元凶
彼女はか細い声でぽつりぽつりと零すように少しずつ話し出す。
彼女には恋人がいたこと。その恋人に救われていたこと。そして、“他に好きな人ができた”と言われ、振られたこと。
「ほんとに、大好きだったんだぁ。顔も、目も、声も、仕草も、ちょっと……不器用なとこも」
1つ、1つ、今も好きであろうことを口にする度、彼女の足元の砂にはシミができていった。
「全部、大好きだった」と言う声はか細く震えていて。それなのに、腕の隙間から見える彼女の口は笑みを浮かべていた。
「振られたっていうのに、好きって感情は薄れるどころか強くなっていてね。でも行き場がなくて困ってるの。どうしたらいいんだろうね。さっきもさ、来るはずもない連絡を期待して見ちゃったり、幸せだった時のことを振り返って余計に自分の首絞めてるの。バカみたいでしょ」
彼女は大きくため息をつく。まるで自分自身に呆れているようだった。
涙を拭い俺の方を見た彼女の顔は、苦しそうに歪みながらも、必死に笑顔を浮かべていた。涙ごと何かを拭ったようだ。それがどんなものかはわからないが、彼女が笑顔で覆い隠した何かなのだろう。
しかし、なぜ彼女は笑うのか俺にはよくわからず、単純に気になって問いかける。
「なんで、笑うんだ」
「え?」
「辛いんじゃねぇのか?」
すると彼女は数回瞬きをしながら、その視線は徐々に下を向いていき、そのまま俯いてしまった。
「似たようなこと、彼にも、言われたなぁ……」
その呟きはどこか恨めし気で、俺は「聞かないほうがよかったか?」と聞くものの、彼女は首を横に振って話し始めた。
「……わたしね、重い雰囲気にするのが怖いんだ。“重い”って、拒否られたら、結構きついじゃん……? それで、重くなりそうな話だとか、相手にとって面倒くさいって思われるような話は、できるだけ軽くしたくて、笑う癖がつくようになった」
それは、彼女の経験談のような気がした。過去にそんな経験で辛い思いをしたから、その“結構きつい”ということがわかるのだろう。
しかし俺には、彼女が必死に笑顔を貼り付けようとしている理由はそれだけではないように思えた。
「それだけなのか?」
「それだけって、そんな軽いものじゃないんだけど」
「あぁ、いや、別に軽いと思ったわけじゃねぇ。気に障ったなら謝る。――ただ俺には、お前が自分自身を騙そうとしているように見えてな」
そう思ったのは、彼女がこの話をしていないとき、つまりは契約を結んだときにも、歪んだ笑みを浮かべていたからだった。
俺が“一気に全部の感情を食らうことができない”と伝えたときも、声は明らかに気落ちしたそれだったというのに、顔は笑みを浮かべていた。
なぜそうするのか、というのは俺にはよくわからず、彼女の言った理由だけでは辻褄が合わない部分があって、単純に興味本意で聞いただけだった。
だが、彼女は俺の言葉を聞いた瞬間に、突然顔をあげ俺の顔を凝視してきた。
彼女の表情は、目を見張り眉間に皺を寄せた、悲痛さが混じる驚きの感情を浮かべていた。