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アルネヴィルの動乱Ⅷ

いよいよ、異端審問官がその姿を白日のもとに晒す……!

そして現れる絶望。

アルネヴィルの動乱編第8回です!


 僕達の目の前に立った男はとてもやさしそうな笑みを浮かべていた。


「初めまして。アルネヴィルの皆さん。統一聖教会 異端審問官 【怠惰】のレオン=ヴァレンタインと申します。」


 そう言って男は深々と頭を下げた。

 横にいるリーフさんは”異端審問官"という言葉に反応しその拳を強く握りしめた。


 一方で、他の冒険者は統一聖教会という名前に安心感を得たようで、口々に男を呼び寄せている。

 その声に対し男は眩しいような笑顔を向けている。


 冒険者の声に応え、男がこちらへ一歩踏み出そうとした。

 その瞬間に反応したのはギルド長のガルドさんだった。


 一瞬の間に男との距離を詰め、自らの剣を向ける。


「なぜ統一正教会に属する貴方が大草原から現れる?大草原は何人たりとも近寄らないように封鎖したはずだが。」


 ガルドさんの剣は男の首の寸前まで伸びている。

 そしてその剣を握る手は震え、ただならぬ雰囲気を醸し出している。


 その様子を見て他の冒険者達も事態の異様さを感じ始める。

 いくら統一聖教会の人間であるとはいえ、たったいま魔獣嵐が起こった大草原や大森林の方角から現れるのはおかしい。


 流石は死と隣り合わせで生きている冒険者だ。危険への対応速度は速かった。


 次の瞬間には全員が警戒を強め、攻撃態勢をとっていた。


「いやだな、皆さん。そんなに好戦的にならなくても……」


 そういって男は困ったような顔をした。

 その顔には一切の曇りもなく、本当にただただ困ったような顔を浮かべているだけだ。

 しかし、そんな男の様子にも決してガルドさんはその剣を緩めることはなかった。


「異端審問官……貴方はそう申されましたね?」


 ガルドさんの声は震えていた。

 元アストラ級の冒険者であるガルドさんがその芯からこの男を恐れている。

 それは異常な事態であった。


 男はガルドさんの質問にまたその笑み浮かべて頷いた。


「ええ、異端審問官。私はそう申し上げました。」


 その回答にガルドさんは表情をさらに硬くする。


「噂には聞いたことがある。教会の陰の実働部隊――異端審問官――

 その者たちは大罪の名を冠し、異教徒そして教会の命に背くものを抹殺すると。」


 ガルドさんのはそこまで言って男の顔を見る。


「貴様は何をしに来た。」


 その声は今までで聞いたどの声よりも厳かでそして威圧感に満ちていた。

 しかし男はそんなことを気にする様子もなく、その取ってつけたような笑みを浮かべたまま話を続けた。


「いえいえ、私は大したことなど望んでいませんよ。

 ただ、一応ご挨拶にと思いまして……」


 そこまで言うと男は大きく手を広げた。


「まもなくこのアルネヴィルという街は地図からその姿を消します。それは皆さんも同様です。悠久の歴史から今日という日付を以て消えるのです。

 もちろん、それを行うのは私ではありません。私はそのような面倒な仕事は大嫌いなので。

 私の部下が皆様のお相手を務めさせていただきます。本当にできが悪く強さのかけらもないような奴ですが、どうぞ寛大な目で見てやってください。

 そして、先程の魔物の襲来へ対処はお見事でした。感服いたしました。

 その様子を見て、もうこれ以上弱い魔物を皆様にぶつけても意味がないと判断いたしましたので、次の段階に移させていただきます。

 私はそのご挨拶にと思ってお伺いしただけです。」


 男はそう言って再び頭を下げた。

 そしてしばらくして顔を上げると、再び大草原の方へと踵を返した。


 それから数歩歩いたところで思いだしたかのように、立ち止まった。


「【怠惰の檻】」


 そう言って彼は手を目の前で円を描くようにふった。


 その瞬間に瞬く間に黒く禍々しい、空気が彼の手から発せられて街全体を覆った。

 その速度は異常で、一瞬のうちに街全体がその煙に呑まれた。


「忘れていました。決して街から逃げようなどと思わないでくださいね。もし逃げようとすれば、ただの死で報いきれない地獄を味わうことになります。

 あなた方がすべきなのはただ、自ら持ち得る全てを以て知略を練り、そして死を待つことのみです。

 では。失礼いたします。」


 そう言って男は再び草原の方へと歩み始めた。

 全員の理解が追い付いていない中、僕、リーフさん、そしてガルドさんだけは辛うじて反応することができた。


 僕は【剣嵐】を、リーフさんは第三位階の風魔術を、ガルドさんはその双剣を男に向かって放つ。

 それは一切の無駄がなく、洗練されていた攻撃だった。

