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アルネヴィルの動乱Ⅵ

アルネヴィル動乱編6回目です!

 空が紫色になり始めたころ…夜明けとともに魔物の襲来が始まった。

 冒険者、そして派兵された軍は、徹夜で作り上げた陣地の中で魔物を迎え撃った。


 草原からどんどんとやってくる魔物は、まさに街を飲み込む黒い波のようだった。

 僕はその時、昔日本で見た津波を思い返した。黒々とした濁流が人々や、その思い出を、そして人間の営みを飲み込んでいく様子。

 それを僕はテレビで見ていた。

 飛び交う怒号に、絶えることのない人の悲しみ、嘆き。


 一瞬にして人の命を奪う――決して人間の抗うことができない存在が、ここ異世界の地で再び僕の前に現れた。

 その濁流は刻一刻と街へと近づき、そしてついにその先頭が街へと到達した。


 城壁から鳴らされる鐘の音、そして見張りをしている盗賊などからあげられる狼煙、戦う者の怒号。


 それらがすべて今僕の目の前で交差していた。


 ――アルネヴィル防衛戦―――


 そう名付けるに相応しい、戦いが今ここに始まったのだ。


 ◆

 最初にやってきたのはゴブリンや一角ウサギ(ホーンラビット)、コボルト、そしてスライムなどのいわゆる下級・低位の魔物達であった。

 普段は相手にならないような、下級魔物であってもそれが数十、数百単位で襲い掛かってきたら話は別だ。

 レベルの差があったとしても、やはり物量にはどうしても押される瞬間がある。


 そんな魔物達に対して、先陣を切ったのは、ギルド長のガルドさんだった。

 陣地へと流れ込む魔物を、双剣で綺麗に切り裂いていき、さらには陣地を超えた先の魔物まで率先して倒しに行く。

 やはり元アストラ級の冒険者の腕は伊達ではなく、魔物達は成す術もなく、どんどんと切り裂かれて息絶えていく。


 その様子を見て、ガルドさんの指示に従う戦士職の人々も負けじと剣を振るい魔物を倒していく。

 序盤の優性は圧倒的に街側にあった。ほとんどの魔物達は陣地に到達するまでもなく切られて絶命していく。

 血の匂いが風に乗ってこちらまでやってきた。


 ある程度の数を――500匹くらいだろうか…?を倒し終わったところで、もう一度鐘がなった。


「よし、次は僕らの番だ。死んではダメだよ!」


 剣士職を仕切る〈三本木〉のキルシュさんのその合図とともに、戦士職が撤退をはじめ、前線での戦いは剣士職へと移った。

 序盤は両者の体力を温存させるために、剣士職と戦士職が交代で戦うことになっていた。

 しかし、剣士職は戦士職に比べて攻撃力は秀でているが、防御力は心もとないため、魔術職も加わる体制となる。


 魔術職も魔力を温存するために、極力継続的な魔術の行使は避け、局所局所を見定めて攻撃する。

 その指示を出すのが、魔術職を束ねるリーフさんというわけだ。


 僕たちは戦士職の人たちと入れ替わるように、陣地の先へと進み、さらに陣地を超えた先まで進んでいく。


 戦士職は負傷者こそいたものの、その傷は比較的浅そうで、決定的な死へとつながるものではなさそうだった。


 僕達が前線へと出ても、やはりやってくる魔物は下級・低位のみで、ほとんどの討伐が流れ作業のようにこなされていった。

 魔術職からの後方支援も相まって、みるみる魔物は倒れていき、戦い開始から約3時間ほどで累計1500匹ほどの魔物を討伐できたように思える。

 僕も最前線へキルシュさんと一緒に出て行き、魔物を狩った。

 的確に相手の攻撃を受け流しつつ、敵を切り裂いていく。


【剣聖】の権能は最初よりも、実戦を経験した今の方がはるかに研ぎ澄まされており、僕の動きからは無駄がなくなっていた。

 もちろん華麗な剣技を繰り出すことも可能だし相手によっては、力で押し切ることもできる。

 でも剣技の真髄はそこではなく、うまく相手の力を利用し、それを受け流し、そして最小限の力で相手を仕留めることにあるように感じる。

 この権能も、そういった華麗な技ではなく、どちらかと言えば身のこなしや剣でのさばき方を補強してくれているように思える。


 僕は一つ一つの動作を丁寧に、そして早くこなしていく。

 綺麗だった刀身は今や、光が見えなくなるほどに汚れ、血が滴っていた。


 何匹切ったのだろうか。


 数えてはいないが、ざっと100匹は切ったような気がする。

 でも、いくらうまく力を使っているといっても、やはり何時間も戦いっぱなしでは疲労が出てくる。

 そこでようやく鐘がなり、戦士職との交代となった。


 しかし先ほどから少数ではあるが、オークやトロールなどの下級・高位魔物の数も増えてきており、その対処に手こずる冒険者も出始めていた。

 特に下級冒険者たちは、それぞれの下級・高位魔物に非常に苦労していて、何度も危ない場面を目にしてきた。


 僕達はうまくまとまったまま陣地内へと下がり、そのまま戦士職と変わった。

 戦士職も今までのようにどんどんまえに出て行って戦うのではなく、徐々に陣地へと下がりその範囲で戦うようになっていた。


