第1章 第6話 【初めての鑑定】
夕暮れと共にそよぐ風はなんと気持ち良いことだろうか。
さて、そんな中散歩感覚で換金に向かおう。
昔きた記憶を頼りになんとなしに、鑑定屋へ向かう。
『鑑定』スキル。さまざまな鑑定の種類があるが、物の売り買いで使われる『鑑定』スキルは『目利き』スキルだ。素材がちゃんとしたかどうかがわかる『鑑定』スキルの1つである。
でもそんなの言ったもん勝ちではないか?と言われるかもしれないが、本当にそのスキルを持つかどうかは”スキル授与式”の際に渡される『スキルカード』で判定することができる。
『スキルカード』と言うのはスキル鑑定板の一部で作られており、その持つものの『スキル』が書かれるカードである。もちろん、持ち主に反応するために複製できるものではない。なので、その『スキルカード』を用いて、自分は鑑定士であることを証明し、商売をしているのが巷の鑑定屋、となっている。
ちなみに僕の『スキルカード』には『なし』、と書かれている。実にさもしいカードである。また、僕は”スキル授与式”のことはショックすぎてカードをもらったことすら覚えていない。なので『なし』と書かれた『スキルカード』がいつのまにか手元にあり、それはお前はスキルも持たない無能であるという事実だけ突きつけられているようで、このカードを見ると悲しくなる。
うむ。あの時のことは悔しさとして、この分を糧に、今を頑張ろう。
しばらく歩き、少し路地裏に入ったところに、その鑑定屋はある。
「こんにちはー」
扉を開けると、たてつけてある鈴が鳴り、僕が入ってきたことが店内に響く。
「はいいらっしゃ、ってセイバーか?すごい久しぶりだな!元気にしていたか?」
40代くらいの、見た目も優しそうな、元気溌剌としているが物腰が柔らかいおじさまな店主がカウンター越しに挨拶をくれる。
「店主さんお久しぶりです。なんとか、元気にやれてます」
「それはよかった。今日はどうしたんだ?」
「ちょっと鑑定して売りたいものがありまして」
「お、遂にダンジョンに行ったのか!ずっと修業中の身でってなんか死にそうな生活してたよな。頑張ったんだな•••。よし、見よう。少し色もつけれたらつけようじゃないか」
店主は僕が『祈祷のダンジョン』巡りの時に、なんとかお金になりそうなものを売って、その日暮らしをしているときにすごいお世話になった。僕がスキル『なし』と言うことも知っている。それでも冒険者になることを応援してくれて、時々援助もしてくれた、あの時を支えてくれた、本当に恩師の方なのだ。
「はい!店主さんのおかげでなんとか活動始めました!さっそく、なんですけど•••広い部屋とかってあります?」
ケルベロスの半身と言えど、僕の背の何倍もある大きさだ。この鑑定屋は、買う際は店主にどんなものかを言ってそれに見合った物を後ろの部屋から出してきたりするために、接客スペースである部屋自体の大きさはそれほど大きくない。なのでケルベロスを巾着袋から出そうと思うともしかしたらつっかえるかも知れない。
そもそも、このスペースで巾着袋から出そうと思ったらどうなるんだ?
『たぶん出ないと思うわよ』
あ、そうなんです?
『まあ大きい物を小さい場所に押し込むようなものだから、出す際につっかかて出ないと思うわ』
へー。出す時はちゃんと物理法則に則られるんですね。
『そういうこと。大きさに関しては、ただ空間を捻じ曲げてるだけだからね。出す時の物理法則は出す側の現実に適応されるってわけ』
「お!そんなに大物なのか?外に置いてあるのか?そうだな、俺の大きめの物品を置いてある広い倉庫がもうひとつあるからそこに案内しよう。ちょっと外で待っていてくれ、今裏から出るよ」
店主はカウンター裏の部屋へ行き、色々と戸締りをしてから出てくるようだ。
僕も言われた通りに外に出る。
「ん?物はないのか?」
「いや、あるんですけど、ちょっと特殊でして•••」
「もしかして特殊アイテムなのか!?これはこっちもなんだかわくわくしてきたな。よし、いこうか!」
▽
少し歩いていくと、すこし街から離れた場所にレンガ倉庫が並ぶ場所が見えてくる。街の離れではあるが、そのレンガ倉庫の並びに情緒を感じる。
「いい景色ですね」
「お、セイバーもそう思うか?ただの倉庫が並んでるだけだが、俺もこのレンガ倉庫の並びが好きでなあ。結構気に入っているんだ」
そう言って自分の倉庫まで行き、慣れた手つきで施錠を外す。
中は普通の一軒家よりも少しほど広い広さと高さが広がっている。そして、そのところどころに商売道具が敷き詰められているが、その中央には大きなスペースが空いている。
うん、まあ•••これなら大丈夫かな?
「ここくらいの広さがあれば大丈夫か?」
「たぶん、大丈夫だと思います!」
僕は腰にかけてある巾着を持つ。
ん?それか?と言われるが、僕はそのまま巾着を裏返してケルベロスの半身をだす。
ずもおっと、商品が置いてないスペースにケルベロスの半身が出る。
おお、結構ぎりぎりだけど、なんとか置けたね!
