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心知らぬ死神の愛した世界  作者: 桐生桜嘉
序章 終わりと始まり
1/16

最期


 金木犀――咲いてからの命はたった一週間しかない、香りが印象的な秋の訪れを知らせる花。四枚の花弁が合わさった小花を枝いっぱいに咲かせる常緑高木。花言葉は――


――【初恋】。





 ――『愛してる』――


 最期にそう言った彼女の声は、どんな声だったか。

 今となってはもう思い出すこともできない。ただその声を聞くと、陽だまりの中にいるかのようにとても心が安らいだ。


 最期にそう言った彼女の顔は、どんな顔だったか。

 朧気ながらも、優しく柔らかい、儚い微笑みだったことを覚えている。

 確か、涙は流していなかったはず。けれど、目に湛えた涙が陽の光に反射して、宝石のように輝いていた。

 これから消えゆく人とは思えないほどの、はっきりとした光と希望を宿していた。

 その瞳に映る自分は、絶望に打ちひしがれ、まるで幼子のように頬を涙で濡らし顔を歪めていたというのに。


 彼女の細くも柔らかな、しかし皺が多くなった手がのびてきて、俺の両頬を覆う。彼女の額と俺の額が触れ合い、彼女の瞳が間近に迫って――


――『待ってて、必ず見つけるから。その時は今度こそ、感情の贈り合い、しようね』――


 彼女の片方の手に重ねるようにして触れる。生きていた彼女と違って、温度を感じることはできなくて――それが今起きている別れが現実であることを思い知らせてくる。

 思わずその手を捕えておこうとするように掴んだ瞬間、徐々にその感触が曖昧になってきて、彼女の体が淡い光を帯び始めたことに気づいた。


――『大丈夫、また逢えるよ』――


 何の根拠もない言葉。

 普段ならそんな言葉を真に受けることはしない。けれど、それに縋る以外の感情の抑え方がわからなかった。


 不確かなものを少しでも確実にしようと足掻くように「約束だ」とか細い声で言えば、彼女は「うん、約束」と眩しいくらいの笑顔を浮かべながら言った――。





「――結局、逢えなかったじゃねぇか、嘘つきが」


 彼女が住んでいたときのまま残る部屋の中で窓を開け、窓辺に腰かけながら枠にもたれるようにして天を仰いだ。

 口をついて出た口調は思いの外柔らかく、自分の口角も僅かながらにあがっているようだった。

 恨みったらしい言葉を吐いたものの、存外己の最期は穏やかで、悪い気はしなかった。

 彼女を待っている時間は思い出に包まれていて、苦いことばかりではなかったからかもしれない。


 夕日に照らされる中、金木犀の香りが鼻孔を擽る。秋の訪れを知らせ、同時に彼女との出逢いを想起させる香り。そして幾度となく繰り返される季節の中、重ねた彼女との時間がアルバムをめくるが如く頭を過る。

 目を瞑り、その香りを堪能するように深呼吸をした――……



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