第3話 規律を護る者
翌週、学園では恒例の「公開行事」が催された。
貴族の若者が己の才覚を披露する場――討論会、乗馬競技、剣術試合。王都の人々や諸侯の使者も見学に訪れる。ここで失敗すれば、一気に評判が地に堕ちる。
ゲームのセシリアは、ここで“ヒロインへの嫌がらせ”を仕掛け、結果的に王太子の逆鱗に触れてしまった。破滅フラグのひとつだ。
私は控室で深呼吸をした。
机の上には、またしても紙片が一枚。整った灰色の筆跡。
秩序を示せ。
規律を護る者こそ、王国を護る者。
――三成
「規律……」
私は呟き、会場のざわめきを耳にした。
最初の演目は討論会。
テーマは「王国軍の規律と自由」。
壇上に並んだ生徒たちは、次々と自説を披露する。
ある者は「貴族子弟の自由こそが軍を強くする」と主張し、またある者は「厳しい規律がなければ兵は動かない」と論じた。
そして私の番。
舞台袖から歩み出て、観衆の視線を受ける。心臓が早鐘を打つ――だが恐れではない。これは舞台装置、観客、そして設計図の白紙。私が描く未来を待つ紙だ。
「私は、規律と自由は対立するものではなく、器と水の関係にあると考えます」
ざわめきが広がった。私は扇を開き、言葉を続ける。
「器があるからこそ、水はあふれず、形を保つ。だが器がなければ、水は地に散り、やがて消える。兵の自由は必要です。ですが、それを活かすためには、必ず規律という器がいるのです」
壇上の審査役である教授が、目を細めて頷く。
観客席からも感嘆の声が上がった。
視線を横に送ると、ゲルデン使節団の席に座る石田三成が、静かに頷いているのが見えた。
その仕草はまるで――「次の献」を注いでいるかのように。
討論会が終わり、休憩時間。
私は中庭の木陰で冷たい水を口に含んでいた。すると、また紙片が差し入れられる。
秩序を護った。
次は「盾」となれ。
彼らは必ず「規律を乱す事件」を起こす。
――三成
その予言は、すぐに現実となった。
午後の乗馬競技。
整列する馬上の生徒たちの中で、突如として一頭が暴れ出した。
騎手は悲鳴を上げ、馬は暴走。観客席へ突っ込もうとする。
悲鳴が会場を覆う。
私は即座に馬の進路に飛び出した。裾をつかんで邪魔にならぬよう持ち上げ、扇を高く掲げる。
「退け! 道を空けよ!」
声が響き、観客は咄嗟に左右に散った。
私は暴れる馬の前に立ち、馬の目を扇で覆うように振り下ろした。
馬は驚き、蹄を止める。騎手が必死に手綱を引き、ようやく動きが収まった。
会場は静まり返る。
やがて拍手が湧き起こった。
「セシリア嬢が――秩序を守った!」
そう、これは仕組まれた罠だった。ゲームでは「セシリアが馬をけしかけた」と濡れ衣を着せられる予定だった。
だが私は、逆に「暴走を止めた令嬢」として評価を得ることができた。
遠目に、王太子派の公爵夫人が顔を引きつらせているのが見えた。計画が崩れたのだ。
行事がすべて終わった後。
私は控室に戻ると、机の上に最後の紙片が置かれていた。
今日、君は「盾」となった。
敵は苛立ち、次に「剣」を振るうだろう。
――三成
盾の次は、剣。
守る段階を終え、次は――反撃。
私は扇を閉じ、深く息を吸った。
悪役令嬢セシリアの物語は、確かに書き換わりつつある。
そしてその筆を握るのは、私と、冷徹な軍師――石田三成。