第9話 雷鳴の裁き
予告どおり、雷は落ちた。
ある朝、学園の鐘が重々しく鳴り響き、全生徒に緊急召集がかかった。
大講堂の中央には裁きの壇が設えられ、王太子レオンハルトが玉座のごとき椅子に座していた。
「本日ここに、セシリア・ド・ルーベンを糾弾する!」
その声は、稲妻のように場を震わせた。
観衆の生徒たちがざわめき、恐れと期待をないまぜにした視線を私へ注ぐ。
壇上に引き出された私は、深く一礼して扇を開いた。
王太子の背後には、公爵夫人や取り巻きが並び、いかにも「勝利の裁き」を確信している様子だ。
「セシリア、お前は数々の非行を繰り返した。学園での不正、密偵の利用、そして――隣国の軍師と通じ、王国を危うくしている!」
ざわめきが爆発した。
――そう来たか。私と三成の関係を「国家反逆」と結びつけるつもりなのだ。
これこそ、雷の一撃。証拠も理屈も不要。ただ「裁く」という王太子の力による断罪。
だが、私は怯まなかった。
扇を静かに閉じ、声を張る。
「殿下。雷は一瞬の光でございます。けれど――証拠という大地に落ちなければ、ただの幻に過ぎません」
場がざわめいたその時。
観客席から灰色の瞳が立ち上がる。
石田三成。
「殿下。貴方は先に“事実確認を行う”と誓われた。
ならば、いま問います。セシリア嬢が密偵を利用したという証拠は――どこにあるのですか?」
彼の声は冷ややかで、稲妻を鎮める雨のようだった。
王太子は一瞬言葉に詰まり、取り巻きへと視線を送る。
だが、公爵夫人は青ざめた顔で首を振るしかなかった。
証拠など――存在しない。
私はその隙を逃さず、一歩前に踏み出す。
「殿下。もし私が無実であると立証されたなら、王国の名誉を傷つけるのは――証拠なき糾弾を行った側です」
雷鳴が逆流する。
観衆はざわめき、やがて拍手が広がった。
王太子の表情に亀裂が走る。退屈と傲慢に覆われた仮面が砕け、露わになったのは苛立ちと焦り。
その夜。
私は使節館の一室で、三成と向かい合った。
彼は机に置かれた蝋燭の炎を見つめながら言った。
「雷を退けた。君は、刃を受けずに逆に雷を地に落とした」
私は静かに頷いた。
だが三成の声は続く。
「だが次は――“闇”だ」
「闇……」
「証拠も噂も必要ない。夜陰に紛れ、君を消し去ろうとする動きが必ず現れる。
――命を狙う者が出る」
蝋燭の炎が揺れ、壁に二人の影が映る。
私は唇を噛み、やがて扇を閉じた。
「ならば、その闇を照らす光を……あなたと共に探すわ」
三成の瞳が一瞬だけ和らぎ、やがて鋼の色に戻った。
「光は、必ず設計できる」