「これです!どうです?お金になりそうですか?」
店主さんの方を見ると、いつもの物腰の柔らかさからは想像できないくらいに口と目が開いていた。
「お、おま、せせせセイバー、これ」
え、え?なんかまずい?
「どどどど、どしたんですか店主さん?これじゃあやっぱり売り物になりません?」
も、もしかして半身の状態じゃ、やっぱり状態悪すぎるのかな?
「けけけけけ”ケルベロス”じゃないかぁ!!しかもこんな今死にましたみたいな新鮮な状態で!!こ、こんなんとんでもない価格で取引されるぞ!!!」
とんでもないくらい乱れている。あの物腰の柔らかい店主が。
『そりゃそうよ。エクストラダンジョンの最終階層主よ。『奈落』なんて世間では噂くらいのダンジョンなんだから』
『まあその最終階層主が目の前に現れたらこうなるのもわからんでもないですな。しかも、このお方は鑑定スキルを持っている故、より本物ということがより自身の身に伝わるでしょうし』
確かにそうか•••。僕だって『奈落』のダンジョンに入るときは、僕があのダンジョンに入れるなんて思わなかったもんね。その時は確かに、僕の心の中もこんな状態だった気がするよ。
「おいセイバー落ち着け!!」
「はい、僕は落ち着いてますよ。なので店主さんもいったん、落ち着きましょう?」
おおおおおっけーおっけー、と震えながら深呼吸を繰り返す店主さん。徐々に興奮もおさまってくる。
「すまんセイバー、取り乱した。これ、どっからどうみても俺の鑑定ではケルベロスなんだが、本物か?」
「いや、僕よりも鑑定スキル持っている自分を信じてくださいよ」
どうやらまだ動揺しているようだ!
「なんと、な•••」
ふぅとひと息つく店主さん。
「ひとまず、値段は今日つけれない。価格が予想できないからだ。すまんが鑑定ギルドに価格の審査を頼ませてもらう。だが、あの『奈落』のケルベロスだ。恐らく莫大な値段がつく。すまんが前金で100ゴールドだけ渡しておくけどいいか?」
100ゴールド!?
『やったわねセイバー!』
『これで当分生活できるでありますな』
2ゴールドで大体、大人の平均月収となっている。それが100!とりあえずは今日の宿は泊まれそうだあ。
「ありがとう店主さん。これでなんとか生活できるよ」
「いやこちらこそありがとう。こんな代物まさか自分が捌くとは思わなかったよ。とても良い物を見さしてもらった。素材はいらないのか?それとももう一方の半身を素材として持っているのか?」
「素材はいらないですよ。あともう片方の半身も戦闘で形が残ってないのでそれだけになりますね」
「そう、か•••それにしても、なんとまあセイバーがなあ。スキルが『ない』のにダンジョン攻略を目指しているって言ってた時は正直大丈夫かと思ったが、相当頑張ってたもんな。いやあ、俺も報われた気分だよ。本当に、相当いいパーティに出会えたんだな」
「ふっふ。店主さんのおかげですよ」
『あ、この人!セイバーがソロ攻略したって思ってない!』
仕方ないですよフォトゥナ様。普通スキル『なし』がダンジョン攻略するなんて、魔族以外考えられませんもん。
『そもそもダンジョンを攻略すること自体、パーティ攻略が前提なことが一般ですからな。スキルの有無に関わらず、ソロ攻略は頭にないでしょうな』
うんうん。これでよい。それだけでも店主さんは報われたって喜んでくれてるんだから。僕も嬉しいよ。
「立派になったなセイバー•••。と、仕事の話に戻るが、鑑定ギルドに査定してもらう費用だけ、もらうぞ。本当は何パーセントって手数料が一応俺の店でも決まっているけど、今回はセイバーの門出だ。査定で発生した費用だけで良い。あとは全部セイバーが使ってくれ」
「いや、半々にしましょう。半分受け取ってください。あの時に支えられて今の僕があります。だから半分受け取ってください」
今僕があるのは紛れもなく、店主さんの助けがあったからだ。スキル『なし』の僕でも、分け隔てなく接してくれたから。その真心にはあの時、非常に助けられた。だから是非とも報酬は、僕の半身と思って受け取ってもらいたい。
「いやいやいや」
店主さんはそんなには貰えない。セイバーのお祝いもあるんだ、と譲らない。
「いやいやいやいや」
僕も譲らない。
「いやいやいやいやいや」
「いやいやいやいやいやいや」
いやいやのやり取りを何回しただろうか。2人とも我に帰っておかしくなって、お互いに笑い合った。
それから、取り分は半々、前金は100ゴールドで落ち着いた。
▽
さて。今は夜になる一歩手前。日も落ち、街灯もつきはじめた。
このまま行くと夜になるかもしれないけど•••冒険者ギルドへ、僕、いきまあす!!