぇ」


……えっ!?


独り言と思って呟いたのに返事がした。もしかして今のって……人形がしゃべったの?


そう思うと同時に私の目の前が突然薄暗くなった。足元を見ると誰かの影ができていた。


お母さん? お父さん?


ようやく迎えが来た。そう思って顔を上げる。しかし、私の前に現れたのは二人ではなかった。


「キミ、迷子?」


困ったものを見つけたような表情をした男の人がそこに立っていた。




「てんちょ~、片付け終わりました」


店内の掃除と片付けを終えた私は厨房で明日の準備をしている店長に声をかけた。


「お疲れさま、小夜ちゃん。今日はもう終わっていいよ」


明日の予約の確認をしながら店長が答えた。


「わかりました。お先に失礼します」


店長に挨拶をして私は厨房をでた。


「あれ? 小夜ちゃん今日はもう終わり?」


厨房を出るとレジの横でお客さんのケーキの梱包をし終わった冬香さんが私に声をかけた。


「はい。今日はもう終わりです」


「ふ~ん。普段夜遅くまでのシフトの小夜ちゃんが今日に限って早いとは……。やっぱり彼氏とイブの夜を過ごしたいなぁ、なんて考えてるのかな?」


「ち、違いますって! そもそも私彼氏いませんから」


「なんだ、じゃあ一人でさみしく夜を過ごすのか。つまんないなぁ」


若干残念そうに冬香さんはため息を吐いた。


「そういう冬香さんはどうなんですか?」


「あたし? あたしは彼氏と過ごすよ」


別に大したことではないと言うように冬香は答えた。


「なんですかそれ~。自分はちゃっかり彼氏と過ごすじゃないですか」


「まぁ、こういったことは自分の安全が確保されてて聞くもんだしね」


「なんだか、ずるいです」


一杯食わされたことに表面上は腹をたてる態度をとる。


「ごめんごめん。そうむくれないの」


「べつに、むくれてませんから」


「じゃあお詫びにお姉さんが一つアドバイスをしてあげよう」


アドバイス? いったいなんのだろう?


なんのことだかわからず、疑問に思ってる私の耳元に冬香さんは顔を近付け、


「店長はああ見えて奥手だから、もし来たらいきなりキスしちゃいなさい」


誰も知らないと思っていた私の今日の予定にアドバイスをした。


「え、えっ!? な、なんで知ってるんですか!?」


「ちょっと、声が大きい。まだ店内で食事してるお客さんいるんだから」


冬香さんに言われて周りを見ると、何事だといった表情でこっちを見ているお客さんが何人かいた。しかし、何もないとわかると直ぐに食事を再開した。


「なんで冬香さんがそのことを……」


今の出来事を反省して、私は小声で訪ねる。


「いや、実は小夜ちゃんが店長を誘うとこをこっそり見ちゃって」


なんてことだ。細心の注意を払って行ったことが、こんなに簡単に知られてるなんて……。


「じゃあ最初から私の今日の予定知ってたんですか?」


「うん。だからちょっとからかってみた」


質が悪い冬香さんに私は頭を抱える。まさか知ってる人がいるとは思いもしなかった。


そう、私は一週間前に店長を誘ったのだ。


「それにしても店長かぁ~。確かに顔は悪くないし、性格もいいほうだけど、歳の差六つだよ? 下手したら犯罪だよ?」


「い、いいじゃないですか。歳が離れてたって……。それに私もう十六ですから。結婚できる歳なんで、犯罪じゃないですから」


必死に弁解するが、冬香さんはそれを聞いて今度はニヤニヤと口元を緩ませて温かい目で私を見てきた。


「そう。結婚。なるほどね~。小夜ちゃんはもうそんなことまで妄想しちゃってるんだ」


冬香さんの指摘に私は頬が熱くなるのを感じた。


「……そうですよ、妄想ですよ。だって、私まだ誘っただけですし、告白したわけでもないですし、OKもらって付き合ってもないですから」


「あ~もう。ホント小夜ちゃんはかわいいね」


冬香さんは私を抱きしめて乱暴に髪を撫でた。


「や、やめてください。恥ずかしいです。それにお客さん見てます」


「確かに。あまりはしゃぎすぎると店長も来ちゃうだろうしね」


「へ~俺が来るとなにか都合が悪いのかな?」


冬香さんが私を離すと同時に背後から聞き慣れた店長の声がした。


「あ、あれ~店長来てたんですか?」


冬香さんが口元を引きつらせて店長を見ている。


「なんだか少し店内が騒がしかったからね。まだお客さんがいるんだから、静かにしててくれ」


店長が冬香さんを嗜める。


「それって、お客さんがいなくなったら静かにしてなくててもいいってことですか?」


冬香さんの反撃のへりくつに店長は呆れ半分諦め半分のため息を吐く。


「まぁ、いなくなれば多少はいいけどね。その代わり、お客さんがいるときはきちんとしてくれよ」


「さすが店長。話がわかる!」


「それと小夜ちゃん。タイムカード切った?」


「あ!? まだ切ってないです。すいません」


「まだ時間は過ぎてないからいいよ。話をするならきちんと終わってからね」


「……はい」


「それじゃあ俺は戻るから」


再び厨房に戻ろうとする店長。その後ろ姿になんだか無性に我慢ができなくなり、


「あの、てんちょ。私今日待ってますから」


わざわざ言わなくてもいいことを口にした。


店長は少しだけ驚いた後、前と同じように困ったような笑みを浮かべて、


「もしかしたら、俺は行かないかもしれないぞ?」


と言った。


「それでも、いいです。私、待ってます」


今度は返事をしないで店長は厨房に戻った。


「……いやぁ~青春、青春。あたし隣で聞いてて恥ずかしくなっちゃった」


顔を手で覆い、指の間からチラチラとこっちを見る冬香さんを見て、私はハッとし、あることに気づく。


そうだ、まだお客さんがいたんだ。


嫌な予感と共にお客さんの方を見ると、独り身の女性達からは嫉妬や妬みの視線が向けられ、ノリの良さそうな男性陣はこちらにエールを送ってきた。カップルは自分たちの時の出来事を思い出しているのか優しく見守ってくれている。


