第四章:怠け者だった男の国(九)
土の国:豊かな土地があり、農耕を中心とした月世の食を支えている国
物草家:土の国の当主を務める一族
物草聖:物草家の当主であり、土の国の主
月の宮:月世の都。頼光らが滞在している場所
月守:月世を統べる一族。月の宮の中枢にいる。
月守命:月守の当主かつ月世の頂点の存在。
「いやはや、お見事。まさか、これほどあっさり見抜かれるとは……正直、思っていませんでしたよ」
そう言って微笑む聖を、頼光らは固唾を飲んで見つめていた。
「おっしゃる通り、すべては私の差し金です。月守と陰陽師の双方から選ばれし方々とはいえ、果たして真に信頼を置ける実力をお持ちか、見極めさせていただきました」
「なぜ、そのような策を講じたのか。理由をお聞かせ願えますか?」
頼光の静かな問いかけに、聖は頷く。
「もちろん。既にご承知の通り、農夫の娘が姿を消したのは事実です。街の者たちは“何も見ていない”と申しておりましたが……娘がいなくなる数日前、何人かが見慣れぬ女を見かけていた。皆、他国から来た旅人と思って気にも留めなかったようですが、今にして思えば、鬼の一味だった可能性が高い。つまり娘の失踪には、外部の力が介在していたと見ています」
「拐かされたわけではなく、自らの意思でいなくなったということですね?」
「ええ。協力者が鬼なのか、人間なのかは判然としませんが、今回の失踪は明らかに計画的。もし仮に鬼が介入しているならば、鬼といえば古来から孤独を好み、群れずに動く存在。しかしこの件は、何者かが周到に動いた痕跡がある。鬼の側に何らかの変化が起きているということになります。無作為な襲撃ではなく、組織的に行動しているとすれば……こちらも対策を改めねばなりません」
聖は一呼吸置いて、重々しく続けた。
「それを見極めるためにも、月守の使者たる源殿が、本当に信頼に足る者かどうか試させていただいたのです」
その言葉に一同が沈黙する中、頼光が口を開く。
「策を弄した理由は理解しました。ですが、なぜ“事件の捏造”を?」
「……残念なことですが、行方不明者がひとり出ただけでは、事件性が不確かということで、月守の幹部は動きません。調査の要請を正当化するには、“連続する可能性がある”という印象を与える必要があったのです。猟師の件は、その布石として捏造したものでした。……見返りは与えましたが、彼には申し訳ないことをいたしました」
(口ではお詫びをしているけれど、この人……罪なき国民を平然と駒に使ったというのに、あまりにも軽々しく話す……)
涼しい顔で語る聖の態度に、澪は背筋が冷える思いがした。それに行方不明者への悔恨も薄く、その心の奥底はまるで見えない。
「……理由はわかりました。それで、“試験”に合格した我々に、次は何を求めておられるのですか?」
頼光もまた、内に不快感を抱えながらも表には出さず、話を先へと進める。
「理解が早くて助かります。実は、我が諜報網が鬼の目撃情報を捉えました。ただし、そこは”火の国”の管轄地。あいにく私は、”火の国”の領主と折り合いが悪く、直接の協力を仰げる立場ではありません。そこで、あなた方に調査を依頼したい」
「仲が悪いとはいえ、目的は鬼討伐。共闘は可能なのでは?」
貞光が静かに尋ねる。
「まさに、そこが問題なのです。なぜ火の国の地で鬼の目撃があったのか。……もし我々が言及すれば、火の国が“鬼と繋がっている”という疑惑が立つ。国家間の火種を生まぬよう、我らは手を出せないのです」
「つまり、火の国が鬼と内通している可能性がある。……そう見ておられるのですね」
貞光の問いに、聖は明言せず、ただ微笑みを返すのみだった。
「承知しました。我々は一度月の宮へ戻り、体制を整えます。その上で、火の国へ向かう準備を進めましょう。……月守側にも、火の国に疑惑が向かぬよう適切な“建前”を用意します。それでよろしいですね?」
「ええ。私の方でも、進展があれば使いをやらせます。……ご協力、感謝いたします」
「それで、その場所とはーー?」
頼光が最も肝心な情報の問いを投げかける。
聖も外に漏れぬようにと声を落とす。
「火の国と修羅の国の境界の一つ、”羅生門”です」
それは澪にとっては聞き馴染みのある名前だった。
その夜の夕餉に、物草聖の姿はなかった。食事は不要だとして寝殿には現れず、頼光一行だけの晩餐となった。
だが、周囲を囲むのは物草家の者たちばかり。何を聞かれているかわからぬ状況に、皆自然と口数が少なくなる。重い静けさの中、四人は静かに箸を動かしていた。
その中で、澪は目の前の羹に口をつけながらも、意識はどこか上の空だった。先ほど聖の口から出た「羅生門」という言葉が、脳裏から離れなかったのだ。
(羅生門……それは、渡辺綱ーー渡辺さんが鬼の腕を切り落とす話。時系列的には、酒呑童子を討った“後”の出来事とされている。じゃあ、ここは羅生門の世界?それとも、鬼は別にもう一体いるってこと?)
考えがまとまらず、いつの間にか澪の箸は止まっていた。
「澪さん、大丈夫かい? 具合でも悪い?」
優しい声がかかり、はっとして顔を上げると、頼光と視線が合った。自分が黙り込んでいたことに気づき、慌てて首を振る。
「い、いえ! 少し考え事をしていただけで……体調はまったく問題ありません」
心配をかけまいと、慌てて言い添えると、澪は気を取り直して黙々と食事を再開した。
「ずっと歩き詰めだったからね。無理はしないように。今夜は早く休んだほうがいい」
頼光は少し安堵したように微笑みながら、柔らかく言葉をかける。
その気遣いに心を温められつつも、澪は心の中でひとつ決意する。
(ここを出たら……碓井さんに、相談してみよう)
そう胸の内で呟きながら、澪は目の前のご飯を最後のひと口まで、しっかりと食べきった。




