9月7日 第1話、一噛みで変わる海とまち
アオウミガメがクラゲを食べる、その一噛みの行動が、実は海の生態系だけでなく、沿岸のまちの未来をも左右するかもしれない。生物学の小さな発見が、「安心・安全な海」と「元気なまち」へとつながる道筋を示す──本稿はその可能性を探る一篇である。
アオウミガメのクラゲ食性新発見：生態系の調整者としての可能性と「まちを元気にする」新戦略
【1. はじめに：海からの贈り物とまちの可能性】
2025年9月3日に報じられたアオウミガメのクラゲ食性に関する新知見は、単なる海洋生物学の進展に留まらない。これは、私たちが「まちを元気にする」ことを考える上で、自然の叡智をいかに活用するかという根源的な問いに対する、海からの重要なヒントである。本稿では、この新発見を「生態系サービスの活用」と「地域資源としての生物多様性」という二つの視点から読み解き、沿岸部のまちづくりにおける新たな戦略的アプローチを提案する。
【2. 新発見の核心：アオウミガメ、クラゲの「見つけ方」と「食べ方」の解明】
今回の研究が特に注目を集めたのは、アオウミガメが「どのようにクラゲを発見し、選択的に捕食しているか」という行動生態学的な詳細である。従来、ウミガメがクラゲを食べることは知られていたが、そのメカニズムや生態系への影響については不明な点が多かった。新知見は以下の点で画期的である。
■ 高度な感覚能力の活用： ウミガメが、視覚（クラゲの動きや形の認識）、触覚（口周辺の感覚器）、さらには化学感覚（クラゲが発する特定の化学物質）を複合的に駆使して、効率的にクラゲを発見・識別している可能性が示唆された。これは単なる「食べている」ではなく、「戦略的にハンティングしている」ことを意味する。
■ 食性の選択性と影響： すべてのクラゲを無差別に食べているわけではなく、特定の種類やサイズ、あるいは状態（例：傷ついたもの、密集しているもの）を選好している可能性がある。この選択性が、クラゲ個体群の動態や、クラゲが他の海洋生物（魚卵、稚魚、プランクトン）に与える影響を間接的に調整している可能性が浮上した。
■ 生態系内での「調整者」としての役割： この発見は、アオウミガメが単なるクラゲの捕食者ではなく、「クラゲ個体数の自然制御因子」として、海洋生態系のバランス維持に重要な役割を果たしていることを強く示唆する。クラゲの異常発生は、漁業被害（網の破損、魚卵・稚魚の捕食）、発電所の取水口詰まり、海水浴客への刺傷被害など、沿岸社会に深刻な経済的・社会的影響を及ぼす。ウミガメの存在が、こうしたリスクを緩和する「生態系サービス」として機能する可能性があるのだ。
【3. 「まちを元気にする」視点での解釈：自然の力を活用する地域戦略】
この新発見を、単なる「面白い生物ネタ」として終わらせず、「まちを元気にする」ための具体的な戦略に結びつけることが本稿の目的である。その鍵は、アオウミガメを「生態系の調整者」および「地域の誇るべき自然資本」として再評価し、その存在価値を地域活性化に活かすことにある。
■戦略①：クラゲ被害軽減による「安心・安全な沿岸環境」の創出
課題： クラゲの異常発生は、漁業者の経済的損失、海水浴場やマリンレジャー施設の利用者減少、港湾・発電所の機能障害など、沿岸まちの「元気」を直接阻害する要因となる。
新発見の活用： アオウミガメのクラゲ抑制効果が実証されれば、それは「自然由来のクラゲ対策」として極めて有望である。化学的な駆除や物理的な除去に比べ、環境負荷が低く、持続可能性が高い。
まちづくりへの展開：
· 「ウミガメのいる安全な海」ブランド化： ウミガメの生息域や回遊ルートを考慮した漁場管理や海水浴場の設計を行い、「ウミガメがクラゲを調整しているから安全・快適」という付加価値を創出する。これは漁獲物のブランド化（例：ウミガメと共存する海で育った魚）や観光客誘致（例：クラゲ被害の少ないビーチ）に直結する。
· 生態系サービスの可視化と経済評価： ウミガメによるクラゲ抑制効果を、例えば「漁業被害の軽減額」「海水浴場の維持管理費の削減額」「観光客の増加による収益」といった形で経済的価値に換算する試み。これにより、ウミガメ保護の「コスト」ではなく、「投資」としての意義を地域社会に理解させやすくなる。
· 「ウミガメ・クラゲ・ヒト」の共生モデル構築： ウミガメの生息に配慮した漁法（例：特定の海域・時期の操業自粛、混獲防止装置の導入）や、海岸開発におけるウミガメの産卵地・餌場の保全を、結果としてクラゲ被害の軽減に繋がるWin-Winの関係として位置づける。
■戦略②：アオウミガメを核とした「持続可能なエコツーリズム」の高度化
課題： 従来のウミガメ観光（産卵観察、シュノーケリングツアー等）は、過度な攪乱によるストレスや生息地破壊のリスクを伴う。また、一時的なブームに終わりやすく、地域経済への持続的な貢献が課題。
新発見の活用： 「クラゲを食べるウミガメ」という新たな行動の魅力と、それがもたらす生態系の調整機能という教育的価値を付加する。
まちづくりへの展開：
