結婚前の不安
よろしくお願いします。
コンシューリ領訪問は、結果とても楽しかった。
王都へ戻った今も、何だか気持ちはコンシューリ領に残してきた気分だった。
私達の結婚式は初冬。でもまだ雪が積もる程ではないので、結婚式が終わったらすぐにコンシューリ領へ行くことにした。
あんなに冬の話を聞いたら、それはやっぱり経験しないと何もわからないと思ったからで、研究所も冬は閉所して皆は魔法師団へ一時的に戻ることとなった。
「冬場はコンシューリ領の経営だけに専念する。それ以外の季節は、ほとんどを王都で過ごすことにした。社交もあるしね。もちろん、夏に避暑で戻りたいならいつでも戻りましょう」
カントはさっさと決めていた。
カントがお父様にそれを伝えたら、『そういうことは、決める前に相談してほしい』と一言だけ言われたらしいけど、カントは気にしていないからこれからもこんなに感じでいくんだろうな、と思う。
結婚式まで一ヶ月を切り、本当に忙しくなってきた。
主に私を磨き上げることと、最終的な詰め込み教育。
カントはそんなに忙しくないようで、毎日私が色々な知識を叩き込まれているのを、お茶を飲みながら見ている。
復習的なこともあるけど、大変なのは社交に関してのことだった。
候爵夫人になるからどんな人をお茶会に呼ぶとか、相手の爵位によって贈り物のレベルはこのくらいとか、ともすれば忘れてしまいそうな細かいことだらけだった。
王女が降嫁したということも考慮しなくてはいけない、とかも言われ、すっかり疲れてしまった。
こんなに疲れた時は、メイド達のマッサージが癒やしの時間。
メイド達は私が結婚したら『研究所付きのメイド』になるので、マッサージはしてもらえない。
マッサージが上手なメイドを雇おうかな、とカントに相談中だ。
マイリーは、驚くべきことに私が結婚してもついてきてくれるそうだ。
マイリーの結婚相手は、カントの侍従となる為に魔法師団を既に退団して、カントについている。
カントの侍従ということで、本来なら職場内まではつかないけれど、護衛も兼ねている契約らしく研究所にもついてくる。当然、今までやっていた研究に手を出すし口も出す。
書類上の雇用主が変わっただけで、やっていることは変わらない。
丸くおさまったということでいいのかな。
結婚式の三日前になって、ようやく忙しい諸々から開放された。
気持ちも開放されて、今日は欠伸がやけに出る。
さすがに王女なので、大口あけてふぁ〜とはできない。
噛み殺して涙が流れ、少し経つとまた欠伸を噛み殺して。
少しでも昼寝すれば良いのだろうけど、生活のペースが乱れると式の最中も眠くなるかもしれない。だから我慢して起きている。
今週から研究所はお休みになり、所員も皆魔法師団へ戻っている。
だから私は自室にいるけど、それがさらに気の緩みに拍車をかけて眠気を誘う。
マイリーは気を使って、少し濃い目のお茶を入れてくれた。
飲んだ時は少し目が冴えるけど、すぐに慣れて眠くなる。でも気持ちはありがたい。
私達は式の二日後にはコンシューリ領へ向かう。
私はカントと二人で、私の荷物が部屋から出ていくのを見ていた。
タウンハウスに持っていく物と、カントリーハウスに持っていく物にわけてあり、今運ばれていくのはカントリーハウスへ向かう荷物。
タウンハウスに向かう荷物は、式の最中に運び出される。
この部屋は空っぽになる。
約二年前、この部屋で生活を始めた時のことを思い出していた。
突然王女だと言われて、驚いたな。
指輪のような痣を見て、結婚したら消えてしまうのかと寂しくなる。
カントは、ピンクゴールドで指輪を作ってくれていて、コンシューリ領へ向かう前にタウンハウスへ持ってきてもらう手はずになっている。
この痣が光るのを、一度だけカントにも見てもらった。
カントはその時から、私の左手の痣にキスをするのが決まりとなっていて、この痣が消えるのを残念だと言っている。
こういう不思議な現象、カントは好きそうだから、きっともっと前に見ていたらどんな原理が調べていたんだろう。
カントリーハウスへの荷物は、全ての荷物の三分の一で、使用人たちの手で速やかに運び出されて部屋は静かになった。
このあと、ウィズレッド公爵とカリアさんがこの部屋を訪ねてくる予定になっている。
カリアさんは、行方不明の王女探しの他にも仕事はたくさんあるようで、相変わらず宿屋をしながら飛びまわっていると聞いた。
