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セルマの苦悩

もし少しでも”いいな”と思ってくださった方がいれば、評価・コメントよろしくお願いします(^^)/

 辺境王国ユースベルク 地方都市アルネヴィル 聖教会


「さーて、君がセルマ=ヴァルトリエ?」


 跪くセルマの前でその男―――レオン=ヴァレンタインは気だるそうにセルマを覗き込んでいた。


 身の丈はさほど高くも低くもない。だが、その佇まいには得体の知れぬ圧があった。しなやかで華奢な体躯は一見すれば戦士らしさとは程遠いが、その一歩一歩に、長く研がれた刃のような研ぎ澄まされた気配が宿っている。

 黒と藍の中間のまるで夜明け前の空を切り取ったような色の髪は、肩にかかるほどの長さで無造作に揺れていた。光を受ければ微かに青を帯び、闇の中では墨のように沈む。鋭い輪郭の顔立ちに隠されたその瞳は、深い碧だった。ひとたび見つめられれば、心の奥底を静かに掬い取られるような錯覚を覚える。冷ややかで、感情の色がほとんどない。だが、それは決して無関心なのではない。ただ、他者の感情を、自らのそれと同列に見ることができないのだ。

 肌は透けるように白く、血色は薄い。まるで、今この瞬間にも崩れ落ちそうなほど儚い印象を与えるが、その姿に似合わぬ鋼のような芯を内に抱えているのがわかる。

 纏うのは、教会特有の白い外套。内側は黒く染められ、腰に巻かれた封印銀のチェーンには異端審問官の印が静かに揺れていた。黒衣の上から羽織るその外套は決して派手ではないが、威厳と畏怖を纏わせるに足る装束だ。手には黒革の手袋。動きに無駄はなく、彼の足元を包むブーツはまるで彼の体の一部のように馴染んでいた。


「はい。私がアルネヴィル教会管理者のセルマ=ヴァルトリエ大主教でございます。偉大なる異端審問官の御身にお会いでき光栄に存じます。」


 レオンはセルマのその挨拶に二度ほど頷くと、セルマの顔に手を当てその瞳を覗き込んだ。


「それで、例の子はどういう状況なんだい?」


「はい、現状ではご指示の通り冒険者へと仕向け、この教会に住まわせております。ギルドからの報告によりますと、初期段階でのレベルはお伝えしました通り124、現状では推定145程度だと考えられます。現在は『プルーム級』冒険者であり、冒険者パーティー《翡翠》の一員として討伐任務に出ております。」


「なるほどね、君はどう思う。奴は使える?」


「現時点では彼の【剣聖】の権能がどのような効果を発揮するかが未知数なため、断言するのは難しいかと……ですが、教会の目的の処分だけならばレオン様の御力を持ってすれば全く問題ないと考えられます。」


「処分ね……」


 レオンはそこでセルマの顔から手を離し、しばらく考え込んだ。


「教会は処分を命じている。だけど、僕は思うわけさ。ただただ処分するだけじゃもったいないんじゃないかって……」


「と、言われますと……?」


「まだ利用価値があるのならば使うべきだよ。【権能】持ちはただ処分するだけじゃ、手駒として惜しい。」


 レオンは気だるそうな瞳を天から降り注ぐ月の光に向けている。


「お言葉ですが……レオン様、教会の決定事項に反するのはいくら異端審問官でいらっしゃるレオン様でも難しいのではないでしょうか……?」


「それはそうだと僕も思うよ……でも、教会連中に知られなきゃ問題はないよ。だって現状この話を知っているのは君と僕だけ。そして教会連中への処分報告には全身の死体は不要。まぁ目ん玉くらい持って帰ればいいわけなんだよ。それならば……」


 そう言ってレオンはセルマを見下ろす。その体からは考えられないほどの殺気が染み出す。

 教会内で指折りの強者であるセルマであってもその殺気に耐えるのは至難の業と言ってもいいほどであった。


 ◆


 そもそも、セルマがわざわざ転移・転生者の多いこの街へ”大主教”という枢機主教の次に偉い―――教会4番目の役職で派遣されたのも、彼女の強さが買われてのことだった。彼女にかかれば異端審問官を呼ぶまでもなく、大抵の転移・転生者そして教会に歯向かう者は始末することができる。もうここに赴任して3年、彼女はその手で何人の人間を殺してきたかわからない。

 セルマの強さは彼女の権能である【聖域】によるものだ。この権能は展開された領域内にセルマの絶対的な支配を確立するというものである。その中に嵌った相手は自らの意志で何かを行うことが不可能になる。そしてこの支配はセルマより魔力量が弱い者に対しては絶対の効果を持ち、例え魔力量が同程度であっても領域内でのセルマの圧倒的な有利が確立される。すなわち、教会屈指の魔力量を誇るセルマにとって展開される領域が破られることはないのだ。

 しかし、デメリットもないわけではない。それは、一度この領域が破られれば領域内の戦闘に特化するセルマにとっては成す術がなくなるのだ。だからこそ、彼女は慎重に相手を判断し魔力量を含めた、実力差を測るようにしているのだ。そして確実に領域に引き込める人間に手を下す。

 今回のリュカに関しては、彼女でも始末はできたかもしれないが、未確定の【剣聖】という権能。そして初めて彼に触れたときに感じた他の転生者とは明らかに異なる”ナニカ”を捕らえ、異端審問官に処分を要請したのであった。


 ◆


 しかしそんなセルマであるからこそ、レオンの危険性は嫌というほどによくわかった。発せられる殺気、威圧感、そして抑え込んではいるが節々から漏れる魔力量は同じ空間にいるだけで吐き気を催すような物であった。

 もし仮に……仮の話だが、レオンをセルマの領域に閉じ込めてしまったとしたら……間違いなく領域ごとセルマ自身の存在まで破壊されていただろう。それほどまでにレオンは強い、そしてレオンの持つ権能は明らかにセルマの【聖域】とは比較にならないほど上位の存在であった。


(ほんとに話には聞いていたけど、バケモノがすぎる……)


 セルマは顔に苦悶の表情を浮かべた。いくらレオンが強すぎるとはいえ、強者である自分が劣勢に立たされていることに不満を感じているのだ。


「それならば……私に口を噤めとおっしゃりたいのでしょうか……?」


「その通りだけど、それだけじゃない。」


「と、おっしゃいますと……?」


 尋常じゃない殺気に対して、セルマはもう精神の限界が来ていた。その美しい顔は歪み、彼女の内なる邪悪さがすべて顔ににじみ出ているようだった。


「セルマ=ヴァルトリエ、君が僕の眷属になりな。」


 その一言はセルマに有無を言わせないものであった。否定の先に待つのは死。若しくはそれよりも恐ろしいもの―――魂の永劫の服従だ。セルマはそれを直感的に悟った。もう彼女に残された選択肢はなかった。


「かしこまりまし……た。」


 セルマは顔をしかめ、歪めつつ返事をした。これほど屈辱的なことは彼女にとって存在しえなかった。


「よし、楽にしていいよ。」


 その一言で解放されたセルマは自分の目の前に立つ異端審問官……いや今からの主人を見上げた。

 その美しい顔の下には何があるのか。セルマはレオンの顔をにらみつけ続けた。

 月光に照らされるその顔はこの世のものとは思えないほど美しかった。


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