「命の番」ですって?大変ですわ、神殿に正式照会いたしましょう
「短編版」「命の番」ですって?大変ですわ、神殿に正式照会いたしましょう
※こちらは短編になります。長編は下記リンクか作者ページ、シリーズから。
https://ncode.syosetu.com/nN7603mc/
「ヴィオレッタ・ハイゼンベルク公爵令嬢、貴女との婚約はここに破棄させていただく」
王太子ジルベルト殿下が、王宮・白薔薇の間で、私にそうお告げになった。
居並ぶ高位貴族の前で、殿下の右隣には、ミレーヌ・ヴァルター男爵令嬢が頬を赤らめ、目を伏せて立っておられる。
「神殿の神託により、私とミレーヌ嬢は『命の番』であると判じられた。これは神の御意志であり、人の作り出した婚約契約より、はるかに重きものであることを、貴女もご理解いただけよう」
私は、紅茶のカップを、ゆっくりとソーサーに戻しました。
「左様でございますか」
「……驚かないのか」
殿下が、わずかに眉をひそめられる。
私が泣き伏すか、嘆くか、せめて声を荒らげるとご想像なさっていたのでしょう。
けれど、ジルベルト殿下とミレーヌ嬢の密会は、3か月前から王宮の使用人達は皆気付いておりました。気付いていなかったのは、おそらく殿下お一人ですわね。
「驚いてはおりますわ」
私は、扇子を一度たたみ、また開いた。
「神託というものは、神殿本殿、白百合の祭壇前で、神官長様おひとりによってのみ下されるもの。それが、本日この場で、いかにして殿下方の手元にあるのかしら、と」
殿下の口が、ほんの少し開いた。
「……写しは、ミレーヌ嬢の手元にある」
「あら、それは大変なことですわ」
私は、扇子で口元を覆った。
「神託の原典は、神殿禁書庫に封印されますの。写しを臣下が所持することは、神殿法第34条において『神への冒涜』と定められておりますわ。罰則は、貴族位剥奪と、神殿への身柄引き渡し」
ミレーヌ嬢の頬から、赤みが、すうっと引いていく。
「ヴィ、ヴィオレッタ様……これは、神官長様のご厚意で、特別に……」
「アルベリク神官長様の、ご厚意」
私は、扇子の陰で、ほんの少しだけ笑いました。
「それは、ますます、神殿に正式照会いたしませんといけませんわね」
その時。
白薔薇の間の扉が、静かに開いた。
純白の祭服に、銀の刺繍。神殿の最高位を示す、紺青の肩布。
26歳という若さで神殿最高位に就かれた、アルベリク・ヴァインガルトナー神官長様が、そこに立っておられた。
「ハイゼンベルク公爵令嬢が、神殿に正式照会の書状を送ってこられたのは、本日の午前10時。私が王宮に召喚状を持参したのは、午前11時。殿下の婚約破棄宣言は、午後2時」
神官長様は、ゆっくりと殿下の前に進み出られた。
「順序が、いささか、逆でございますな」
殿下の顔から、初めて血の気が引いた。
「神殿は、ジルベルト・フォン・グレーフェンベルク王太子殿下、ならびにミレーヌ・ヴァルター男爵令嬢に対し、神託捏造罪の嫌疑にて、出頭を要請いたします」
私は、扇子の影で、午後の光に揺れる窓辺の白百合をそっと見ました。
蕾が、咲こうとしている。
3か月前、私が神殿で祈りを捧げたあの日と、同じように。
◇
3か月前のことを、お話しいたしましょう。
その日、私は神殿の白百合の祭壇の前に、ただ一人、座っておりました。
私が祈っていたのは、亡き母のことではございません。父の流行病でもございません。
王太子殿下と、男爵令嬢の密会のこと。
それを王宮の侍女から知らされたのは、その朝のことでございました。
侍女は涙ながらに、私に告げたのです。
「ヴィオレッタ様。殿下は、ミレーヌ嬢を……3か月前から、夜会のたびに、別室にお連れになっていらっしゃいます」
3か月前から。
ということは、私と殿下の婚約10年目の祝祭の、その夜から。
あの夜、殿下は私に、青い宝石の首飾りを贈ってくださった。
「君と歩んだ10年だ。これから先も、君と共に在る」
そう仰った、その同じ夜から。
――ですから、私は神殿に参りました。
泣くためではございませんわ。
考えるためでございます。
そして、神殿の祭壇の前で、私は、たった1つのことを決めましたの。
殿下のことは、もう、よろしい。
けれど、ハイゼンベルク公爵家の名誉と、私が10年捧げた誠実は、必ず、回収させていただく。
そう決めた瞬間、祭壇の影から、お声が聞こえました。
「公爵令嬢は、お泣きにならないのですね」
