アルネヴィルの動乱Ⅱ
アルネヴィルの動乱編2回目です!
僕達は来た道を全力で引き返し、行く時よりも半日早い3日半で街へと着いた。
すぐに冒険者ギルドへと報告を済ませ、アルネヴィル大草原、そしてムクの大森林に対する調査隊が組まれた。
ガイルさんはギルド長に洞窟での報告を済ませ、そのまま大草原の捜索隊へと加わりその数時間後には旅立っていった。
またリーフさん、ベルドンさん、ミレイナさんは他の冒険者との連絡のために会議に加わっていた。
本来ならば僕も加わる予定だったが……リーフさんが「こんな時くらい、愛するセルマさんに会ってきなさい!」と押し出してくれた。
そのため、僕は今一人で聖教会へと向かっている。街は非常に慌ただしく動いており、避難の準備に取りかかるひと、食料を買い込む人、町の防衛準備に関わる人などでごった返していた。
僕はその間を抜けて、教会へと急いだ。
教会の中に入ると、セルマさんが1人で祈りを捧げていた。
今日は休日の昼間なのにも関わらず人が一切おらず、外が騒がしい分、教会はいつも以上に静かに、寂しく見えた。
僕は近くの椅子に腰かけると、セルマさんが祈りを終えるまで黙ってその姿を眺めていた。
祈りを捧げているセルマさんはこの世の何よりも美しかった。
その透き通った顔や雰囲気はさらに洗練されて、昼間にも関わらず月の光を浴びているようだった。
しばらくして、祈りを終えるとセルマさんは驚いた顔をして僕を見つめた。
「待っていらっしゃったんですか…!声をかけてくださればよかったのに。」
「いえいえ、お祈り中の邪魔なんてできませんよ。それに僕はセルマさんがお祈りしているところすごく好きです!」
「ありがとうございます……何かそう改めて言われるととても気恥ずかしいですね…」
そう言ってセルマさんは顔を赤らめた。
僕はその様子に思わず見とれてしまい、沈黙が流れた。それを振り払うように僕は今自分がカーディス山地で目にしてきた光景を語り、魔獣嵐の可能性を伝えた。
「そうなのですか…。確かにどこか外が騒がしいなとは感じておりました。リュカさんにはお怪我はないですか?」
「ええ、それは大丈夫です。でもセルマさんも早く逃げないと……!」
「ありがとうございます。でも、私が逃げるわけにはいきません。この教会の管理者は私です。私がいなければ統一聖教が悪しき魔物達に負けたことになってしまいます。私は例え最後の1人になろうとも、この教会をお守りする予定です。」
そう宣言するセルマさんの瞳は澄み渡るのと同時に、強い意志が決まっているようだった。
「そうですか。さすがはセルマさんです。でしたら、僕が決してセルマさんが1人にならないように、この都市を守って見せます。市内には一匹たりとも魔物は入れさせません。それは僕の命に引き換えても……です!」
セルマさんはそういう僕の顔を見て微笑んだ。
「それはすごく頼もしいです。どうかリュカさんに神のご加護があらんことを。」
そう言って彼女は、僕の頭にやさしく右手を乗せた。
「頑張ってください、リュカさん。そしてまたここで会いましょう!」
僕はそれに大きくうなずくと、教会を後にした。
これで後悔はなくなった。
今日の夜には調査隊からの第一報が届くだろう。
僕は覚悟を決めて、剣の柄をを力強く握った。
『受けるよりも与えるほうが幸いである』
今こそ、この力を人々のために役立てるときが来た。
僕はそう決意をし、冒険者ギルドへの道へと就いた。
もう何も怖いものはなかった。
◆
辺境王国ユースベルク 南東 ムクの大森林
「おーいたいた。」
どこまでも生い茂る木々の中に、とてもその場には似つかぬ黒衣に白の外套という恰好をした男が歩いていた。
レオンの目の前には、丸々と肥えたオーク・ロードの姿があった。
「随分と太ったものだね。どれだけ食べたらそうなるんだよ。まったく下品な下等生物だ。」
レオンの声が聞こえたのか、オーク・ロードは振り向き、自分の背後にいる小さい人間を見て、にやりと笑った。
「飛ンデ火ニ入ル夏ノ虫トハ、コノ事カ。愚カナル、人間。貴様ハ我ノ、餌トナルガ良イ」
そういうとオーク・ロードは立ち上がり手の大剣を振り下ろした。
やはりたった時の大きさは尋常ではなく、推定15mはゆうに超え、その剣ですら7,8mはあった。
