アルネヴィルの動乱Ⅳ
アルネヴィルの動乱編4回目です!
そこから1時間もしないうちに、大森林及び大草原の調査隊が帰還し情報がまとめられた。
それによると、魔獣嵐の発生は確実。
推定の値だが、現状では大草原に約5000匹、大森林に8000匹の魔物が集結しているらしい。
予想を上回る魔物の数に、先ほどまで士気を高めていた冒険者たちも言葉を失った。
――計13000匹の魔物の大群が街を襲う――
この事実が皆の胸に重くのしかかった。
「まさか、ここまで多いとは……」
リーフさんも思わずそうこぼした。
それはそうだろう。なんて言ったって僕たちはこの数の魔物を処理しながら、オーク・ロードの討伐までしなければならないのだ。
それは『絶望』以外の何物でもなかった。
また、現時点でオーク・ロードの居場所は確認できないが、魔物達の様子的に大森林に居る可能性が高いとのことだった。
◆
「やはや、ここまで…とは想定外だったな。ガイル殿、実際に見聞きした様子はどうであったか?」
ベルドンさんが帰還早々のガイルさんに尋ねた。
いつもは割と飄々としているガイルさんも今はその顔をただしかめていた。
「ありゃあまじい。ギルドの報告には計13000ってあげたが、それだけじゃ済まねえかもしんねえ。これは俺の肌感覚だから公式にあげられるものじゃねえが、俺は最低でも15000はいると思う。」
――15000。その数値が再び僕に衝撃を与える――
もはやこの報告を聞いて、平常を保てる人などいなかった。
今やリーフさん、そして常に明るいはずのベルドンさんまでもがガイルさんと同じような顔をしていた。
「それに……」
ガイルさんはさらに深刻そうな顔をして、口を開いた。
「これも俺の肌感覚っつーか、ただの勘に過ぎねえが……今回の魔獣嵐、明らかに魔物達の様子がおかしい。ただただ、オーク・ロードから逃げ回ってるだけなら、少なくとも魔物はバラバラに逃げるはずなんだよ。でも、明らかに今の魔物達は全部が一直線にアルネヴィルに向かってきてやがる。まるで何かに統率されてるように……」
「首謀者がいる…?そういうこと?ガイル。」
ガイルさんはリーフさんに向かって頷く。
「誰かがこの魔獣嵐を操ってる可能性は高い。そうなると、今までの全ての計画はおじゃんだし、俺らは根本から作戦を練り直さなきゃならねえ。オーク・ロードを操って、魔獣嵐までもを操れるような奴は、『災害級』なんっていう区分じゃ分けられないようなバケモノだ。そんな芸当ができるようなやつなって……」
「ま、魔王…」
ミレイナさんの言葉がその場に大きく沈み込んだ。
――魔王――
その名は聞いたことがある。”世界の番人"にこの世界の成り立ちを聞いた時に教えてくれた名前だ。
確か「原初の戦争」で魔族を率い神と戦った人物――すなわち”魔族の王”。
でもこの話は、ほぼほぼ神話ではないのだろうか……それに「原初の戦争」があったのなんて千年以上前のはずだ。
そんなところに出てくる魔王が、今さらになって登場するのだろうか。
確かに、魔獣嵐やオーク・ロードを操れる存在と成ればそのくらいしかいないのかもしれないけど…僕にはあまりピンとこなかった。
僕はそこで首を何度か降って魔王から思考を離した。
「皆さん、今そうやって不確定なことを並べていても仕方ありません!ここはパーティーとしての方針を固めましょう。」
僕がそう言ったところで、ギルド長が部屋から出てきてまた手を1つ叩いた。
「これより、今回の魔獣嵐に対する作戦を告げる。各員が心して聞くように頼む。」
再び話すギルド長はどこか先ほどよりも顔が引きつっているように見えた。
「まずもうすでに諸君の耳にも入っているかもしれないが、今回の魔獣嵐は最低でも13000匹の魔物が襲来する可能性がある。襲来の予定時刻は今より8時間後。」
そこで冒険者たちから声にならないどよめきが聞こえる。
ギルド内の雰囲気はこれまでよりはるかに重苦しいものになる。
「そのため、今回は大草原に出て戦うのではなく、この後より急遽防護柵を設置しその中で戦う。すなわち陣地を形成するのだ。陣地を形成したうえで我々は職業別で役割を分けて戦う。
まず、盗賊や暗殺者などの職業を持っている者は、各地で監視をするものと対魔物用の罠を仕掛ける者で別れてもらう。指揮は《狼の金貨》のヴィッセル君が執る。
続いて戦士職の者たちは陣地の形成をまずは手伝ってくれ。そしてその後の魔物との戦闘において先陣を務めていただきたい。指揮は私――ガルドが執る。
