表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/62

第一章:本の登場人物との出会い(二)

 頼光に導かれ、澪は夜霧の立ちこめる森を歩いていた。 足元の草はしっとりと湿っていて、踏みしめるたびにかすかな音がする。濃い霧は相変わらずだったが、不思議と頼光の背を見失うことはなかった。彼のまとう気配が、まるで道標のように澪を導いてくれている気がした。


「……こっちだ。もうすぐだよ」


 頼光がそう言った数歩後、ふいに視界が開けた。霧の晴れた月光が降り注ぐなだらかな丘の上に、それはあった。


 木々の合間に現れたのは、檜皮葺ひわだぶきの屋根と白い壁を持つ、雅な建築。大きな門に続く玉砂利の道、その両脇に控える松の木々。どこか懐かしさを覚える和の佇まい。けれど、どこか現実離れした静謐せいひつさを帯びている。


「……ここは?」


月影離宮つきかげりきゅう。俺たちのこの世界での拠点だ。月の御所というところから少し離れた場所にあるんだ。ここは、俺たちみたいな現世からの来訪者が滞在するために使われる場所らしい」


 門番らしき男がひとり、頼光の顔を見るなり頭を下げて門を開けた。何も言わなくても信頼されている様子が伝わってくる。中に足を踏み入れると、白い灯籠がいくつも並ぶ石畳の道が続いていた。静かに燃える蝋燭の光が、澪の足元を柔らかく照らす。


 回廊を歩いていると、ちょうど角を曲がった先から、ひとりの男が現れた。


 彼は澪と頼光に気づくと、鋭く整った目元を驚かせ、こちらに近づいてきた。銀色の髪をひとつに束ね、長身で頼光よりも細身ながら引き締まった体つき。服装は陰陽師を思わせるような装いだった。


頼光らいこうさん、帰りが遅い思たら、なんやお連れさんがいるみたいやなぁ」


 銀髪の男は、京都弁のような口調で軽快に話しかける。


「ああ、先ほど川辺で倒れていて、行くあてがないらしいので、とりあえず連れてきた。衣服が濡れているから、着替えさせてから後で正式に皆の前で紹介する。」


 澪に対する口調とは異なり、頼光はその男に対してはやや堅い口調で応じた。頼光の方が上の立場のように見えた。


「それはそれは、失礼しました。では、また後ほど」


 銀髪の男は澪を一瞥した後、軽い口調のまま、男はくるりと踵を返し、来た道を戻っていった。


「彼も、ここに来ている仲間のひとりで、俺を含めて五人いるんだ。後で正式に紹介するよ」


 頼光はそれだけを言い、再び歩き出す。澪もそれ以上は聞けなかったが、先ほどの男にどこかで会ったことがあるような気がして、記憶を辿っていた。けれど、こんな状況下ではすぐには思い出せそうになかった。



 やがて案内された一室は、木の香りが仄かに残る落ち着いた和の部屋だった。畳の上には座布団が整えられ、壁際には屏風が立てかけられている。床には小袖がたたまれていた。


「ここが君の部屋だよ。湯の案内は女中に任せるから、しばらくここでゆっくりしてて。少ししたら案内が来るはずだ。……何かあったら、遠慮なく言って」


「……ありがとうございます。本当に」


 頼光は一礼し、障子を静かに閉めて出ていった。澪はひとりきりの空間に取り残され、ゆっくりと肩の力を抜いた。ようやく深く息をつける。とりあえず、湿った服を脱ごう……と思った矢先、廊下の方から足音が聞こえ、それが部屋の前で止まった。


「あったかいお茶持ってきたんやけど、入ってええ?」


 障子の向こうから、先ほどすれ違った男の声がした。服に手をかけていた澪は慌てて着衣を整え、


「ど、どうぞ!」


 と声をかける。返事を聞いてから襖が開き、男が顔を覗かせた。


「ごめんなぁ、着替えようとしてたとこやったんか」


 足元の小袖に目をやりながら、あまり申し訳なさそうではない声色で軽く謝る。


「先ほど、すれ違った……」


「覚えててくれた? うれしいなあ」


 男はにやりとした笑みを浮かべながら湯呑を部屋の隅の文机に置いた。細く切れ長の目、笑っているようでどこか掴みきれない表情。顔の造形と言うより、その男の雰囲気に、まるで“昔どこかで見たような気がする”感覚が澪の中で強くなる。


「女中があいにく席外しててな。暇やったボクが来たんや」


(なんだろう。懐かしいような……でも、全然思い出せない)


「あの、私は澪といいます。お名前をうかがってもいいですか?」


卜部季武うらべ すえたけ言うんや。よろしく、澪さん」


卜部季武うらべすえたけ……この人も、酒呑童子しゅてんどうじ討伐に出てくる人物のひとりだ)


「よろしくお願いします。卜部うらべさん……とお呼びしても?」


卜部うらべでも、季武すえたけでも、なんでもええで」


 頼光とともに鬼の討伐に関わる人物が、自分の知り合いのはずはない。この既視感は、“もし知り合いだったら心強い”という思いがそう感じさせているのかもしれない。澪は、これは気のせいだと自分に言い聞かせた。


 茶の香りの向こうで、季武は逡巡する澪をじっと見つめていた。


「じゃ、ボクはこのへんで。もう少ししたら女中が湯に案内してくれるはずやから、ゆっくりしとき」


「あ、お茶、ありがとうございます」


 澪のお礼に手をひらりと振って、季武は軽やかに部屋を後にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