「わ、私帰ります!!」


その場にいるのがいたたまれなくなり、私は逃げだすようにロッカールームに向かった。





バイトを終えて家に戻り、ずいぶん時間が経った。ベッドに寝転がりながら時計を見ると時刻は七時過ぎ。予定の待ち合わせまで二時間ほどだ。


いや、待ち合わせじゃないか。絶対来ると約束したわけじゃない。これは私が勝手に押しつけた予定だ。


まだ家を出てすらいないのに不安でいっぱいになる。


ベッドから起き上がり机の引き出しからあるものを取り出す。


取り出したのは、少し薄汚れた天使の人形。


六年前に私がある男の人からもらったものだ。




『キミ、迷子?』


両親を待っていた私の前に現れた一人の男性。私は一人でさみしかった中、声をかけてもらえたうれしさと、見知らぬ人に話しかけられた警戒心の狭間で揺れていた。


なんて返事すればいいのかな? そもそも返事をした方がいいのかな?


考えた末に結局返事をすることにした。


『迷子じゃないもん』


『じゃあ、誰か待ってるの?』


『うん。お父さんとお母さんを待ってるの』


『そうなんだ。ところで隣座ってもいいかな? 疲れちゃってさ』


『べつに、いいよ』


私の隣に彼は座った。しばらく沈黙が続き、やがて彼は遠慮がちに尋ねた。


『実は俺さ、少し前にここにいたんだけど、その時に忘れ物をしちゃたんだ』


そういって私の持ってる人形を彼は指差した。


『キミの持ってるそれなんだけど。返してくれたら、うれしいな』


壊れやすいものを扱うかのように彼は優しく私にお願いした。しかし、私はこれを返してしまったら、彼がこの場から帰ってしまう気がして、


『イヤ。これ私が拾ったんだから。だからもう私のなの』


などといって彼に人形を返さなかった。


しかし、彼は私の返事に怒ることもなく、『そっか』と一言呟き両親が来るまで一緒にいてくれた。


結局私は彼に人形を返さず家に持って帰った。


それから年を重ねる度に当時の自分に呆れ、そんな私に文句の一つも言わずに優しくしてくれた、名前も知らない男性を気にするようになった。


これが初恋だと気がついたのは中学生になってすぐだ。近所に住む私より二つ上のお姉ちゃんに相談したところ、


『きっと恋だと思う』


そうお姉ちゃんに言われて私はそれまで自分の中にあったモヤモヤした感じが恋だと知った。そして、もう一度あの時の彼に会いたいと思った。


しかし、いくら彼に会いたくても名前も素性も何も知らない私に彼を探す術はなく、胸の奥底に恋心を秘めたまま月日は流れた。


そして、今年の春。高校生になった私は友達が見つけた新しいケーキ店を紹介されて数人の友達とそのケーキ店へ行った。


〈Lilac〉と書かれた看板を見ながら私達は店内に入る。オープンしてまだあまり日が経ってないことがわかる祝いの華の数々。雰囲気がよくオシャレな店内。店内で買ったケーキを食べるスペースもあり、主婦や私達と同じ学校帰りの学生が多くいた。


『なるほどね~。これは勧められるのもわかるなぁ』

私の発言に一緒に来ていたみんなも『だね~』と同意する。


『それにしてもリラックか。リラックスと掛けてるのかな? この店』


私がそう呟いた時、


『この店の名前はリラックじゃなくてライラックっていうんだよ』


そう答える男性の声が聞こえた。声のした方を向くとそこには一人の男性がいた。そして、その男性の姿を見た瞬間私の思考は停止した。


『ちなみにライラックっていうのは落葉樹の一種で香水の原料ともされてるんだ』


目の前の男性は律儀に店の名前の説明をしてくれているが、私の頭には入ってこない。


ああ、目の前にいる男性はあの時の彼だ。私はそう確信する。


彼は少し大人っぽくなっていたが、雰囲気や面影はほとんど変わってなかった。再開の感動に心を撃たれた私はその勢いで、


『あ、あの。バイトの面接を受けたいんですが!!』


と言った。その後、いきなりのバイト面接の要望に面食らった彼はやはり以前と変わらず文句一つ言わずに、


『今日は面接できないから、また日を改めてしようか』


と丁寧に応対してくれた。


その後、なんとか面接を終えてバイトに合格した私は、彼、永瀬俊也。通称店長の元で働くことになった。


あれから、約半年。いろいろなことがあったけど、ついに私は店長を誘った。結果はどうなるかわからない。それがわかるのは後二時間後だ。


どうか、いい結果になりますように。


天使の人形を胸元でギュッと握りしめ、私は祈った。





この話は短編小説の中で唯一二話に分けています。恋する女の子を主人公にしたのですが、書きなれていないので書くのに苦労しました。

 年の差カップルは実を言うと大好きなので書いていて楽しかった作品のひとつです。

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