今日は、暫く会えなくなるから、と私からの願いを聞いてもらった。
約束の時間ちょうどに二人は来た。
カリアさんはドレスを着ている。
ウィズレッド公爵は以前と同じ優しげな雰囲気で、隣に宰相もいた。
その後ろにはダグラスとリカルドもいて、ああ、あのときの面子だと思わず笑みがこぼれる。
マイリーがお茶を淹れて、すぐに下がっていった。
「懐かしいですね」
「シャーロット殿下、ご無沙汰しております」
私が話しかけると、カリアさんは少し畏まって答えた。
それが寂しくて、誰もいないから楽に話しましょうと言うと、少し笑って『そうしますね』と言ってくれた。
「あの面接の時の顔ぶれですね」
「ああ、公爵家のキッチンメイドの面接でしたか。私もその場に居たかった」
カントが私の隣でさも残念そうに言う。
「シャーロット殿下、ご結婚おめでとうございます。今だから話せますが、あの時はこの少女が息子の嫁に来るのかと少々期待して見ておりました」
「それは、すみませんでした」
「いえ、ダグラスも良縁に恵まれましたので、すっかり笑い話です」
ダグラスはつい最近、隣国の公爵令嬢との婚約がととのった。
ミハエル殿下のいとこであるその公爵令嬢は、ローズとミハエル殿下の結婚式に参列していて、その時にダグラスに恋をしてしまったという。
十五歳で、ダグラスとは十一歳離れている。
結婚は公爵令嬢が学園を卒業する三年後と決まった。
「半分政略結婚のようなものですけど、あちらからの熱意はありがたく思いますよ」
ダグラスはそう言って婚約を報告してくれた。
貴族は政略結婚は普通だけど、あの婚約者候補の中でダグラスだけがそうなったことに、私はほんの少し申し訳ないと思った。
「殿下は、冬の間コンシューリ領で過ごされるとか」
そう言った宰相は、お父様から聞いているとも言い、きっと愚痴だったんだろうなと思った。
「コンシューリ領を訪ねた時、冬に備える話が多かったので、早いうちに見ておこうと思いまして」
「その決断を聞いたコンシューリ侯爵の、喜んだであろう姿が目に浮かぶようです」
そんなに喜んだかな。私がちらりとカントを見たら、相変わらずニコニコと笑って私を見ていたカントと目が合う。
ああ、きっと喜んでいたけど、私がいつものことだと流しちゃったんだな。
慣れすぎるのも良くないと気がついた。
「それにしても、コンシューリ侯爵がこんな······」
ウィズレッド公爵が、私の左に座って私の左手をさわさわと撫でているカントを見て言葉に詰まる。
「父上、慣れです。二日で慣れます」
ダグラスが、はぁと溜め息をつきなから首をふる。
「シャーロット殿下は何も知らないから最初から受け入れてましたけど、周りは皆、天変地異の前触れかと思っていましたよ」
「貴族って、婚約したらこのくらいの距離感が普通だと思っていました」
「殿下、コンシューリ侯爵は、婚約前からこれでした」
「ああ、そういえば最初から」
「陛下が、騙されたと思ったらすぐに帰ってこいと仰ってました」
「あら、酷い言われようね」
自分のことを言われているのに、カントは私の左手を撫で、他人の話のように聞いている。
皆の視線がカントに集まっても、全く気にしないで私の左手を撫でている。
「まあ、夢から覚めないでもらえるように祈るしかないわ」
カントに冷たくされたら泣きそうだ。だから、このままでいてほしいと祈り続けるしかないな、と思った。
一時間ほど話をして、カントを含めて皆帰っていった。
入れ替わりでマイリーが来たけど、部屋の中は静かだ。
本当に結婚するんだな。
未だに信じられなくて、毎日そんなことを考えてしまう。
結婚したら、私は何か変わるのかなぁと考える。
『コンシューリ候爵夫人、あなたに望むのは今のままでいてほしいということ。社交の際は、コンシューリ領の絹織物を宣伝してほしいですけど、無理は言いません』と、カントは言ってくれた。
来年の社交シーズンに向けて、コンシューリ領のお針子さん達は新作に取り掛かっているという。
私はそのドレスを着てカントと社交の場へと行くのだけど、どう想像してもカントに負ける気がする。
カントのキラキラに勝つドレスなんて、絶対にないと思う。
宣伝なんてできるだろうか。
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