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アルネヴィルの動乱Ⅴ

アルネヴィルの動乱編5回です!

 その日の夜から夜通しで行われた作業は明け方には何とか完成し、陣地の形成に成功した。

 しかし、それで終わりではもちろんなかった。

 監視を担っている組からの報告では、魔獣の大群は第一陣があと1時間もすれば街へ到着するとのことだった。


 それが各職業のリーダー達から伝えられると、全体に緊張が走った。

 第一陣の総数は約5000。大草原の魔物達が一斉にこちらに向かってくるということだ。


 あと一時間……僕は一人でアルネヴィルの城壁に腰かけて遠くを見つめていた。

 大きな魔物の侵攻があるにも関わらず、遠くに見える大森林は静寂そのもので返ってそれが不気味に感じられた。

 僕はさっきのギルドの執務室での会話を思い出していた。

 リーフさんが僕に向けたあの顔が頭から離れなかった。

 彼女は僕に見せたこともないような恐ろしいような、悲しいような顔を見せた。

 僕が彼女の想いを無下にして傷付けてしまったのは確実だし、なぜかあの時リーフさんがすごく邪魔なように感じられたのも事実だ。


 なぜそのように感じられたのかはわからない。

 僕は今までリーフさんにはすごく助けられてきたし、彼女のことを”邪魔だ”なんて考えたことは一切なかった。

 でも、1つ思い当たるとしたら、僕あの時リーフさんのことなど見えなくなっていた。

 多分それはセルマさんの話を聞いたからだろう。でも、それだけでリーフさんを”邪魔だ”とまで思うだろうか。


『わからない』


 僕は視線を動かさずに、森を見つめていた。


「隣、座ってもいいかな…?」


 ぼーっとしていると聞き覚えのある声がした。

 振り返るとリーフさんが気まずそうに立っていた。


「どうぞ…」


 僕もさっきの事がある手前、あまり素直になれない。

 口から出たのは素っ気ない言葉だった。


 しばらくの間、僕達は一切動かずに遠くの森を見つめていた。

 森の木々が風になびく様子、そして森の後ろにある綺麗な満月を見ていた。


「さっきは、リュカくんの話を聞く前に1人で突っ走ってごめん…」


「いえ、僕の方こそ…すみません。リーフさんの気持ちも考えずに。心配してくれて本当にありがとうございます。」


 そこまで言うと、また僕達の間には深い沈黙が流れた。


「私には昔、とても大切な人がいたの。誰よりも愛する人が。」


 リーフさんの声は、いつもよりもさらに重く、そして泣いているようだった。

 彼女の方を向こうとしたが、手で押さえられたのであきらめた。女の子の泣いているところなんて見るべきじゃない。


「その人は私の生まれ故郷に住む、3個下の人だった。小さいときはほんとの弟みたいだったし、大きくなってからはいつも一緒に居たの。私が19歳になった時、その人から求婚されて、私たちは結婚した。結婚とは言っても、田舎の村だったし、そんなたいそうな式とかはしなかったけど、でもささやかだけど村のみんなに祝ってもらった。ほんとにその時は幸せだった。

 でもその幸せは長くは続かなかった。結婚してから一年が経とうとしたある日、村にある女の人がやってきたの。ほんとにきれいな人だった。名前は確かレイブン=ナッセル。彼女は聖教会の人だったんだけど、その服装は黒衣に白い外套をして腰には何か見たことのない銀の模様が入っていたの。

 彼女は数日村に泊まらせてくれって言って泊っていった。悲劇が起きたのは3日目の晩のことだった。村が不死者(アンデッド)の大群に襲われた。近くに墓地とかがあるような場所でもないのに、不死者の大量発生なんてどう考えても不自然だった。それに、その集団を率いていたのはリッチ・ロードだった。そいつは人の言葉を操って、私たちに要求してきたの。『転生者を差し出せ』って。

 私たちにとっても、何のことかさっぱりだった。でも、それを聞いた私の夫は顔を白くして、リッチ・ロードの前に名乗り出た。どうやら、私の夫は他の世界から生まれ変わってやってきた”転生者”らしかった。

 彼はそれまで戦ったこともなかったけれども、魔術の権能を持っていて魔術の腕前は私が見た誰よりもすごかった。人智を超えたとされる第6位階魔法を操って、数百体湧いた不死者を一瞬で倒して、そしてリッチ・ロードにまであと一歩のところまで迫った。

 でも、そこにあの女が来たの。レイブン=ナッセル。

 彼女は私たちが見ても嫉妬するくらいに綺麗な顔立ちと髪をしてた。

 彼女は何も言わずに、夫を吹き飛ばすと、リッチ・ロードを一瞬で消滅させた。あれは魔術なんて生易しいものじゃなかった…もっと世界を揺るがすような、世界に干渉するような力だった。