 僕達が出せる最高位の攻撃と言ってもいい。それほどまでに完璧なものだった。


 三種の攻撃が男の放たれ、降り注ぐ三様の攻撃が周囲の地形を抉る。

 砂埃が舞い男の姿は見えなくなっていた。


 僕達3人には険しい視線をそこへとむけていた。


 ――でもこの程度で倒せるわけがない――


 僕のどこかにその確信があった。リーフさんの話を聞く限りでは異端審問官はそんなにやわな人間ではない。


 瞬くして、砂埃があけると当たり前のように男が立っていた。


「いやはや、今日は服が本物なので汚れると困るので防いでしまいました。本来ならば防ぐなど面倒でしなのですが……」


 そこで男は再び僕らの方を向き直った。

 その目は明らかに先ほどまでの柔らかなものとは変わり、冷酷で人を侮蔑したようなものであった。


「最後の抵抗をどれだけしようが別に俺は構わないし。矮小な人間のそのあがきを俺は美しくも感じる。だからもっと存分に見せてくれよ。人間の意志の力というのを。」


 男はそこまで言うと僕に視線を向けた。


「リュカ君。君の力はそんなものじゃない。俺は君に期待してるんだ。是非とも君が俺の下で使えるってところを示してくれ。頼んだよ。」


 そう言って男はそういうとどこかへと姿を消した。


 その場にはリーフさんの悔しそうな声だけが残っていた。


 ◆


 男が去って間もなく、男の言っていた”部下”が登場した。


 その巨躯は三メートルに達し、黒き肌には亀裂のように赤々と輝くマグマの紋が走っていた。

 顔立ちは人の男を思わせるほど整っていながらも、その眼は鋭く赤く光り、ただ視線を向けられるだけで心臓を握り潰されるかのような圧を放つ。

 肩まで流れる鈍い金色の髪が揺れるたび、炎に照らされたかのように陰影を変え、不気味な美しさを際立たせていた。


 その手には丈およそ一メートル半の戦斧が握られている。

 刃からは黒き瘴気が絶え間なく溢れ、地を這うように広がっては、周囲の空気そのものを蝕んでいくかのようだった。

 見た目だけならば知的な戦士の風格を備えている。だが、その肉体からにじみ出る気配は人のものではない。

 理知と理性を備えながらも、内奥から溢れ出すのは、この世の理から逸脱した異質な禍々しさであった。


 その”部下”は皆の前に――ちょうど先ほどの男が立っていた位置まで来ると、立ち止まった。


「私は異端審問官【怠惰】のレオン様に仕えし、オーク・アークロード。アルネヴィル及びそこに居付く全ての命の抹殺を命じられて参った。」


 丁寧にその男は挨拶をすると、こちらを見つめた。


「アークロード……そんなバカな……ありえないわ。」


 その名にリーフさんが震え上がる。

 僕はその正体を彼女に尋ねる。


「アークロードっていうのは……オーク・ロードの上位種。オークの最上位種のこと。でも……その存在が書物に登場したのは一度だけ。『原初の戦争』において魔族側として何体もの神々を屠ったとされる存在。

 もはやあれは、災害級の魔物――魔人――などではないわ。魔族よ……」


 リーフさんは何とか息をつなぎながら、説明してくれた。

 でも彼女は説明する間にも何度も吐きそうになっていた。極度の緊張感が僕達を襲っていた。


 その前に一番に飛び出したのはやはりガルドさんであった。

 先程と同じように一瞬でアークロードとの間を詰め、剣を振るう。今度は突き付けるのではなく、その息の根を止めにかかる。

 僕が権能を以てしても追うのがやっとなその攻撃は、ガルドさんの最速の攻撃と言ってもよかった。


 その攻撃がアークロードの首に触れようとしたときだった。

 首まであと一歩のところで攻撃が止まる。いや正確には攻撃が止まったのではなく攻撃がなくなった。


「遅い。貴様の攻撃などでは私に傷1つつけることもできない。」


 アークロードそう呟いたかと思うと、ガルドさんがその場に崩れ落ちる。

 攻撃を仕掛けた方の腕は肩からなくなり、そして頭部までもがなくなっていた。


 時が止まった。


 ガルドさんの亡骸からは思いだしたかのように血が溢れた。


 そこで僕達は我に返る。

 元ではあるとはいえアストラ級の冒険者が一撃で……倒された。

 そして何よりも、僕の権能をもってしても一切その攻撃をよむことができなかった。


 その場に衝撃が広がった。


 いや、衝撃などという生ぬるいものではない。

 それは声にならない絶叫であり、果てしないほどの絶望であった。


 沈黙が広がるその空間にアークロードの声が響く。


「では、行かせていただく。」


 それは地獄の門が開いた音だった。

もし少しでも”いいな”と思ってくださった方がいれば、評価・コメントよろしくお願いします(^^)/

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