アルネヴィルの動乱Ⅲ
アルネヴィルの動乱編第3回です!
僕がギルドへと戻るともう会議は終わっていた。
ギルド内はアルネヴィルで活動する様々な冒険者パーティーで混雑していた。
僕はその間を縫って進み、やっとの思いで受付前の椅子に座るベルドンさんとミレイナさんを見つけた。
「ベルドンさん、ミレイナさん!会議に出席できなくてすみません……!」
「おぉ、リュカ殿ではないか。戻ったのだな。構わないさ。」
「わ、私も何も役に立ちませんでしたし……」
そう言って二人は僕を椅子に座らせてくれた。
どうやらリーフさんは《翡翠》のリーダーとして、ギルド長を含めて、他のパーティーのリーダーたちとまだ何やら話し合っているらしかった。
「で、どうでしたか?会議は。」
「うむ。そうだな。まだ調査隊が帰還していない以上結論付けるのは難しいが、他のパーティーからも森や大草原での異変がちょくちょく報告された。この様子からして、魔獣嵐が発生するのは間違いないだろうとなった。領主様はもうすでに王都へと伝令を飛ばし支援を要請しているそうだ。冒険者ギルドはアルネヴィルを拠点とする冒険者とアルネヴィル近郊にいる全ての冒険者に協力要請を出した。ただ……問題は誰がオーク・ロードを討伐するかという事にもなった。なにせ、今アルネヴィル近郊で最高位の冒険者はうちのリーダか、《狼の金貨》のヴィッセル殿、そして《三本木》のキルシュ殿の3人であるからな。だが、オーク・ロードの討伐ともなると『グレイス級』3人だけでは厳しいであろう。ということになり、今リーダーを含めて皆でそれを検討しているところだ。」
たしかに、普段はいても中級魔物程度のアルネヴィル近郊に高位の冒険者がたまたまいるなんていう偶然は考えにくい…となると、やはりまずは僕達で対処するしかないわけだ。
それに……相手は災害級のオーク・ロード。下手したら……というか、うまくいかなければこの都市は壊滅し、数千人単位の死者が出る。
『それだけは何としても避けなければ…』
「僕も…僕もオーク・ロードの討伐に参加できないでしょうか!」
そんな唐突な僕の申し出に、ベルドンさんもミレイナさんも目を丸くしてこっちを見つめた。
「うむ…リュカ殿が強いのは重々承知しているが……如何せん相手は災害級の魔物だ。まだ経験の浅いリュカ殿では強さではない部分で足を救われかねん。リュカ殿が皆を救いたいという想いを持っていることは痛いほどよくわかるが、あまりお勧めはできないな。それに、リュカ殿まで前線に行かれたら後ろがかなり手薄になってしまうやもしれない。」
「そうですか…ですが、これだけ冒険者の皆さんがいれば後ろが手薄になることはないのではないでしょうか?」
そう言って僕は、冒険者ギルドにいる人々に目を向けた。数で見たらざっと500人はいそうだ。
「み、皆さんが今回の任務に行くわけではないので……」
「そうなんですか…?」
僕はミレイナさんの返答にもう一度、後ろの人々を見回した。確かにさっきからパーティーで何やら話し合ってはいるけど…
「その通りなのだよ。冒険者は国家に属する兵ではなく、あくまで雇われの戦力に過ぎない。だからこそ、今回の魔獣嵐についても、都市は冒険者ギルドに協力要請の依頼を出し、ギルドもそれを全ての冒険者に通達するが、最終的にその依頼を受けるかどうかは冒険者それぞれにゆだねられる。なにせ、今回はオーク・ロードがいるときた。命を懸けた戦いになるが故に辞退者も少なくないであろうな。」
「そうですか…」
僕はやるせない感情を吐き出した。辞退する冒険者に対する少なくない失望や怒りはある。でも、命を懸けた戦いで死ぬかもしれないというこの状態で”逃げ”を選ぶのも冒険者として正しい選択なのだろう。そんな彼らを責めることもできないし、参加している人たちが偉いわけでもない。
”命”があることがまずは大事なのだ。生きていれば何とかなる。例え、負けて打ちのめされても”命”さえあればいつでもやり直せる。
日本にいたときもこの原則は変わらない…それでも、やっぱり異世界という今まで以上に”生”と隣り合わせに生きるようになってから、この考えが強くなった。”生きてさえいれば”それは僕の後悔でもあるし、この世界の根底でもあるのだろう。
そんな僕の落ち込んだ様子を見てなのか、ベルドンさんは僕の肩を大きくたたいた。
