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心知らぬ死神の愛した世界  作者: 桐生桜嘉
第一章 自己嫌悪
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息の仕方

 空は完全に黒となって、散りばめられた光がぼんやり浮かぶ月を惹き立てる。

 そんな空を見上げながら深呼吸をした彼女は、ベランダの手すりに肘をつき寄りかかりながら、煙草に火をつけた。

 吹いた風から火を守ようにしてかざした手からは慣れを感じる。その時の彼女は、まるでそんな自分をあざけるようにして笑った。


「お前、煙草吸うんだな」


 そう声をかけると、彼女は体をビクつかせながら俺のほうに振り向いた。そして俺に抗議の声をあげる。


「いきなり現れないでくれる!?」

「なんでだ」

「わたしの! 心臓に! よくない!! 来るなら事前に教えて!!!」


 半ば叫ぶようにそう言われ、俺はそういうものなのかと納得した後「わかった、次からはそうしよう」と約束した。

 彼女は溜息をつくと、どこか気まずそうに俺から視線を外し俯く。その視線の先には、さっきまで吸おうとしていた煙草が転がっており、彼女は再び溜息をついた。

 なぜそんなに溜息をつくのか理解ができない俺は彼女の行動に首を傾げながら、さっき言おうとしていたことを彼女に投げかける。


「意外だな、煙草吸っているなんて」

「……どうして?」

「あまりお前から煙草の臭いはしなかったから」


 言葉通りの意味だった。彼女と初めて逢った瞬間から煙草の臭いを感じず、一緒に歩いているときには煙草を吸う人を眉間に皺を寄せながら見ているほどだった。勝手ながら、彼女は煙草が嫌いなのかと思っていたものだから、彼女が煙草を吸う姿を想像できなかった。

ただそれだけの意味だったのだが、彼女は俺の言葉に悲痛そうに顔を歪める。落ちた煙草を広い、そして無理やりな笑顔を浮かべながら彼女は言った。


「元カレの置き土産」


 その言葉に、俺の中にある彼女のものだった感情がざわめいた。それが示すのは、つまり彼女は自己嫌悪しているということ。

 そしてその自己嫌悪の感情は言うのだ、“哀れで滑稽で、醜い”と。

そうなることを自らしているということは、一種の自傷行為に成り得るだろう。そうして紛らわすしかないのかもしれない。


彼女は、まるで感情を押し殺すかのように唇を噛みしめた。


「――それがお前にとって、やっと見つけた唯一の逃げ道だったんだろ」


 気づけば、俺はそう口にしていた。

 俯く彼女の顔を覗くようにしてしゃがみ込んでみると、彼女は信じられないとでも言うように目を見開き、呆然としていた。


「息するのに必死なんだから、他の方法なんて見つけられるわけねぇだろ。そんな焦んな」


 彼女の感情を喰らう際に襲う、圧迫されるような痛みを伴う息苦しさ。よくもまぁ、そんなものを抱えながら動けるなと、その度に思う。

 そんな中でまともな方法が見つかるほうが珍しい。焦ったところで良い方法が浮かぶわけもない。


 俺は、自身を否定する彼女をなだめるように、代わりに認めるように、落ち着かせるように、少しでもその気が紛れればと彼女の頭を撫でた。

 すると彼女の目から零れるように涙が溢れでる。感情の吐露だった。


「余裕ができたら、気が向いたら、その時他の方法を探してみればいい」

「……その時って、くるのかな」


 不安そうにそう尋ねる彼女に、俺は堂々と「あぁ、くるさ」と答える。そんな俺に彼女は次に、なぜそう断言できるのかと聞いてきた。


「“今”がずっと続くわけがないから。実際、俺と出逢って、状況は少し変わったろ?」


 涙が頬を伝う彼女に、俺は続けて言う。


「お前が思っている“今”は、もう“過去”だ。俺がいるってことは、その感情を、もう独りで抱え込まなくていい」


 彼女の瞳から止めどなく溢れ流れていく感情に、俺は思わず笑った。そう、それでいいんだと、どこか満足している自分がいた。


「我慢すんな。俺以外誰もいねぇだろ」


 出逢ってから彼女の泣いている姿ばかり見ているというのに、それが悪いことだと考えることはなかった。「泣き虫だな、お前」と言いながら、彼女の頬に触れ涙を拭う。

 やがて脱力するようにその場に座り込んだ彼女を、覆い隠すように抱き、その背中を撫でた。



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