第6話 土を掘る影
噂という「火」を鎮めてから間もなく、学園に新たな囁きが広がった。
それは単なる悪口ではなく、私の家――ルーベン侯爵家そのものを揺るがすものだった。
「ルーベン家の先祖は、王国の戦時に裏切りを働いたらしい」
「古い証文が見つかったとか……」
「そんな家に、王太子妃の座はふさわしいのかしら」
――来た。
三成が予告した「土」。足元を掘り崩す陰謀。
私は扇を閉じ、内心で唇を噛む。
もし家名そのものが汚されれば、いかに私が規律や信用を守っても無意味になる。
“悪役令嬢の破滅”を決定づけるには、これ以上ない一撃だ。
その夜。
私は密かに使節館を訪れた。そこには、蝋燭の光に照らされた石田三成が待っていた。
机の上には数枚の羊皮紙。例の「証文」と称される写しだ。
「……これが噂の根拠ですか」
「はい。だが筆跡が不自然だ。時代の書式と違う。――捏造の可能性が高い」
三成は冷ややかに書類を見下ろし、指で余白をなぞった。
その所作は、戦場の布陣図を読む軍師そのものだ。
「問題は、これを“真実”と信じ込ませようとする者がいること。
彼らは土を掘り、君の足元を崩すつもりだ」
「どうすれば……?」
私の問いに、三成はゆっくりと顔を上げる。
灰色の瞳が、炎にかすかに揺れた。
「土は掘り返されれば崩れる。だが、石を据えれば揺らがぬ。
――真の証拠を突きつけるのだ」
「真の証拠……」
「ルーベン家はかつて、王国に戦費を貸し与えた記録があるはずだ。裏切りどころか、むしろ国を救った証拠。
それを探し出し、公開の場にて示す」
私は息を呑んだ。
確かに、幼い頃に父から聞かされたことがある。祖先が財を投じて国を支えた、と。
翌日、私はリネアと共に侯爵家の書庫に潜った。
埃にまみれた巻物や帳簿を、夜を徹して探し続ける。
指先が震え、視界が霞むほどの中――ついに見つけた。
王国会計局の印が押された古文書。
そこには「ルーベン侯爵家より戦費三万クラウンを借り受けた」と明記されていた。
「……これだ!」
リネアが歓声を上げる。
私は文書を胸に抱きしめ、深く息を吐いた。
数日後の学園大講堂。
王太子派の公爵夫人が高らかに宣言した。
「ルーベン家はかつて国を裏切った! この証文こそ動かぬ証拠です!」
群衆がざわめき、私に敵意の視線を注ぐ。
その瞬間、私は前に進み出て、声を張った。
「その証文――偽造です!」
会場が凍りつく。
私は懐から古文書を掲げた。
「こちらが王国会計局の公的記録! 祖先は裏切るどころか、国のために財を差し出したのです!」
観衆のざわめきが一変した。驚愕、感嘆、そして賞賛。
公爵夫人の顔が青ざめ、震える手から偽の証文が落ちる。
そのとき、傍らで三成が静かに言葉を投げた。
「土を掘る者は、自ら穴に落ちる」
私は扇を閉じ、深く頷いた。
家名は守られた。破滅のフラグはまた一つ折れたのだ。
だが夜。再び紙片が差し入れられた。
土を固めた。
だが次は「風」。
見えぬ力が背後から吹き、
全てを揺るがすだろう。
――三成
風――見えぬ力。
それは、王太子自身の気まぐれか、あるいは外敵の侵入か。
私は息を整え、胸に誓った。
たとえ嵐が吹こうとも――私は折れない。
三成と共に、未来を設計し続けるのだから。