私は、振り返った。
紺青の肩布。銀の刺繍。
その方が、神官長様であると、私はその時、初めて存じ上げましたの。
「泣いてはおります。涙が、内側にだけ落ちておりますの」
私が答えると、神官長様は、ほんの少しだけ目を伏せられた。
「公爵令嬢に、1つ、お伝えしたいことがございます」
「何でございましょう」
「半月前、ミレーヌ・ヴァルター男爵令嬢が、神殿の補助神官に接触をもたれました。神託の写しを、金貨で買えぬか、と」
私の扇子を持つ手が、止まった。
「補助神官は、その場で断り、私に報告いたしました。私は、補助神官に命じて、敢えて断り続けぬよう申しました」
「と、仰いますと」
「金貨を受け取り、偽神託を渡すよう、申しました」
私は、神官長様のお顔を、まじまじと見つめてしまった。
神官長様は、白百合の蕾を、ご覧になっておられた。
「神を欺こうとした者を、神殿は、必ず、神の名において裁きます。けれど、そのためには、相手に十分な縄を渡す必要がございます」
「縄」
「自ら、首を、お吊りになるための」
私は、その時、初めて、神官長様の本性を垣間見ました。
この方は、神に仕える方ではあらせられる。
けれど、神の前で、人の浅さを冷ややかに見ておられる方でもある。
「神官長様。1つ、お願い申し上げてもよろしいかしら」
「何なりと」
「私を、その縄の、結び目に加えてくださいませ」
◇
3か月の間、神官長様と私は、書簡を交わし続けました。
正確には、私の方が一方的に、神殿の補助神官を経由して、書簡を届けておりました。
ミレーヌ嬢が補助神官に金貨300枚を渡し、偽神託の作成を依頼したこと。
その偽神託の文言を、ミレーヌ嬢自身が指定してきたこと。
「王太子ジルベルトと、ミレーヌ・ヴァルターは、命の番である」
その一文に、ミレーヌ嬢は金貨を、追加で100枚積みました。
「写しを、私の手元にも1通」
その瞬間に、ミレーヌ嬢は、神殿法第34条に抵触したのです。
そしてもう1つ。
ミレーヌ嬢は、王太子殿下に、こう吹き込んだそうですわ。
「殿下とわたくしが命の番であることは、神様がお決めになったこと。ヴィオレッタ様との婚約破棄を、夜会の場で、公的に宣言なさってください。そうすれば、神様は、わたくし達を祝福してくださいます」
殿下は、それを信じた。
殿下は、ミレーヌ嬢を疑わなかった。
愛とは、かようにも、人を愚かにいたしますのね。
私は、書簡の最後に、こう書き添えました。
「アルベリク神官長様。これは、神を欺いた者への裁きであり、私の個人的な復讐ではございません。けれど、もし神殿が、ハイゼンベルク家の名誉のために、神の御名において一言、お与えくださいますなら、私は、生涯、神殿の白百合を絶やさぬよう祈り続けます」
返信は、たった1行でございました。
「白百合は、私が、お守りいたします」
その1行を読んだ夜。
私は、生まれて初めて、自分の心が、誰かに見られている感覚を覚えましたの。
◇
王宮、白薔薇の間。
神官長様の召喚状を受けたミレーヌ嬢は、立ったまま震えておりました。
「ち、違いますわ。わたくしは、ただ、殿下と神様に祝福されたかっただけで……」
「補助神官イザーク・ベルクマンの証言によれば」
神官長様は、懐から書状を取り出された。
「ヴァルター嬢は、神殿東棟の祈祷室にて、金貨300枚を補助神官に渡し、『王太子と私が命の番であるという神託を作成せよ』と命じられた。文言の指定は、ヴァルター嬢ご自身。さらに『写しを1通、私の手元に』と要求されたのは、同日の夕刻」
ミレーヌ嬢の唇が、震える。
「そ、それは……」
「補助神官は、神殿規則に従い、その全ての場面を神殿書記官に同席させ、記録しております。書記官の署名入りの証言記録、ならびに金貨300枚を保管した封印箱、いずれも、神殿禁書庫に封印済みでございます」
殿下の顔が、こわばった。
「ま、待て、神官長。それでは、あの神託は……」
「偽神託でございます」
神官長様は、淡々と、お続けになった。
「殿下にお渡しした神託の写しに、1つ、ご注目くださいませ。神殿の正式な神託には、必ず、神殿印が三重に押されております。中央に主神印、右上に白百合印、左下に書記官印。されど、殿下のお手元の写しには、白百合印がございません」
殿下の手が、神託の写しを、震えながら開いた。
確かに、白百合印は、ない。
「その写しは、ヴァルター嬢が補助神官から金貨で購入し、ご自身で殿下にお渡しになった、捏造文書でございます」
