アルネヴィルの動乱Ⅶ
アルネヴィルの動乱編第7回です!
終にレオンとリュカがまじりあう……!いよいよアルネヴィルの動乱編最終局面です!
僕はこの戦いの中で明らかに手ごたえを感じていた。
【剣嵐】の発動を経て、権能が前よりも確実に僕の体に馴染んでいるように感じる。
いや、馴染んでいるともいえるし、僕の中で権能が進化しているともいえる。
そして、僕は直感的に…でも確実に、この権能がこれからまだ進化する可能性を感じていた。
【剣嵐】だけではない、その先へとまだ進んでいく。そんな予感がしている。
それと同時に、僕は自分の体の中にまだ把握できていない”ナニカ”がうごめているのを知覚している。
◆
【剣嵐】の発動によって、約2500匹ほどの魔物が討伐された。
これでここまでで領主様の兵が倒したものも合わせて、計5000匹。大草原で発生した魔物は討伐されたことになる。
今まで続々と押し寄せてきていた魔物もゼロにはならないが、その数を明確に減らしていた。
皆がそのことを喜んだのもつかの間、僕達にはまだ大森林8000匹の魔物と、オーク・ロードの討伐が残されている。
こちらの被害は負傷者53名――内重傷者20名。死者34名。
全体の約4分の1が被害を被った。
これは領主様の兵に関しても同様なようで約4分の1が失われたそうだ。
またそれだけでなく、いくら常に死と隣り合わせの冒険者であるとはいえ、目の前で同胞が何十人も魔物に殺されていくのを見るのは堪えるものがあり、精神的な疲労もかなり溜まっているようだった。
しかし、今さら根本的な作戦を変更することは時間的に不可能だった。
魔物の襲来が一時的にやんでいるとはいえ、監視組からはもうあと半刻後には大森林の魔物による第一波が来るとされている。
ギルド長のガルドさんとしてもこれほどの魔獣嵐を経験したのは初めてのことであり、被害を完全には読み切れなったのだろう。
僕達は実際に現れる数字以上に、疲弊し、弱り切っていた。
また大森林の魔物は大草原の魔物に比べて練度が高く強いとのことで、これからの戦いはさらに厳しくなることが予想される。
これは空気中に漂う魔素という成分による影響で、魔素の濃度が高い場所で発生する魔物の方が強くなるそうだ。
だから必然的に大草原よりも、大森林の魔物の方が強くなる。
それを教えてくれたキルシュさんはすごく厳しそうな顔をしていた。
彼はこの現状を…そして、この戦いの無謀さを理解しているのだろう。でも彼は決して弱音を吐くことはなく、絶望も見せなかった。
大森林の魔物に対しては【剣嵐】をまず初めに打ち込むことで決定した。
【剣嵐】はひとたび発動すれば強大な力を発揮するが、連続での使用はできず、ある程度の時間が必要になることが分かった。
練度が上がれば連続での使用も可能になるのだろうが……僕はまだそこにまで至ることができていない。
疲れた体を癒していると、半刻などあっという間に過ぎていた。
大きな鐘の音と、狼煙と共に、魔物の集団が警戒線を超えたことが知らされる。
僕は陣地を抜け、独りで魔物の前にたたずんだ。
目の前から迫ってくる光景は、人智を超えた物で、それは天から僕らに与えられる罪のようあった。
原罪を犯した憐れな人類は、神の怒りにより水にのまれた。
しかし、敬虔で神の道を歩む者だけは救われる。
「僕は神様。貴方を信じております。貴方の御導きでこの世界に僕はやってくることができました。自分勝手な願いですが、どうか僕を……そして僕の大切なものをお救いください。」
自然と溢れた願いは、魔物達の出す音にかき消されていった。
もう300mほどのところまで魔物は迫っていた。
「【剣嵐】」
僕がつぶやくと同時に、無数の魔方陣が出現した。
その数は先ほどを凌駕し、魔物達へと牙をむく。
またしてもこの地に、流星が降りそそいだ。
◆
アルネヴィルへと迫りくる多数の魔物に牙をむいた【剣嵐】は迫りくる魔物の第一陣を壊滅させた。
