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汽車に飛び乗る

作者: みみずく

物欲女王になる過程

お金は無かった。

それなのに立派な家に住んでいる矛盾には笑うしか無かった。

住宅ローンの返済に終われ日々貧乏暮らし。


33歳の礼子はそんな女子高生時代の冬を思い出す。

2007年11月。

携帯電話を同級生が取っかえ引っ変えと買い換えているのを尻目に、電波が届かないという理由で一昔前の形のものを高校入学後から使っていた。薄型とは程遠い分厚いラベンダー色のずんぐりとした携帯電話。


100円ショップのデコレーションシールを貼ったそれをベッドに起き、椅子に座り考えた。


お小遣いはこれだけだからこれで基礎化粧品を買って、雑誌のセブンティーンも買ったらあとはこれだけ。さあどうするか。


暖房の入らない西側の寒さが厳しい部屋で礼子は唸っていた。

有り金が少ない。貯金はいざと言う時のためでそれが総額いくらあるのかは分からない。たぶん5万円くらい。


毎月の小遣い等はなく、必要な時に貰うのが常だった。しかし家が貧乏なのは重々承知していたのでそうそう頻繁に催促など出来ない。


バイトもしたいが容姿が悪くコンプレックスの塊なのでとてもじゃないが恐ろしくてできない。

バカ。ブス。デブ。鈍臭い。

どれだけの言葉を小学校で浴びせられただろう。


幼稚園までは明るい子供だったが、小学校に上がってからはあまりの愚鈍さに級友からはいじめられる日々だった。


唸り声が溜息に変わり、窓の外を見つめた。

空は真っ白で山は茶色がかっているが所々白い。


華やかな青春時代を送ってるはずなのに地味な生活だとしみじみ思った。

けれど、それも悪くないと感じていた。


好んで読んでいる小池真理子の「恋」には貧乏な学生生活が描かれている。

もし大学に進学出来たら、文学部に入って昭和の空気の漂うアパートを借りて、お茶の葉を畳に撒いてホウキで掃除しよう。

と云う風に気がつけば妄想に明け暮れていた。


肝心の勉学はあまり進まず頭を悩ませている。

県立の通信制高校に通っているが、レポートが難しいのだ。

全日制に通えるだけの気力は小学校のいじめで意気消沈し、中学で全てを放棄した礼子には残っていなかった。

それでもやらないと、と人見知りな自分を押さえ込み、担任教師に質問してレポートを仕上げている。

将来何になりたいと聞かれても、資格のある職しか思い浮かばない。


そこそこの大学に入ってやりたい事見つけて……。なんて事はある程度裕福な家庭の子供が選べる選択肢であり、自分の様な余裕のない家庭の子供は手に職をつけてなんとかの独り立ちをするしかないのだ。

