第4話 王太子派の剣
学園での公開行事から数日後。
私は図書館の一角で本を開いていた。背表紙は「王国法概論」。
ページをめくる指が止まる。視線の端に、ふとした気配を感じた。
「……セシリア嬢」
声をかけてきたのは、王太子派の筆頭格――公爵夫人の娘、エリザベート。
取り巻きの令嬢たちを従え、こちらを見下ろすように立っている。
「先日の行事では随分と目立っていたわね。けれど“秩序を守る”なんて、あなたらしくもない」
皮肉の混じった声音。彼女はわざと周囲の耳目を集めるように声を張る。
やがて図書館の生徒たちがざわざわと囁き合い始めた。
「エリザベート様が怒ってるわ」
「またセシリア嬢が何かしたのか?」
空気が、じわじわと冷たく固まっていく。
これが三成の言っていた――「剣」。
言葉という刃で、私を公衆の面前で斬り捨てるつもりだ。
「王国法では、無礼を受けた貴族は“決闘”によって名誉を守る権利を持つのよ。あなた、知らないのかしら?」
エリザベートの唇が吊り上がる。
決闘。これこそ、ゲームでセシリアが破滅したイベントのひとつだ。
負ければ「無能」として王太子から婚約を破棄され、勝っても「残虐」として非難を浴びる――どちらに転んでも破滅。
私は扇を開き、ゆるやかに口角を上げた。
「存じておりますわ。ただ――決闘は“対等の身分”同士でしか成立しないのもご存知かしら?」
「……!」
図書館がざわめいた。
私は侯爵令嬢、彼女は公爵令嬢。身分は彼女の方が上。よって正面からの決闘は成立しない。
けれど、彼女はすぐに取り巻きへ視線を送った。
「ならば――あなたと同じ侯爵家の者を立てればいいだけのこと」
取り巻きの一人、侯爵家次男が前へ出る。
彼は訓練場で名を馳せる剣士。学園でも実力は折り紙つき。
「セシリア・ド・ルーベン。僕が君の相手を務めよう」
歓声と嘲笑が交じる。
これが彼らの狙いだ。私を剣で屈服させ、公開の場で笑い者にする。
夜、寮に戻ると、机の上に一枚の紙片が置かれていた。
整った灰色の筆跡。
「剣」が来た。
だが剣を剣で受ける必要はない。
用いるのは――法。
――三成
私は思わず笑った。
そう、三成は戦国の軍師。真正面から剣を交えるより、盤面そのものを動かすことを選ぶ。
翌日の決闘裁定の場。
学園の訓練場には教師や生徒たちが集まり、ざわめきが渦巻いていた。
侯爵家次男が剣を携え、中央に立つ。
私はその前に進み出て、声を張った。
「裁定官に申し上げます! 本決闘は王国法に照らし、成立しません」
「な、何を言う?」と彼が叫ぶ。
「侯爵家の次男殿は、未だ爵位を継承しておられない。名目上は“平民”と同じ立場。すなわち、決闘を申し込む資格はないのです」
どよめきが広がる。
教師が慌てて法典をめくり、やがて頷いた。
「セシリア嬢の言う通りだ。この決闘は無効とする!」
場が騒然とした。
エリザベートの顔が真っ赤に染まる。侯爵次男は剣を下ろし、屈辱に震えている。
私は観衆に向き直り、扇を掲げた。
「規律なき剣は、ただの暴力です。王国を護るのは、正しき法と秩序。――それを忘れてはなりません」
拍手が湧き起こる。
誰もが見ていた。私は剣を抜かずに、剣を退けた。
遠くの使節席で、石田三成が静かに頷いている。
その瞳には、微かな光――「次の献」を用意する光が宿っていた。
その夜、私は再び紙片を受け取った。
盾を示し、剣を退けた。
次は「火」。
彼らは炎のように拡がる噂を用いる。
備えよ。
――三成
火――噂、流言、風聞。
次なる戦場は、言葉の炎に包まれるだろう。
私は扇を閉じ、胸の奥で静かに誓った。
悪役令嬢の物語は、もう他人に握らせはしない。
私と三成の手で――未来を設計するのだ。




