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アルネヴィルの動乱Ⅹ

次話でリュカ編完結です!

 リュカくんが私の手を振りほどいてどこかへ行ってしまった。

 セルマさんのところだろう。

 どこまでいっても私は彼の支えになってあげられなかった。


 私は……リュカくんにもいったことだけど、リュカくんとあの人を重ねてしまっていた。

 あの人が殺されたとき、彼は17歳。今のリュカくんと同じ年齢だった。


 だからなのかはわからないけど、私は初めて見たときからリュカくんには何か特別なものを感じていた。

 今思えば、それは愛情だったのかもしれないし、あの人を想ってのただの郷愁だったのかもしれない。


 でも、確実に言えることは私は彼に好意を抱いていたし、彼を助けて…支えてあげたかった。


 彼がセルマさんに恋をしているのならば――例え私が統一聖教の人間全般を好んでいなかったとしても、応援してあげたかった。


 最近はリュカくんとも、うまくわかりあえないことが何度もあった。

 彼の気持なんか考えずに、私が余計な世話を焼いていたことばかりだ。


 だから彼は離れていった。この最後の瞬間も私の手を強引に振りほどいて。


 死ぬのは怖くない。


 リュカくんにも伝えたけど、それは偽らざる本心だ。

 本来の私は8年前に、あの村でその命を終えていたはずなんだ。

 だから、死ぬのは怖くないし、延長されていた死のタイミングが今になっただけだ。何も変わらない。


 でも……それでも、最後にリュカくんに嫌われたのは、悲しいな。


 頬を涙が伝っていくのが分かる。

 泣いたのなんていつぶりだろう。


 私は霞む視界を精一杯、目の前のアークロードに向ける。

 人生の最期でずっと追っていた異端審問官のしっぽを掴めた。

 だから……何としてでも、あの男の思い通りにはさせない。


 私は残る最後の力をすべてこめる。

 体のあらゆる箇所から魔力をかき集める。

 それを何度も繰り返し、自分が持つ全ての魔力を込める。


 途中で魔力が欠乏して何度も気を失いそうになった。


 それでも、何度も……何度も体に力を入れなおす。

 目の前はぼやけ、息が苦しい。思考さえも回らなかった。


 それでも、私は極限まで魔力を集めて、今から発動する魔術の事だけを考える。

 もうそれ以外に意識は向かなかった。


 何としても……何としても、私はあの男を、あの人の命を奪った異端審問官を、そしてこの街を……リュカくんを壊そうとするやつらを許さない。


 心に抱いたのは愛とそして憎しみだけだった。


 私は最後の気力を絞り詠唱をした。


「〔絶天断滅〕」


 その瞬間に私の意識はおちていった。

 そしてそれはもう二度と戻らないものだとわかる。


『やっと、あの人に会える。』


 最後に浮かんだのはやっぱりあの人の笑顔だった。


 ◆


 リーフが死に際に発動したのは紛れもなく第五位階魔術であった。

 詠唱と共に放たれた巨大な風の刃は天を切り裂き、地をも切り裂いた。

 雲によって陰りを見せ始めていた天は、再び太陽の光を注ぎ、地面は抉れ大きく二つに割れる。


 その刃がアークロードをも襲った。

 彼は決してその技から逃げることはなく、その刃に手を伸ばす。


 アークロードの手とぶつかる風の刃。


 アークロードの手は裂け、腕までもが裂けていく。

 そしてついには肩にまで刃が達し、肩を切り裂く寸前で刃が消失した。


「人類の到達できる最高位階。それを自らの命と引き換えに放つ。人間というのは美しいものだ。」


 アークロードはだらんと裂けた自らの腕を見ながらリーフを称賛した。

 これは決して人間をバカにしているのではなく、本心から出た言葉だった。

『人間の意志の美しさ』それはどれだけ進化したとしても、決して魔物には存在しえないものだった。

 そして目の前に残った冒険者たちに目を向ける。


「『人間の美しさ』しかと見させてもらった。本来であればもう少し貴様らの美しさを見ていたいものだが……あまり時間がない故、これで終わりにする。レイン様がお待ちである以上私にはこれ以上戦いを引き延ばす言葉出来ない。」


 アークロードはそう宣言すると、権能を発動させる。


「【魔獣ノ王・魔獣召喚】 」


 アークロードがその権能を発動させるとともに、アークロードの足元――正確にはその影から大量の魔物が放出される。

 それはオークに始まり、ゴブリン、リザードマン、などの下級低位の魔物から、ミノタウルス、サイクロプス、ヒュドラなどの上級高位の魔物まで様々だった。そして、最後にはゴブリン・ロードやオーク・ロードなどの災害級の魔人まで登場する。