次に魔術師職の諸君は、陣地形成を行ったのちに後方より魔術での戦闘をお願いする。指揮は《翡翠》のリーフ君が執る。
また、神官職の者たちは、後方より支援魔術をお願いする者と、負傷者に対する治癒をお願いする者で別れてもらう。指揮はギルド副長のアーカルド君が執る。
そして剣士職の者は戦士職と共に陣地を形成したのちに前線での戦いをお願いしたい。指揮は《三本木》のキルシュ君が執る。
そのうえで、オーク・ロードが現れた際には、私、リーフ君、ヴィッセル君、キルシュ君、そしてリュカ君で対処する。
各員はそれぞれの役割において指揮を執るものに従う事。
陣地の形成は今より半時間後に開始する。夜通しの作業になるから今のうちに腹ごしらえをしておくように。
では一度解散とする。各持ち場の指揮を執る者と、《翡翠》のリュカ君は一度私の部屋へ来てくれ。」
ギルド長はそう述べると執務室へと入っていった。
「リュカくん、君がオーク・ロードの討伐メンバーに入っているのは何かの間違いだ。先ほどの会議では君の名前は出ていない!」
ギルド長がいなくなると早々にリーフさんが珍しく声を荒げた。
その様子を他の冒険者たちが物珍しそうに見て去っていく。
「その通りであるぞ。リュカ殿が討伐メンバーに入るのは不自然ではないか。」
ベルドンさんも同じように文句を言う。
「でも、僕が皆さんのお役に立てるのならば……ぜひ僕にもやらせてください!」
そういう僕を、リーフさんが恐ろしく鋭い目で見つめた。
「貴方は何もわかっていない。オーク・ロードの討伐任務に参加することが何を意味するのかを!」
その声はさっきよりも大きく、ギルド全体にこだました。
しかし、リーフさんはそんなことを気にもせず続けた。
「この任務に参加することは無事ではここに戻ってこれないという事なの!オーク・ロードを相手にして、五体満足で立っていられるわけがない。運が良くて四肢がなくなるわ。運が悪ければ体なんて一切残らないのよ!そんな任務に若い貴方を入れさせるなんて絶対に許されない。」
そういうとリーフさんはすぐにギルド長の執務室に入っていった。中では、この決定に激しく抗議しているようだった。
声が落ち着くと。僕もすぐにその後を追って、執務室へと向かった。
中に入るとギルド長が出迎えてくれた。
「はじめまして、リュカ君。直接会って話すのは初めてだな。いまさら自己紹介なんて不要だとは思うが、アルネヴィルのギルド長のガルドだ以後よろしく頼む。
さて、今リーフ君から君の参加に関して抗議があった。まず君の参加の可否を問う前に、私たちが君をこの討伐任務に任命した理由を述べたい。それは第一に君のレベルは現状でアルネヴィルにいるどの冒険者よりも高いということ。そして稀な権能持ちであること。最後に、アルネヴィル聖教会のセルマ神官より君の推薦があったこと。この3点だ。」
僕は予想外の名前に戸惑った。
なぜセルマさんが…?いくらセルマさんの事であるとはいえ、その疑問をぬぐい切ることはできなかった。
ギルド長は僕のその考えを読んだように言葉を続けた。
「君の疑問はもっともだ。なぜセルマ神官がギルドの討伐メンバーに口を挟むのかはわからない。ただ、彼女は君について『私が冒険者で一番強いと信じていて、信頼のおける人だから』とのことだ。我々としても人員策定で難航していた手前、彼女のその助言は非常にありがたかった。そしてその他のことを加味しても君が適任であるとの結論に至った。どうだ、引き受けてくれるか?」
その時、僕の心はセルマさんが自分のことを『強く・信頼のおける』なんて評価してくれたことで満足しきっていた。
彼女にみとめられたという事実が僕にとって何よりもうれしく、すごく幸せだった。
『セルマさんはやっと僕を認めてくれた。』ただひたすらにその幸福感に浸っていた。
ギルド長の話に対して「ですが…!」と横やりを入れようとするリーフさんを睨んでから僕は言った。
「もちろんお受けします!せっかく推薦していただきましたし、僕は皆さんのために命を懸けます。」
そういう僕の顔をリーフさんは、悲しいような恐ろしいような顔で見つめていた。
でも別に彼女にどう見られようともう僕にとってはどうでもいいことだった。なぜなら、僕はセルマさんに認められているのだから。
他には何もいらない。ただただ、今欲しいのはセルマさんの言葉だけだった。
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