「ち、違うわ! わたくしは、本当に、神様の声を聞いたのよ! 殿下と、わたくしは……」
ミレーヌ嬢が、悲鳴のように叫ばれる。
その時、神官長様は、初めて、わずかに眉をひそめられた。
「ヴァルター嬢」
「は、はい」
「神の声を、お聞きになったと」
「は、はい! 確かに、聞きました! 神様が、殿下と私は命の番だと、そう……」
「神の声を聞かれたと公的に宣言された者は、神殿法第12条により、生涯、神殿に身を捧げる義務がございます。神は、お選びになった者を、人の世に返すことはなさいませぬゆえ」
ミレーヌ嬢の顔から、表情が消えた。
「……え?」
「ヴァルター嬢。今、この場で、神殿への入殿をお選びくださいますか。それとも、神の声をお聞きになっていなかったと、ご訂正くださいますか」
ミレーヌ嬢は、何も答えられなかった。
「お答えなき場合、神殿は前者と判断いたします。──書記官、記録を」
神官長様の傍らに控えていた書記官が、羽ペンを走らせた。
その音だけが、白薔薇の間に響いた。
◇
ミレーヌ嬢が連行された後、白薔薇の間に残されたのは、王太子殿下と、私と、神官長様、そして陛下と、私の父、ハイゼンベルク公爵でございました。
陛下は、玉座の肘掛けを、強くお握りになっておられた。
「ジルベルト」
「は、はい、父上」
「お前は、神託の写しを、神殿に確認したか」
「い、いえ……ミレーヌが、神官長様から直接賜ったものだと……」
「神託の写しを臣下に下されたことは、神殿法上、ありえぬ。お前は、神殿法第34条を、知らなんだか」
「知らなかった、と申すべきでしょうか。教育課程で、必ず履修するはずのことでございますが」
私の父が、静かに、口を挟まれた。
「ジルベルト殿下。あなた様は、10年前、私の娘との婚約を結ばれた折、神殿法を含む王太子教育を、修了されておられましたな」
「は、はい……」
「修了試験における第34条の答案、私、写しを所持しております。お持ちいたしましょうか」
殿下の顔から、完全に血の気が引いた。
父は、続けられた。
「ハイゼンベルク家は、10年間、娘ヴィオレッタを、王太子妃となるべく育てて参りました。その10年の月日、その教育費、その家門の名誉。全てを、殿下は、たった1人の男爵令嬢の偽神託のために、踏みにじられた」
「ち、違う、私は……」
「我が娘の3か月の沈黙、その代償は、王家の血脈で、お支払いいただきます」
陛下が、目をお閉じになった。
長い、沈黙が流れた。
そして、陛下は、ゆっくりと目を開けられた。
「ジルベルト」
「父上」
「お前に、王位を継がせることはできぬ」
殿下の体が、よろめいた。
「父上!! 父上、それは、あまりにも……」
「神殿法を知らず、偽神託を見抜けず、10年の婚約者を侮辱し、ハイゼンベルク家の名誉を傷つけた。これだけのことを為した者に、王位を授けることは、神も、民も、決して許さぬ」
「で、では、私は……」
「神殿付き修道院にて、神殿法と王太子教育を、初めから学び直せ。期間は、10年。10年経って、神殿が『この者は十分に学んだ』と認めた時、お前を貴族として復籍させる」
殿下は、その場に崩れ落ちられた。
「父上……父上、お願いでございます……ヴィオレッタ嬢に、もう1度……」
殿下が、私に向かって手を伸ばされた。
私は、扇子を、ゆっくりと開いた。
「殿下」
「ヴィオレッタ……」
「気持ちは、もう、とっくに冷めてしまっておりますの。10年前にいただいた青い宝石の首飾りも、3か月前に、海に投げ捨てましたわ」
私は、扇子の陰で、目を伏せた。
「死んでも、御免でございますわ」
◇
事件は、それで終わりではございませんでした。
ミレーヌ・ヴァルター男爵令嬢の身辺を神殿が調査した結果、判明したことがございます。
王太子殿下から贈られた王家秘宝──碧玉の腕輪──は、既にミレーヌ嬢の手から、闇商会に流れておりました。
その代金、金貨2,000枚。
ミレーヌ嬢は、その金貨で、国外への逃亡準備を進めていたのでございます。
そしてもう1つ。
ミレーヌ嬢が、王太子殿下に「命の番」を仕掛ける前。
同じ手口で、ヴァルマン伯爵子息、ローゼ侯爵子息、そして、ライン公爵家の遠縁の方──3名の貴族子息に、同様の偽神託を持ちかけていたことが、発覚いたしました。
うち2名は、家門の調査で看破され、ミレーヌ嬢は早々に手を引いた。