 再び前線に戻った戦士達も今までのように敵をいなしていくが、一体一体が強力になっている分、倒すのに時間がかかり他への対応が後手に回っていた。

 中には敵からの攻撃をもろにくらう者も出て来ていて、負傷者の数も増えてきた。


 ――徐々に押されてきている――


 それは誰の目にも明白なことであった。

 ギルド長や中級冒険者はまだ対応できているものの、下級冒険者たちにとってはかなりきつくなってきているようだ。


 そんなこっちの様子にはお構いなしに、魔物達はどんどんとやってくる。


「これはまずいね。僕達も加勢するとしよう。もう戦士職が持たなくなってきている。」


 キルシュさんの判断で交代制を辞め、僕達も前線へと参加することになった。

 たしかにさっきよりも、敵の強さは格段に上がっている。

 オークやトロールが繰り出す、一撃一撃は重く、攻撃を受けるたびに僕達から体力を奪っていった。


 ここまで何とか耐えていた、戦士職も限界が来たようだ。

 力で押し負けることも多くなってきて、じりじりと押されてきた。

 また致命的な怪我を負う者も少なくなく、戦場はまさに地獄と化していた。


 助けを乞う者、恐怖に慄く者、全てを諦める者


 そういった人たちから発せられる絶望が戦場をだんだんと支配し始め、目の前で散り行く命に全体の士気が下がっていた。


 冒険者たちで守り切れない側面を防衛していた領主様の兵たちも限界を迎えているようで徐々に押し込まれ、中には逃げ惑う者も出ていた。

 それは当然だろう。彼らはあくまで人間と戦うことを想定して訓練している兵なのだから、普段なれていない魔物への恐怖は冒険者の比じゃないだろう……


 僕も目の前で死んでいく冒険者たちを見て、心の奥底で恐怖と、そして痛みを感じていた。


『僕がもっとしっかりしていれば……』


 そう考えても無駄で、無意味なことくらいわかっている。でも、そう思わずにはいられなかった。

 同じ冒険者が目の前で無残に殺されていくのを見るのは耐え難かった。

 それでもその1人1人に一喜一憂している暇はない。そんなことをすれば自らの命を落としかねない。

 僕は目の前の光景に目を瞑りながら、剣を振り続けた。


 そこから無心で何体もの敵を倒し続けていったとき、ふと剣を握る手が軽くなった。

 そして自分の腹の中に何か暖かい物が動ているような感覚に陥った。

 それはとてもフワフワとしていて、つかみどころがない。でも、確実にそれは僕の中にある”ナニカ”だった。

 その”ナニカ”の輪郭がはっきりするにつれて、剣はさらに軽く、そして速く動くようになってくる。

 徐々に剣を振るう速度は上がり、先ほどまで耐えていたオークの攻撃も見違えるように遅く感じた。

 オークたちは僕の繰り出す剣に一切反応することなく切られていく。世界の進みが遅く、そしてゆっくりになっていく。


 そして僕は、自分の新たな可能性に気が付く。


 剣を振るうのをやめ、大きく息を吸う。

 僕は今や自分の中に眠る”ナニカ”を面白いほど理解していた。


「【剣嵐(ソード・テンペスト)】」


 僕がつぶやくのと同時に、周囲に無数の魔方陣が出現する。

剣嵐(ソード・テンペスト)】は、魔力で生成した剣を投擲する。【剣聖】の一系譜だ。

 僕は権能は今まで自分の能力を高めるものだと勘違いしていた。でも、そうじゃない。

 剣技の向上、体力向上なんていうのは【剣聖】の付属効果に過ぎない。


 この権能の本来の姿は圧倒的魔力量を背景にした剣術であり、自分で剣を生み出すことにある。


 無数の魔方陣が展開されると、そこから魔力で出来た剣が無差別に投擲される。

 この投擲は僕が辞めるまで、もしくは僕の魔力が切れるまで行われる。


 ◆


 アルネヴィル付近は出現した大量の魔方陣により埋め尽くされ、無差別に放たれる攻撃によって侵攻する魔物はその数を大いに減らした。

 誰しもが自分の手元から目を離し、その光景に目をくぎ付けにされていた。

 神話のような光景。草原に降り注ぐ、『剣の流星(つるぎのりゅうせい)』。


 近くの丘で戦いを観戦していたレオン=ヴァレンタインもその光景を眺めていた。


「【剣聖】ね……やっぱり”処分”だけじゃもったいないな。」


「ええ、ほんとうです……」


 レオンの横に座るセルマも同じように頷く。

 今の彼女からは、教会に居た頃の清廉潔白さはなくなっていた。

 黒のドレスに身を包み、背中からは2対の大きな蝙蝠のような羽をはやしている。

 しかしその美しさは健在で、今や妖艶な美しさを備えていた。

 レオンはそんなセルマの様子を見ながら、つぶやいた。


「あと少し…様子を見させてもらうよ。リュカ君。」


 もう太陽は真上に来ていた。

もし少しでも”いいな”と思ってくださった方がいれば、評価・コメントよろしくお願いします(^^)/

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