美容師か和裁士か調理師か保育士が候補に挙がっているがどれも自分に向いてるとも思えなかった。


身を竦めながら使いづらい携帯電話でメールを確認すると友人の愛紗から「学校終わったから遊ぼう」と連絡が入っていた。

愛紗は小学校からの同級生であった。全日制の高校に通う彼女を礼子は尊敬していた。


返信をしてからマフラーを巻いて身支度を整えた。礼子の母はコート等の上着を着る習慣が無く、買ってくれた試しもなかった。

礼子は真冬でも春夏物のカーディガン1枚で寒さを凌いでいた。


コーディネートをするのがめんどくさくて中学時代の制服をアレンジして着ている。

襟に3本の白線があるのにタイは赤色で胸元当ても無いださいセーラー服だった。

母親に胸元を隠す紺の布を縫い付けてもらっていた。

スカートは母親の通販雑誌にあったなんちゃって制服の紺のプリーツスカートを膝丈にして履いている。


一体どこの高校の子だとスーパーなどではジロジロと見られるが構わなかった。

全日制に通ってみたかったという、叶える気もしなかった夢を追いかけているので良いんだと思っていた。


準備が整い机に向き、可愛い耳あても欲しいなあと開きっぱなしにしているファッション誌を見て思った。


自転車に乗って風の強い堤防を走り抜く。

もうすぐしたら待ち合わせに使っている大型スーパーマーケットが見えてくる。

一体私はこれからどうなりたいのか。

心身も財布も未来も冷えきっている礼子は冷たい空気を頬に受けながらペダルを漕いだ。1000円で買ったスリッポンはもうボロボロだった。

汽車に乗る金も惜しい。自転車で行けば200円お金が浮く。



礼子の家庭は贅沢は敵な家だった。が、矛盾した金遣いの荒い家でもあった。

両親に礼子と弟の友也の4人暮らし。

母親は毎日ワンカップ日本酒を何瓶も開けて飲んでいるが、礼子の服飾に関しては財布の紐が固く「1800円?高いわよ買えない」と常に言っていた。

このことが原因で礼子は大人になってから服飾に関しては見栄を張るようになるのであった。


弟に関しては専用のパソコンを買い与え常に張り付かせているのに対して、なぜ自分は少ない小遣いでやりくりして娯楽や大人になるための準備をしなくてはならないのだろう。


礼子の中で、でもそれは仕方がないという言葉が鳴り響いた。

こんなグズが何をしたって一緒じゃない。

弟は長男だから両親も甘いのだ。

長女は所詮我慢するしかない生き物だ。

呪いの言葉のように心の中を渦巻いた。


スーパーマーケットのベンチで持ってきた水筒のお茶を飲みながら愛紗と話す。

「工業高校の滝川くんが気になっててさ」

「えーなぜに工業の子と知り合うのだ?」

他愛もない話を延々と繰り返す。

愛紗も裕福とは言えない家の子供であったので、カフェやファミレスで語らう等とは提案し合うこともなかった。

大きな川にかかる、歩行者と自転車専用のふれあい橋という橋で夏場はずっと語らった。

愛紗は彼氏を取っかえひっかえしている、なぜ一人の人を愛せないのかと礼子が質問したが答えは曖昧だった。

「なんかね、すべてを包み込んでくれそうな気がしてたの。でも違ったんよねえ」

人を好きになることはあっても、愛することはまだよく分からない礼子はそれ以上質問しなかった。

彼氏依存症の愛紗と地味な生活を良しとする礼子は良いバランスを保っていた。


礼子の趣味は読書であった。

漫画から詩集に小説と活字であればなんでも喜んで目に入れた。

本屋に行けば常に心が踊り、好きな本を何冊も買えたらと夢想した。

図書館の本は年季が入り過ぎてて出来れば触りたくなかった。中途半端に潔癖症なところが礼子にはあった。

そのくせ古本屋の本はまあいいかと買っていた。買ってしまえば自分の空気に染まり、その本は自分の一部となる気がしたからだ。

新古書店のチェーン店で安くて面白そうな本を物色した。

何が面白いのかもよくわからないので国語の教科書に書いてある作家の本を探す。



時は令和、33歳の礼子は、特典欲しさに好きな漫画の単行本の同じ巻を何冊も買っている大人になっていた。

こういう行動で明日の仕事中飲み物代にも困る始末になる事を重々承知しているのに繰り返していた。調理師になった礼子は仕事中体力に汗をかくので飲み物の量も半端なかった。

特典が欲しい、それだけでは無い。好きな巻を沢山持っていたら車の中やカバンの中等に入れられる。いつでも好きな漫画を目に入れることができるのだ。

だから必要と自らに言い聞かせて買っていた。


好きな漫画があるだけでマシだと思っていた。一時期は何にも興味を示せずにいた。

本屋に行っても何を書いてあるか分からない新書や指南書だらけで、やれエコだの多様性だのと頭の痛くなる言葉が並んでいて苦痛の空間となっていた。

しかし好きな漫画が出来ただけで、本屋は艶めかしい場所に変わり、オシャレをして出かけたくなるようになった。


小説はまた読もうという気にはなかなかならなかった。何年か前に母親から借りた話題作は面白かったがそれ以来読んでいない。

読むとすれば気に入ってる作品だけ。

新規開拓なぞ興味を持てなかった。


しかし、久しぶりに図書館に行くと心が弾んだ。読みたいと思ってた作家、懐かしい作家の本が取りやすく並べられていた。

思わず本を手に取り気がつけば持ち運び用籠に数冊いれていた。


借りた後は近くの喫茶店でゆっくりと読んだ。

贅沢な時間だと満ち足りた気分になっていた。


コーヒーを飲み小説を読み進め、ふと外を見る。 単車が走り去って行く向こう側に生花店の多肉植物が所狭しと鉢植えに植わっている。


こんな光景も小説にすれば面白いのでは無いか、弾む気分でスマホのメモ帳を開いた。


書いていくうちに忘年会の時間が迫って来たことを思い出した。

会計を済ませて、小銭を数えて歩いて駅に行く。


定刻通りワンマン汽車がやってきた。

プシューと音が鳴ると同時にドアの開閉ボタンが光る。

ボタンを押して飛び乗った。


1駅先にある主要駅前の居酒屋で行われる会社の忘年会。

自分も遠くへ来たものだと思いながら車窓の外を見た。

愛紗とは年に2回ほど会う程度の付き合いになっている。

シングルマザーで1人子供をたくましく育てていた。


あの日高校生だった私も今の私も何も変わってない気がした。

好きなものは好きで、尚且つ金は無いのだから。


汽車から降りて繁華街へ向かって歩く。

頬を撫でる風が一段と冷たい。

世界が家と学校と小説の世界だけだったあの時に比べたら、また違う景色が広がっている今が面白かった。


「さてさて飲みますかー」

信号で止まっている時に小さく独り言を言って、青色に変わったと同時に進み始めた。


時川礼子の冒険、さてお次は?

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