最後の1名──ライン公爵家の遠縁の方は、ミレーヌ嬢を信じかけていたところ、家門の長から「神殿に正式照会せよ」と命じられ、慌ててミレーヌ嬢を切り捨てた。
そして4人目の獲物が、王太子殿下でございました。
殿下は、神殿に正式照会する、その発想を、最後までお持ちにならなかった。
愛とは、かようにも、人を愚かにいたしますのね。
ミレーヌ嬢は、神殿への入殿ではなく、神託捏造罪、王家秘宝横領罪、そして連続詐欺罪により、ヴァルター男爵家からの廃嫡と、神殿付き監獄への終身幽閉が確定いたしました。
ヴァルター男爵家は、娘の罪により、爵位を返上。
王太子殿下は、修道院送り。
そして、ハイゼンベルク公爵家には、王家から、銀貨にして金貨換算で5,000枚相当の慰謝料と、領地の追加加増、そして陛下直筆の謝罪書が届けられました。
私の父は、その謝罪書を、家宝の1つに加えられたそうですわ。
◇
「アルベリク様は、いつから……私のことを」
公爵邸の温室、白百合の鉢の前で、私はようやく、その問いを口にした。
神官長様は、白百合の蕾に、そっと指を添えられた。
「3年前。雨の日。貴女様が、裸足で、神殿の階段を駆け上がられた朝から」
私の指から、扇子が、するりと落ちた。
あの日。父の流行病が篤く、私が神殿に駆け込んだ、あの日。
私は、誰にも見られていないと、思っておりました。
裸足だったことも。
靴を抱えて泣きながら祈ったことも。
神様は、応えてくださらなかったことも。
「神は、応えてくださいませんでしたわ」
声が、震えた。
それは、3か月ぶりに私が自分の口から零した、感情の言葉だった。
「いいえ」
神官長様の指が、私の頬に触れた。
「神は、応えませんでした。けれど、私が、見ておりました。あの朝から、ずっと、ずっと、見ておりました」
「ずっと、見ていてくださったのですね」
私は、生まれて初めて、誰かの胸で、声を上げて泣きました。
しばらくの後、神官長様は、懐から1枚の紙を取り出された。
押し花でございました。
白百合の押し花。
「3年前、貴女様が祈られた朝。雨が上がった後、神殿の祭壇前に、たった1輪、白百合が咲いておりました。神は、応えませんでした。けれど、白百合は、咲いておりました。私は、それを摘んで、押し花にして、ずっと、お持ちしておりました。お渡しできる日が来るかもしれぬと、信じて」
私は、その押し花を、両手で受け取った。
「アルベリク様」
「はい」
「神官位は」
「先月、辞しました。神官は、結婚を許されませぬゆえ」
私は、扇子を持ち上げて、口元を覆った。
笑ってしまったのを、お見せしたくなかったから。
「あら、それは大変なことですわ」
「大変でございますか」
「ええ。ですから、私が、生涯、責任をお取りいたしますわ」
神官長様の耳が、ほんの少しだけ赤くなった。
その横顔を、私は、生涯、忘れぬと思います。
◇
後日談を、1つだけお話しいたしましょう。
ある夜、公爵邸の暖炉の前で、私は、書類を焼いておられるアルベリク様を見つけましたの。
「何を、燃やしておられますの」
「神殿の調査記録でございます。ヴァルター嬢が、ヴァルマン伯爵子息、ローゼ侯爵子息、ライン公爵家遠縁の方から、それぞれいくらの金品を騙し取ったか、その詳細でございます」
「あら、私も、拝見してよろしいかしら」
「いいえ」
アルベリク様は、優しく、けれど断固として、首を振られた。
「貴女様に、これ以上の汚れは、お見せしたくございませぬ。3か月の沈黙で、十分でございます」
私は、その横顔を見つめた。
そして、暖炉の炎が、調査記録を、ゆっくりと舐めていくのを見ておりました。
アルベリク様は、書類が完全に灰になるまで、火かき棒で、丁寧に、丁寧に、それをかき混ぜておられた。
「ざまぁ、みろ」
ほとんど聞き取れぬほどの、お声で。
私は、扇子の陰で、ほんの少しだけ笑いましたの。
この方の、こういう一面を、私だけが知っている。
それが、何より、嬉しゅうございました。
◇
神殿の白百合は、その年から、毎年、雨の日にだけ咲くようになったと申します。
裸足の少女と、それを見ていた若い神官のために、神様が遅れて応えられたのだと、人々は、そう語り継ぎますの。
【作者から読者様へお願いがあります】
少しでも、
「面白い!」
「続きが気になる!」
と思っていただけましたら、
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