「まぁ、これからどうなるかはわからない。だが、こちらのできることを精一杯やるしかないであろう。」
「そうですね…!悩んでいても仕方ない。」
僕のその言葉にミレイナさんも何度も頷いた。
◆
僕達がしばらく待っていると、リーフさんたちを始めとして各パーティーのリーダー達とギルド長、領主様、そしてアーカルドさんなどが二階の部屋から出てきた。
どうやらギルドとしての方針が決まったようだ。
ギルド長――ガルド・へリックがギルドをすべて見渡せる二階の踊り場にたった。
ギルド長は樫の木のように分厚い胸板と、鉄を叩き上げたような腕を持つ大男だ。その左頬には何かの魔獣に引き裂かれたような深い傷があり、それが彼の”歴戦の猛者”としての何よりの証であった。
彼も元冒険者でその時のランクは『アストラ級』。災害級魔物である龍種の討伐記録も持つ王国最強の冒険者と言っても過言ではない人物だ。そして前回の魔獣嵐において、その発生源となったゴブリン・ロードを討伐した男でもある。
ギルド長は一度手をたたいて全員の注目を集めた。
「諸君、良く集まってくれた。時間がないので手っ取りばやく話すとしよう。
まず先ほど連絡したように、アルネヴィル大草原及びムクの大森林で魔獣嵐が発生した可能性が極めて高い。そこで冒険者各位にギルドは”緊急討伐依頼”を出させてもらう。参加するか否かは君たちの自由であるが、是非とも魔物駆除のプロフェッショナルとしてのその知見をこの国…この街のために役立ててほしい。私はそう切に願っている。
領主様もこの戦いに向けていま兵を準備しており、総勢3,500名の兵が集まる。
そして、この戦いにはアルネヴィル冒険者ギルドの、ギルド長であるこの私も最前線で参加することを約束する。
どうか、冒険者たちよ。私に、そしてこの街に力を貸してくれ。
むろん、報酬は弾むぞ。」
流石は元『アストラ級』冒険者。その一言一言に威圧感があり、聞く全員をその言葉に引き込んでいく。
「もし、この戦いに参加しない冒険者たちはこの場で出て行ってもらって構わない。もちろん、君たちを責めるつもりは一切ない。それが冒険者という者だ。私も重々承知している。」
ギルド長のその一言ともに、ざっと100人ほどであろうか。冒険者たちがギルドを後にした。
僕は引き止め、声を出したくなるのを抑え必死に手を固く握った。
悔しかった。
出て行く冒険者を引き止められないのも、僕が…もし、僕がオーク・ロードを倒し、今回の魔獣嵐を抑えられるほどの実力を持っていたら。
やはり、僕はどれだけ恵まれてこの世界に放り込まれても、人に『与えること』ができないのかもしれない。
堅く結んだ手をミレイナさんが優しく包んでくれた。
いつもは少しおどおどしているミレイナさんだけど、今のその手はとても心強かった。
「やはりこのくらいは出て行くか…仕方がないな。だが、これで我々の報酬が増えたというものだ。」
そんな僕を慰めるように、ベルドンさんも声をかけてくれた。
参加しない人々が出て行ったところで、もう一度ギルド長が手をたたいた。
「ここに残ってくれた諸君。本当にありがとう。アルネヴィルのギルド長としてまずは君たちに最大限の礼を述べたい。」
そう言ってギルド長は深々と頭を下げた。
それに応えるように冒険者たちは、拍手を送った。
「俺たちはこのギルドに、この街の鍛冶屋に、店に、宿に、そしてこの街に育てられた。今が恩返しの時さ!」
そんな声にたくさんの同調が集まり、ギルドは見たことないほどの熱狂に包まれた。
――この戦い、勝てる――
そんな思いがよぎった。
僕はこの世界に来て、今まで自分が気づかなかった、いや出会ってこなかった大切なモノに出会った。
『人の意志』
僕はそれをすっかり忘れていた。
どんな強大な魔物だとしても、人族がその脅威に及ばなかったとしても、それでも人族が生き残ってきたその所以はすべてこの『人の意志』によるものだ。
――人は大切な者を守るとき、信じられないほどの力を出せる――
前にリーフさんが言っていた言葉だ。
僕達はそれぞれ守りたい物を心に刻みながら、それぞれの意志を固めた。
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