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アルネヴィルの動乱Ⅸ

青年の哀れな恋は闇の向こうへ……

アルネヴィルの動乱編第9回です!

 合図とともに冒険者たちは阿鼻叫喚となった。

 決して自分たちが敵うことのない相手を目の前にしたとき、人々は逃げ惑う事しかできない。


 先ほどまで集まっていた冒険者たちは四方八方へと散らばり逃げ惑った。


 その様子をアークロードはただただ眺めていた。


 運よく街の端まで行き、逃げ道を見出した者も決して街を出ることはできなかった。

 街の端へ行き外へ出ようとした者は皆、黒い霧のような結界にぶつかり、そこから現れた無数の触手によって地面へと引きずりこまれていく。

 その様子はまるで地獄へ引き込まれていく亡者のようで、彼らは声にならない悲鳴を上げながら、地面奥深くへと吸い込まれていく。


 その先は地中なのか、はたまた全く違う世界が広がっているのか。それは誰にもわからなかった。


 僕はその中であの男はが言っていた言葉を思い出した。


 ――あなた方がすべきなのはただ、自ら持ち得る全てを以て知略を練り、そして死を待つことのみです――


 知略を練り、死を待つ。

 その男の言葉がやっと現実味を帯びて、僕の元へとやってくる。


 死を待つことしかできない。

 それは一度僕が日本で味わった経験であったはずだ。

 でも今とは全く重みが違う。

 自分の命が自然と尽きる時を待つのと、ただただ殺される時を待つ。

 その二つは同じ死を意味しても全く別のものだ。

 そこに課される恐怖は段違いだ。


 今の僕はただただ恐怖に震えていた。

 脚が震えて、まともに立っていることができない。


 恐ろしい。怖い。


 僕はどうすることもできない恐怖にただ怯えきっていた。

 周りなど一切見えていなかった。

 頬を涙が伝っていくのが分かる。


 そんな様子を見たリーフさんが、僕の手を握ってくれる。

 彼女も怖いのだろう。その手は僕ほどではないが震えていた。


 そんな彼女の温もりを感じたとき、僕はセルマさんのことを思いだした。

 彼女は今も教会を守り続けているはずだ。

 今も彼女は1人で、この恐怖におびえているはずだ。


 そんなことを考えると、僕は居ても立っても居られなくなった。

 自分が恐怖に震えていることも、目の前の状況も、自分が置かれている状況も、そして手を握ってくれているリーフさんの存在すら忘れていた。というか考えられなかった。


 僕は彼女の手を強引に振りほどくと、街に向かって駆け出す。


「リュカくん!!!!」


 そんなセルマさんの声が聞こえたような気がしたが、今の僕にはどうだっていいことだった。

 僕は逃げ纏う人々を押しのけて、街の中へ、そして教会へと急いだ。


 街の中でも混乱が起きているようで、人々もあちこちを行き来して逃げ惑っていた。


 その中で、何人かの人とぶつかりそうになるたびに、僕は彼ら・彼女らを突き飛ばした。

 その人たちから罵声を浴びせられ、恐ろしい目で見られたが、僕にとってはどうだっていいことだった。


 セルマさん……


 脳裏に彼女の優しい声、そのぬくもり、唇の暖かさが思い浮かぶ。

 何としても彼女に会わなきゃいけなった。


 やっとの思いで教会に駆け込むと、そこにはいつものように祈りを捧げているセルマさんの姿があった。


 ◆


 僕は安心して、彼女に近づいていった。


「セルマさん!!よかった……元気で!」


 僕がそう声をかけると、彼女は顔を上げていつものような微笑みで僕を見つめた。

 しかし、その顔はいつもと同じであるように見えてどこか違うようだった。


 自分でもおかしなことを言っているのはわかるが……でも何かが違った。


 そんな違和感がありながらも、僕は彼女に会えた嬉しさでそんなことを気にも留めなかった。


「セルマさん!早く逃げましょう。この街から。僕が何としても連れ出します。あの男は無理って言ってたけど、どうにか方法はあるはず……!だから、僕と一緒に外へ逃げましょう。そうしたら……そしたら二人で暮らしましょう!僕が絶対あなたのことを……!」


