第10話 闇より来る刃
夜会帰りの馬車が石畳を叩いていた。
王都の灯りは遠ざかり、路地には深い闇が沈む。
リネアが隣で居眠りしかけ、御者台のランプが風に揺れたそのとき――。
ひゅっ。
矢が、車体の木板を深々と貫いた。
「お嬢様、伏せて!」
リネアの悲鳴と同時に、闇の中から黒ずくめの影が五人、六人と躍り出る。短剣、弓、鈍い光の刃。
胸の奥が凍りついた。これが――三成が予告した「闇」。
馬車の扉が強く叩かれた瞬間、逆方向から別の気配が走る。
矢が二本、正確に影の腕を撃ち抜き、悲鳴が上がった。
「退け!」
灰色の瞳が闇を裂いて現れる。石田三成。
彼は剣を持たず、ただ棒のような木杖を手にしていた。
しかし、その動きは速い。影の一人が斬りかかるのを、杖の一閃で手首ごと地に叩き伏せる。
「リネア、下がれ!」
「は、はい!」
私は馬車から飛び降り、裾を掴んで走る。扇を開き、震える手で影に向ける。
「……セシリア嬢は渡さぬ」
三成の声が低く響いた。
影の頭目らしき男が唸る。
「王太子派の命で動いている。証拠は残さぬ――ここでお前を消すだけだ!」
彼らは一斉に襲いかかる。
三成は水が流れるような足運びで、次々と敵を崩す。だが数が多い。
一人が私の背後に回り、刃が迫った。
「……っ!」
振り返ったその瞬間、扇が勝手に開いていた。
私は前世で学んだ合気道の護身術を思い出し、腕を払う。
刃が逸れ、男が体勢を崩す。
「セシリア!」
三成がすかさず木杖で男の鳩尾を突き、昏倒させた。
やがて影たちは、地に転がる仲間を見て撤退を選んだ。
黒い靴音が夜に消える。
静寂。馬のいななきと、私の荒い呼吸だけが響いた。
「……助かったのは、貴女自身の勇気だ」
三成が杖を収め、私に歩み寄る。
彼の頬にはかすかな切り傷。私は扇を閉じ、言葉を失ったままその顔を見つめた。
「闇は退けた。だが、これで終わりではない」
「……次は?」
「彼らは失敗すれば、必ず“光”を奪いに来る。
つまり、君の評判そのもの――大衆の信頼を奪う策に出るだろう」
私は震える手を押さえ、扇を強く握った。
命を狙われても、まだ試練は続く。
だが、今ははっきりと分かる。
「どれほど闇が深くても、私には――あなたがいる」
三成の瞳が一瞬だけ揺れ、すぐに鋼に戻った。
「ならば共に、光を守ろう」