いつもは青々しく緑がしげる草原は、今や血にあふれ、煌々と照り付ける陽の光が血に反射していた。
多数の魔物の死骸の前に立つリュカに人々は大きな歓声を上げた。
彼のこの一撃が、防衛する人々にとって大きな希望になったことは確実だった。
――いける――
そんな希望が皆の中に見え始めている。
レオンは遠くで眺めながら、人々の希望を感じ取っていた。
(なるほど……これ以上は弱い魔物達をぶつけても意味がないのか)
「セルマ。オーク・ロード……いや今やアークロードか……。どちらでもいい。彼を呼んできてくれないかい?」
「かしこまりました。レオン様。」
そう言ってセルマはその蝙蝠のような羽を羽ばたかせ森へと向かった。
今の彼女には、初めてレオンと接したときのような反抗心は微塵も残っていなかった。
レオンの眷属となり、血を与えられ、そして種族も人ではなく堕翼者となっていた。
また、その権能も【聖域】から【堕落の楽園】へと変化し、能力も格段に上昇していた。
セルマはレオンに力を与えられた身として、レオンに忠誠を誓い、その力を謳歌している。
元来、セルマ=ヴァルトリエという人間は力を渇する者であった。
彼女は最初こそレオンの支配を屈辱的に感じていたが、自分に力を与えてくれる存在なのであれば話は別だ。
彼女にとってレオンとは力を与える上位存在――すなわち神に等しいのである。
そして時折、彼女の見せる視線はもはや敵意のあるものではなく、恍惚そのものだった。
「さーてと……そろそろ、無駄な戦いは終わりにしよう。」
レオンは真上の太陽にそう呟き、街へ向かって歩みを進めた。
「リュカ君。君の力を僕はもっと知りたいのさ。」
その白い外套は、光を受けて輝いていた。
◆
【剣嵐】が迫りくる魔物を撃退して以降、唐突に魔物の侵攻がやんだ。
本来であればそれは喜ばしいことなのだが……あまりの出来事に僕やガルドさんそして熟練の冒険者たちは不穏さを隠しきれないでいた。
僕は他の冒険者たちが集まる場所で、再び《翡翠》の面々と合流していた。
「やはや、リュカ殿の力があれほどであったとは……恐ろしいものだ。でもそれによって街は助けられた。まさに、リュカ殿は救国の英雄と言っても差し支えないであろう!」
そう言ってベルドンさんは大きく笑った。
それに合わせるようにミレイナさんやガイルさんも大きくうなずく。
しかし、たった1人リーフさんだけは、顔を暗くしたままだった。
「ねぇ。おかしいと思わない。この襲撃のやみ方。まるで……まるでタイミングを見測っていたみたいじゃない。」
その言葉に今まで笑っていた3人も顔をしかめる。
「それは、俺も思ってたぜ。何かがおかしい。魔獣嵐がこんなピタっと止むなんて聞いたこともねえ。これで終わってくれれば……ってそんなことはまずねえよな。」
そこで僕達は黙り込む。
なんとも重い沈黙が僕達を包み込んだ。
そんな時だ、誰かが草原を指さした。
その方角へ顔を向けると、魔物の死骸が積み重なる前に一人の男が立っていた。
「おいおい……何もんだありゃ。探知に何も引っかかんなかったぞ。」
ガイルさんが困惑したような声を出した。
その人は黒衣を着てその上に純白の外套を纏っていた。
そしてよく見えないが、腰の位置には何やら銀の刺繍が入っているようだ。
僕はそこまで見てリーフさんが言っていた異端審問官のことを思いだした。
性別こそ違えど、服装はまるで同じ。
僕はとっさにリーフさんを見た。
彼女は見たことがないくらいに顔を歪め、その男のことを睨んでいた。
絶望と恐怖。そして憎しみが入り混じった顔。
それはまさしく、悪魔の形相だった。
「リーフさん……あれって……」
思わず発した僕の呟きに、リーフさんが頷く。
「異端審問官よ……ついに、見つけた。」
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