 そこで僕は自分が支離滅裂なことを言っていることに気が付いた。

 第一に彼女があの異端審問官の言っていたことを知るはずもないし、それに彼女の想いなんて何も考えていなかった。

 でも、そんなに悠長なことを言っている暇はなかった。

 今も外ではあのアークロードによる殺戮が行われているはずだ。

 ここにとどまっていることなどできない。


「言ってることが滅茶苦茶かもしれませんが……でも、今だけは僕のことを信じてほしいです。お願いします。とにかくここを抜け出しましょう!」


 僕は怪訝そうな顔をしている彼女の手を握り、出口へと引っ張った。

 しかし、彼女はその手を振りほどいて、困ったような声を出した。


「リュカさん、急にどうしたのですか。落ち着いてください。いつものリュカさんらしくありませんよ。」


 そう言ってなだめる彼女に僕は必至で説得した。


「お願いです!!僕は貴方を死なせたくない。生きたいんです。貴方と一緒に!だから僕のことを今だけは信じてください。僕のことを冒険者として信頼してくれているんでしょう?なら、お願いします。僕についてきてください。」


 そう畳みかける僕に彼女はより一層困惑したような顔をした。


「リュカさんの想いはすごく嬉しいです。でも、前にも言ったように私はこの教会を何が何でも守り切らないといけません。ですので、外には行けません。リュカさんが私に恩を感じて私のことを守ろうしてくださっているのはすごく伝わりますし、それは本当に嬉しいことです。でも、気にしないでください。私には私の責務があります。」


 そう言ってセルマさんは僕のことを見つめた。

 その真剣そうな顔に危うく、頷いてしまうそうになるが、今は決して彼女をここに残すことはできない。

 それに……僕がセルマさんを助けようとしてるのは何も恩を感じての事だけじゃない。

 そこには、もっと別の……別の気持ちがある。

 今こそ彼女に僕の想いを伝える時だ。別にそれで嫌われてもいい。でも僕は彼女には生きていてほしい。


「セルマさん……僕は貴方を愛しています。心から。最初に出会った時から貴方に惹かれていました。

 こんな時にいうのもおかしな話だし、貴方の気持ちを無視して勝手に僕が想いを伝えてるのも本当に身勝手な話だと思います。

 でも、僕は嫌われたって構いません。貴方に例え嫌われたとしても……それでも、貴方には。愛する人には生きていてほしいんです。

 だからお願いです。どうかこの街を僕と一緒に出ましょう……」


 二度の人生で初めての告白だと僕は思った。

 でもこれまでの人生でこんなに惚れた人なんていない。

 多分今の僕の顔は、焦りと、緊張と、恥ずかしさとですごい顔をしているのだろう。


 でも、これで思ってたことを伝えられた。

 もしこれでも彼女が街を出て行くのを拒否したなら、セルマさんには悪いが、強引にでも連れ出す。


 僕は思いを一気に伝えると、彼女の顔をまっすぐに見つめた。

 その顔はやはり美しく、何度見ても見とれてしまう。


 彼女ははじめ僕の言葉に、驚き困惑した顔をしていたが、次第に照れたような笑みを浮かべた。


 セルマさんも僕と同じ気持ちだった。

 セルマさんは僕と一緒に居ることを選んでくれる。


 そんな幸せが僕を包み込んだ。

 僕は思わず彼女を抱きしめようとした。


 しかし、顔に浮かんでいた照れたような恥じらいのある笑みは、次第に歪んだ笑いへと変わっていった。


「え、セルマさん……?」


 僕の思わず漏れた声に、セルマさんは大きく口を開けながら笑った。


「いや、まさかここまでとは。傑作です。やはりレオン様のおっしゃる通り。面白いものを見させてもらいました。」


 そう言って彼女は後ろに目を向ける。


「もういいですか?レオン様。」


 僕はセルマさんのその言動に理解が及ばなかった。


 ――面白い?――

 ――レオン様?――


 僕は考えることができなくなっていた。

 そんな放心状態の僕の目の前に、あの男が現れた。


「異端審問官……」


 僕は反射でそう口に出す。

 そこで、その男の名前がレオンだったことに気が付く。


 僕の中で全てがつながった。


「グル……だったん……ですか?」


 口から出たのは声にならない声だった。

 自分でも驚くほどその声はか細くて、震えていた。


 そんな様子をその男――レオンは面白そうに見て笑った。


「いやあ、これまでとは。セルマ。相当君に惚れこんでいたようだね。青年の哀れな恋を見るのもまた一興だね。」


 レオンはそう言って僕の前までやってくると、僕の肩に手を置いた。


「さて、リュカ君。お遊びの恋愛ごっこもここまでにしよう。」


 僕はその言葉に崩れ落ちるしかなかった。


 今になって、残してきたリーフさんの顔が浮かんできた。




もし少しでも”いいな”と思ってくださった方がいれば、評価・コメントよろしくお願いします(^^)/

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