しかし、大きな図体に見合わずその剣の速度は異常に早く、次の瞬間にはレオンを細かな肉の塊へと潰していた。
「人間愚カ、人間下等生物」
そう言って面白そうに笑うオーク・ロードは再び元の飯にありついた。
そして自分の力が想像以上に強く―――人間が想像以上に脆かったせいもあるが、食べる部分が残らなかったことを悔いた。
「人と話しているときに食事とは、どういう了見なのか……これだから、君の方が下等生物だと言っているじゃないかい。」
再びその場に響くレオンの声に、オーク・ロードは驚愕の表情を浮かべて振り向く。
すると、先ほど粉々につぶしたはずのレインが再び人の形となり話していた。
「やはや、服は魔術で作っておいてよかったよ。本物を着て居たら、さっきの攻撃で全てダメになるところだった。」
レオンはそう言ってオーク・ロードに笑いかける。
「人間ナゼ生キテイル?」
オーク・ロードは怪訝な表情を浮かべ、レオンをよく観察する。しかし、それがもとの―――潰したはずのレオンと同じであることを確認するともう一度同じように立ちあがり、大剣を振り下ろした。
「大罪権能【怠惰】 物質支配」
レオンがそう呟き、振り下ろされる大剣に片手を差し出した。
そして両者が触れ合った次の瞬間、大剣は跡形もなく砕け散った。
オーク・ロードは状況が一切理解できずに、喚き始めた。
「人間ナニシタ、人間ナニシタ、人間ナニシタ、人間ナニシタ!!」
レオンはそう喚くオーク・ロードに侮蔑の視線を向けた。
「焦らずに聞きなよ。まず、そもそも俺と話しているにもかかわらず君が見下ろしているのは不愉快だ。」
レオンはそういうと、右手で横に空を切った。
するとオーク・ロードの両脚は切断され、大量の血が噴き出した。そしてオーク・ロードはレオンの前にひれ伏すような格好で倒れた。
「それで少しは聞く姿勢がなったな。で……、君に順を追って……」
レオンが話し始めたとき、ようやく状況に気が付いたオーク・ロードは今まで以上に大きな声でわめき、そして咆哮した。
「何度言わせればわかるんだ。”口を閉じて私の話聞け”」
レオンの発言と同時に、オーク・ロードは一切口が開けなくなった。自らの力では口を動かすことが不可能なのだ。
この異常事態に、オーク・ロードはただただ恐怖をなし、目の前の矮小な存在を畏怖と驚愕の目で見つめることしかできなかった。
「やっと、話ができる。まず、俺は統一聖教会 異端審問官【怠惰】のレオン=ヴァレンタイン。そして今回の目的は君を―――最近発生したとするオーク・ロードを眷属にすることだ。権能を持っていないたかが魔物ごときの力など欲しくもないが、今は仕事のために必要なのだよ。協力してくれ。その代わりと言っては何だが、その対価として君が気になっていることを1つ教えてやろう。
一度君は俺を粉々に砕いた。違うか……?」
その言葉にオーク・ロードは首を縦に振る。
「それなのになぜ俺はこうして生きているのか。それが不思議なのだろう。」
そこでオーク・ロードはまた強くそして何度も首を縦に振った。
「その答えは、俺にとって物理的な死など意味をなさないないからだ。俺は物理的に殺されたとしても、残機が失われない限りいくらでも自己を再生…復活できる。すなわち君がいくら僕をつぶそうと全く持って意味がないのだ。」
オーク・ロードはその言葉に愕然とし、つなぐ言葉をなくしたようだった。
「さて、君も納得したようだし、眷属になってもらおう。だが、特別だ。君にはまだまだしてほしい仕事がある。だから血を分けてやろう。吸血鬼神祖の血は眠っている君の力を解放させ、君はこれまでとは比べ物にならないほどの力を手に入れるだろう。それを使って俺に仕えろ。さてこれからどうなるか見物だ。」
レオンは人差し指を切り、オーク・ロードの口に自分の血液を注いだ。
その瞬間にオーク・ロードはのたうち回り暴れ始めた。
「最初は仕方がない、血が慣れれば君は強大な力を手に入れられる。では、頼んだよ。」
レオンは後ろでのたうち回るオーク・ロードを一瞥する。
「君への命令は都市アルネヴィルの壊滅だ。人っ子一人逃すな。皆殺しにしろ。」
そう言い残すと、転移魔法でレオンはどこかへ消えていった。
残るのはオーク・ロードが暴れまわる音だけであった。
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