表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/62

幕間:渡辺綱の独白

 離宮の裏手――誰も来ない兵舎跡の縁に、渡辺綱は膝を立てて腰を下ろしていた。


 頭の中ではまだ、あの女の強い眼差しと、怒りを滲ませながらも冷静な声が鮮やかに反響している。


(……私は、何をしていたのだろう)


 柄に手をかけたのは、本能だった。

 頼光様を惑わす“何か”があると見抜いたつもりで、あの女に問いを投げかけた。

 それが礼を欠く行いであることくらい、百も承知だった。


(それでも……間違いではなかったはずだ)


 頼光様は、誰よりも民を思い、己を律し、常に正道を歩まれてきたお方だ。

 浮ついた話ひとつ聞いたことがない。

 その方が、どこの馬の骨ともわからぬ異邦の女に、あれほど心を砕いておられる。


 この中で、最も長く頼光様に仕えてきたのは自分だ。

 他の者たちも、少なからず違和感を覚えているに違いない。

 あれは、確かに今まで見たこともない接し方だった。


 望月澪が見目麗しい部類であることは否定しない。だが、頼光様に言い寄った女人の中には、あれよりさらに美しい者もいた。


(……術でなくて、何だというのか)


 そう思った矢先、あの女の言葉が胸を貫いた。


『……お言葉ですが、仮に私が妖術使いで、源さんを誘惑していたとして――それを真正面から聞かれて“はい、そうです”と認めると、本気でお思いですか?』


(確かに……答えるはず、ない)


 そんなことは、わかっていた。

 わかっていても、疑いたくなるほど――頼光様の変化は、異質だった。

 それに、望月澪は昨日は所在なげにおどおどしていた。今朝だって、卜部殿の後ろに隠れるような様子だった。だから、少し突けば動揺を見せると踏んでいた。

そうして核心に迫れば、化けの皮が剥がれ、素の姿が見えると信じていた。


(……それにしても)

 あの女の口ぶり。


 自分の予想に反して返ってきたのは、正論と怒気に満ちた反論。

 頼光様を守るどころか、逆に危険に晒している、と言外に指摘されたのだった。


(私は、彼女を――望月澪という人物を、侮っていたのかもしれない)


警戒が完全に解けたわけではないが、少なくとも、彼女が頼光様に恩義を感じていて、害意を持っているようには思えなかった。


 それに、体格も力量も大きく劣るはずの彼女が、真正面から自分に言い返してきた。

 そんな女には、今まで出会ったことがない。


(本能は、まだ受け入れていない。だが――理性では、わかっている)


(――彼女は、おそらく“敵”ではない)


 手元の石を拳で叩く。

 音が空気を震わせても、胸のざわめきは収まらなかった。


「――何してるの?渡辺さん」


 声をかけられて振り返ると、そこには碓井貞光が立っていた。


「また望月さんのことで頼光さんに怒られたの?」


 感情の読めない顔で、淡々と訊いてくる。


「うるさい」


 そう返すと、貞光は勝手に隣に腰を下ろし、空を仰いだ。


「……お前はどう見ている、望月殿のこと」


「正直、怪しいとは思ってますよ。でも――あれだけ堂々と渡辺さんに言い返すなら、少なくとも後ろ暗いところはなさそうに見える。……まあ、それすら演技だったら大した悪女ですけど」


「……見ていたのか」


「ええ、あそこ、私もお気に入りの場所なんです」


 綱は唇を噛む。

 自分が受け入れられない変化を、望月澪に擦り付けていたのだと、ようやく気づいた。

 そこにどんな理屈をつけようとも――道理が通らなければ、それはただの八つ当たりだ。


(……謝らねば)


「……詫びを入れてくる」


「渡辺さんって、本当、真っ直ぐですよねー。……あ、そうそう。さっき頼光さんが、月守の報告の件で皆を呼んでましたよ」


「なっ……! それを先に言え!」


「えー、でもすぐ行ったら、頼光さんに合わせる顔がないと思ってたんで。私なりの配慮です。」


 先ほどより幾分かすっきりした表情で、綱は足早に広間へ向かっていく。

 その後ろを、貞光が苦笑混じりに肩をすくめながらついていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