第2話 学園に潜む罠
夜会から数日後、私は馬車に揺られていた。
向かう先は――王都学園。乙女ゲーム『薔薇の王国の婚約者』の主舞台である。
セシリアは学園に入学後、ヒロインをいびり抜き、王太子の逆鱗に触れて「公開婚約破棄」される。そこから破滅ルートまっしぐら。
けれど、今の私は違う。夜会で石田三成という“史実”の軍師と手を組んだ。破滅を避けるだけでなく――未来を設計するために。
「お嬢様。学園生活、愉しみでございますか?」
侍女のリネアが不安そうに尋ねる。
「愉しみ……ええ。もっとも、愉しむ暇があるかどうかは分からないけれどね」
私は窓から校舎を見やった。高くそびえる白壁の塔、芝生に並ぶ訓練場、色とりどりのドレスや制服に身を包んだ生徒たち。
この学園は、若き貴族たちの縮図。王太子派、公爵派、中立派――派閥争いがそのまま講義や行事に持ち込まれる。
そして、私の破滅フラグが最も濃く芽吹く場所。
――だが、今回は違う。
馬車が止まり、私は校門をくぐった。すでに多くの生徒が集まっていて、その視線が一斉に私へ注がれる。
悪役令嬢セシリア。高慢で傲慢で、王太子の寵愛を笠に着て横暴を尽くす女。彼らはそう認識しているはず。
しかし私は扇を閉じ、微笑を浮かべる。
「ごきげんよう。今日から、皆さまと学びを共にできることを光栄に思います」
教科書通りの、けれど誇張のない挨拶。ざわめきが広がる。
――まずは印象を“上書き”すること。悪役令嬢という既成概念を崩し、次の罠を揺らがせるのだ。
その日の昼休み。
中庭の噴水のほとりで、私は一枚の紙片を受け取った。
灰色の筆跡、整った字。送り主は、言うまでもない。
第一段階:学業。
敵は「愚かさ」の証拠を求める。
ゆえに、知識で先んじよ。
――三成
私は思わず笑みをこぼす。
学業。確かに、ゲームのセシリアは成績不振で有名だった。王太子派にとって、彼女が「無能」であることは婚約破棄の格好の口実。
だが私は転生者。歴史や地理、数学や言語――日本で学んだ知識を総動員すれば、王立学園の試験程度、乗り越えられる。
しかし問題は、どう目立つかだ。
ただ試験で満点を取るだけでは足りない。公開の場で能力を証明し、王太子派に口を挟ませない空気を作る必要がある。
午後の授業は、政治史の講義だった。
教授が黒板にチョークを走らせながら問いかける。
「ゲルデン戦役の勃発原因を述べよ」
教室が静まり返る。難問だ。王国史の教科書には「資源問題」としか記されていない。
だが私は知っていた。ゲーム内イベントでも曖昧に扱われた部分――外交文書の偽造による誤解が真因だったことを。
私は手を挙げ、立ち上がる。
「公式には資源問題とされていますが、実際はゲルデンの交易証書の偽造が原因とされています。つまり、戦争は資源を巡るよりも、信用の失墜によって引き起こされたものです」
教室がざわめく。教授は目を丸くし、やがて深く頷いた。
「その通りだ、セシリア嬢。……よく知っているな」
「家に残された古文書に目を通したことがございますので」
私は扇を軽く開き、微笑んだ。
実際は古文書などではなく、私の“前世の記憶”に過ぎない。けれど、彼らにとっては十分な説明だ。
講義後、噴水前に戻ると、再び紙片が差し入れられていた。
第二段階:規律。
敵は「放埒」の証拠を求める。
ゆえに、秩序を護る盾となれ。
――三成
――秩序。
それは石田三成を象徴する言葉。
ならば、学園という戦場で彼が私に求める役割は一つ。
“悪役令嬢”ではなく、“規律を守る貴族令嬢”として振る舞うこと。
私は決意を固めた。
破滅のフラグは学園にこそ芽吹く。だが今はもう違う。
私は石田三成と共に――未来を設計する。