 計500体ほどの魔物が、目の前の冒険者たち、領主の兵、そしてアルネヴィルの住民に牙をむく。


 決して逃れることのできない檻で行われる殺戮は、もはやただの虐殺であり、”狩り”に過ぎなかった。

 アークロードに召喚された魔物達は次々と人々の命を狩っていく。


 アルネヴィルの壊滅はもうそこまで迫っていた。


 ◆


 リュカは未だに絶望していた。

 レオンとセルマが繋がっていたこと。そして何よりも、そのセルマのために彼は全てを放り出してきてしまったことを悔いた。

 悔いても悔いても悔やみきれない後悔は、絶望として眼前を黒く染める。


 立つ力さえ湧かなかった。

 自分がどうなろうと。もはや心底どうでもよかった。


「【剣聖】持ちもこの程度なんだ。くだらないな。」


 レオンは一切の興味をリュカから失ったようにそっぽを向いた。

 外ではあちこちで悲鳴が上がっている。


(あのアークロードがうまくやっているようだね……)


 レオンはその結果には満足そうにしながらも、リュカへの落胆を隠しきれずにいた。


「珍しい権能。それに期待した俺がバカだったな。どれほど良い権能を持っていたって、人間としての力がなければ終わりだよ。君に利用価値はないよ、リュカ君。残念だな。」


 レオンはもう一度リュカに向き直って言い放つ。

 リュカはもはやレオンの言葉など一切届かないように、俯きうな垂れている。


 レオンはそんなリュカの顔を蹴飛ばす。

 リュカの顔は歪み、口から血があふれ出る。

 レオンがある程度は手加減したとはいえ、普通の人間ならば頭など残っていなかったはずだ。


「ここまでお膳立てをして、君の権能の本来の力が解放されるのを待った。事実として君は権能の一部を顕在させたけど、結局はその先には一歩も進めない。心底失望したよ。俺は君のことを買いかぶりすぎた。」


 レオンとしてはただただリュカを手駒にするだけならば、セルマを人質に取るなどやりようはいくらでもあった。

 でもそれではダメだった。彼が求めていたのは権能の本来の力であり、それは本人の意思がなければ解放されるものではない。


 レオンは自らの足元でうずくまる青年を見ながら、この青年の処遇について考えを巡らせた。


(やっぱり、ただただ処分するだけがいいか……)


 彼は今のリュカの有用性と、教会の信頼を天秤にかけ判断を下す。


【怠惰・物質支配】により、即席で魔力から剣を作り上げ、それをリュカに向かって振り下ろす。

 しかし、その剣がリュカに当たる寸前で動きを止めた。いや正確には止められたのだ。


 いつの間にかリュカが剣を抜いていた。


「ほう……もう何もできないと思ってたけど……これなら期待もできそうだな。」


 そう言って満足そうに微笑むレオンにリュカが対峙する。


「僕は……僕は自分が全てを間違えてきたことに絶望していました。最後の最後には僕に好意を示して、僕を何度も助けようとしてくれた人の事すら裏切った……だから、もう生きている資格なんてないと思っていました。でも今、貴方に殺される直前に彼女の言っていた言葉を思い出したんです。『僕には生きていてほしい』っていうその言葉を。彼女はどれだけ僕が間違えても最後まで僕を見捨てないでいてくれました。それは彼女だけじゃなくて、この世界に来て右も左もわからない僕をこの街の人は支えてくれました。《翡翠》の人たちも、ギルドの人も、同じ冒険者の人たちも……でも、僕がお世話になった人は皆この戦いで死にます。

 僕は……僕は……僕は、彼らの命を奪った貴方を絶対に許さない。それに、聖職者の顔をしてその殺戮に手を貸すセルマさん……あなたもだ。

 地獄に堕ちろ……ゴミ共が……」


 今やリュカの全ては果てしない憎しみに支配されていた。


 次の瞬間には、レオン・セルマをめがけて大量の剣が飛んでくる。

 今や【剣嵐】は完全にリュカの物となり、質でも量でも、その速さでもほんの少し前の物とは段違いになっていた。


 レオンは手元の剣でそれらをすべてめんどくさそうに弾き飛ばす。

 しかし、いくらさばいても剣の嵐は止むことを知らない。


 それは飽和攻撃だった。


 しかしそんなことを気にも留めずに、レオンは楽々とその攻撃を流す。

 彼にとってはこの程度の攻撃であれば、子供の遊びとさして変わらない。

 一方のセルマは同じように飛んでくる剣をその大きな翼でさばいていた。


 レオンは気だるそうにその攻撃をすべて流す。

 彼としては今すぐにでもリュカを倒す方法は山のようにあるが、権能の覚醒を待つのが優先事項だった。


 覚醒した権能の能力次第で処分を決めればいい。


 それが最終的にレオンが下した決断だった。




もし少しでも”いいな”と思ってくださった方がいれば、評価・コメントよろしくお願いします(^^)/

モチベーションになるので是非……

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