 夫はそんな女に立ち向かおうとしたけど、どんな権能持ちでも無意味だった。彼女は彼が出す全ての魔術を打ち消した。その戦いは――戦いっていうよりは、一方的な遊びだった。彼女はひたすら夫を遊びつくして、体力が尽きた夫を何かの蔦のようなものでからめとって押さえつけた。その蔦はどんどん抑える力を強めて行って、夫は次第に表情を歪めて言った。

 私たちが近づこうとしても、彼女の元へは一切近づけなかった。いえ、正確に言えば近づいた瞬間に何かによって首をはねられた。よくは見えなかったけど、何か、虫のような物だった。そして、終いに彼女は夫を潰して殺した。彼女はその時になって初めて笑ったの。本当に不気味な笑顔だった。人のできる顔じゃなかった。

 夫を殺し終わると、彼女は次はこちらを向いて手を振った。そうしたら一斉に私たちに粉のような物が降りかかってきて、みるみるみんな倒れていった。私は当時、彼に習いたてだった風魔術を使って跳ね返したけれど、全部は跳ね返せずに気を失った。

 気付くと、村のみんなは死んでいた。夫の死体は持ち去られていて、残っていなかったけど……そこには確かに夫の血の跡があった。

 そこから私はあの女に復讐する為に、冒険者になった。それで各地を巡ってあの女に関する情報を集めたけど、そんな情報は一つも集まらあかった。もちろん、聖教会も当たったけど、彼女の来ているような服を着て居る人なんていなかったし、あの紋章も見つからなかった。

 でも今から2年前、たまたま依頼で向かった村で彼女の来ていた服を知っているという老人を見つけたの。でも彼女はその内容について話したがらなかった。だけど、私が何度も何度も通って頼み込んだからついに教えてくれた。

 彼女が来ていたのは【異端審問官】と呼ばれる人々が来ている服だった。彼ら・彼女らは教会に歯向く存在、そして『転移者・転生者』と呼ばれる別世界から来た人々を殺すための存在。それぞれは大罪――憤怒・傲慢・色欲・暴食・嫉妬・強欲、そして怠惰の名を冠しそれに準じた権能を持つとのことだった。

 異端審問官たちは神出鬼没でどこに出るかわからない。しかも、その尻尾を掴むのはほぼ不可能。でも私は諦めるわけにいかなかった。」


 そこまで語ると、リーフさんは僕の方を向いた。


「だから、私は転移者が多いと言われる、この街に来て冒険者パーティーを組んだの。そうすればいつかは、転移者が来てそれを殺すために異端審問官が顔を出すんじゃないかって思ってた。でも、結局そんな日はやってこずに終わったわ。


 私はこの戦いで確実に死ぬ。


 でもやっとあの人の元に行けるんだから苦しいことじゃないの。でも、最後まで彼を死に追いやった”異端審問官”について何もわからなかった。それが唯一の心残りね。」


 異世界からの者を狙う存在――”異端審問官”――

 僕はそこで、前に鍛冶屋で会った男のことを思いだした。

 あの人が面倒を見ていた人もその”異端審問官”に殺されたのだろう。


 僕は今ここでリーフさんに自分が転移者であることを打ち明けようか迷った。

 そうすれば彼女は少しでも救われるのではないか。

 僕という転移者に会ったことで少しでも彼女の目標は達成に近づいているのではないか。

 そんな思いが僕を渦巻いた。


 でも結局僕はそれを告げることができなかった。

 リーフさんはそのあとすぐに立ち上がった。


「私はもう行かないと。ごめんね、変な話に付き合わせて!

 私は貴方がオーク・ロードの討伐に行くのももう止めない。

 でも、これは私の勝手なわがままなんだけど……お願い生きてね、リュカ君。

 私には君と……あの人がどうしても重なって見えるの。なんでかわからないけど、私は君にあの人の面影を見てしまうの。

 これが私の独りよがりで勝手なことだってわかってるんだけど、でも……それでも、やっぱりリュカ君には生きててほしい。

 ……

 今までありがと!

 貴方と出逢えてよかったよ。」


 リーフさんの手は堅く握られ、震えていた。

 僕はそんな彼女に何の声もかけてあげられなかった。


 ただただその後姿が、去っていくのを眺めているだけだった。


 言葉にならない感情で胸が詰まりそうだ。

 息が苦しい。こんな時、普通の人はどうしてるのだろうか。


 ベルドンさん、ミレイナさん、ガイルさん……セルマさん


 僕はどうしようもなく弱くて、最悪な人間です。

 僕は……僕は……どうしたらいいんですか?


 少しずつ赤らみ始めた空は霞んで、燃えているようだった。


もし少しでも”いいな”と思ってくださった方がいれば、評価・コメントよろしくお願いします(^^)/


いよいよアルネヴィルの動乱編…そしてリュカ編もラストスパートです!

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