· 「生態系の調整者」を体感するプログラム開発： 単なる「ウミガメを見る」ツアーから、「ウミガメがクラゲを食べる様子を観察し、その生態系での役割を学ぶ」という、より深い学習要素とエンターテイメント性を兼ね備えたプログラムへと進化させる。例えば、研究者やガイドが新発見に基づき、ウミガメの行動やクラゲとの関係性を解説するクルーズやダイビングツアー。
· 「クラゲとウミガメ」をテーマした地域ブランド確立： 新発見を地域のユニークな自然のシンボルとして捉え、キャラクター開発、特産品（例：クラゲをモチーフにした菓子、ウミガメの保護を支援する商品）、イベント（例：ウミガメとクラゲの生態を学ぶワークショップ、関連するアート展）を創出する。これにより、「このまちに行けば、海の不思議な関係性を学べ、体験できる」という強力な観光コンテンツとなる。
· 市民科学の推進： 観光客や地域住民が、ウミガメの目撃情報やクラゲの発生状況を簡単なアプリなどで報告するシステムを構築する。このデータは、ウミガメの生息状況やクラゲの動態把握に役立つだけでなく、参加者自身が「生態系の調整者」の監視役として関わることで、地域の自然への愛着と保全意識を高める効果が期待できる。これは「まちを元気にする」上で不可欠な「人づくり」にも繋がる。
■戦略③：生物多様性保全と経済活動の「両立」モデルの構築
課題： 生物多様性保全は「開発の足かせ」と見なされがちで、経済活動との対立構造が生まれやすい。
新発見の活用： アオウミガメのクラゲ食性という具体的な生態系機能が、地域経済（漁業、観光、インフラ維持）に直接的な便益をもたらすことを示す強力な事例として活用する。
まちづくりへの展開：
· 「生態系機能を活かしたまちづくり」の理念提唱： ウミガメの事例を通じて、「自然を守ることは、結果として私たちの生活や経済を守ること」というメッセージを発信する。これは、環境政策や土地利用計画において、「生態系サービスの評価」を組み込むための説得力のある材料となる。
· 多様なステークホルダー連携の促進： 漁業者、観光事業者、研究者、行政、NPO、地域住民が、「ウミガメによるクラゲ抑制」という共通の利益を基に、協議の場（例：「海の健康協議会」）を設ける。ここでは、ウミガメ保護策、クラゲ監視体制、エコツーリズムのガイドライン、情報発信などについて具体的な合意形成を図る。この連携そのものが、地域の「元気」の源となる。
· 「自然資本」の投資対象としての位置付け： ウミガメの生息環境（産卵浜、餌場となる藻場・岩礁域）の保全・再生事業を、地域の重要なインフラ（自然インフラ）として位置づけ、公共投資や民間資金（ESG投資、クラウドファンディング等）を誘導する仕組みを検討する。新発見は、その投資効果（クラゲ被害軽減等）を説明する根拠となる。
【4. 課題と展望：科学と地域の協働が鍵】
もちろん、この戦略を現実のものとするには乗り越えるべき課題がある。
· 科学的知見の深化と実証： ウミガメのクラゲ食性が、実際にどの程度クラゲ個体群を抑制し、地域社会にどれほどの経済的便益をもたらすのかについて、長期的で定量的な研究が不可欠である。今回の発見はその重要な第一歩だ。
· 持続可能な利用形態の確立： エコツーリズムにおいては、ウミガメへの過度なストレスや生息地破壊を防ぐため、厳格なガイドラインとモニタリング体制の構築が急務である。また、市民科学のデータの信頼性と活用方法も検討が必要。
· 地域社会の理解と合意形成： 「ウミガメを守ることが、自分たちの暮らしや仕事を守ること」という認識を、漁業者を含む地域全体で共有するための継続的なコミュニケーションと教育が求められる。特に、短期的な利益（例：開発）と長期的な利益（保全）のバランスをどう取るかは難しい課題だ。
· 政策への反映： このような「生態系機能を活かしたまちづくり」のアプローチを、国や地方自治体の環境政策、漁業政策、観光戦略に正式に組み込むための制度設計や予算措置が必要となる。
【5. 結論：ウミガメが教えてくれる「元気なまち」の形】
アオウミガメのクラゲ食性に関する新発見は、海洋生物学のフロンティアを拓くと同時に、私たちに「まちを元気にする」ための新たな道筋を示してくれた。それは、自然を単なる「保護対象」や「観光資源」として捉えるのではなく、「生態系の機能を理解し、その恩恵を賢く活用するパートナー」として見直すというパラダイムシフトである。
ウミガメが海でクラゲを食べるその行動は、実は沿岸まちの「安心・安全」を支え、新たな観光価値を創造し、多様な主体を結びつける力を秘めている。この新知見を契機に、科学者、地域住民、事業者、行政が手を携え、「ウミガメが健やかに泳ぎ、クラゲが適度に存在し、人々が豊かに暮らす海」を共に目指すことこそ、真に持続可能で「元気なまち」を実現するための、海からの贈り物に他ならない。この小さなカメの一噛みが、地域活性化という大きなうねりを生み出す可能性を、私たちは今、手にしているのである。
アオウミガメのクラゲ食性という新しい知見は、単なる学術的発見にとどまらず、地域社会の課題解決や未来構想に直結する示唆を含んでいた。自然を観察する眼差しと、まちを考える想像力をつなげることで、私たちは新しい活力を得ることができる。小さな一噛みが海を変え、そしてまちをも変えていく──その可能性を胸に刻みたい。
