コンシューリ領見学2
よろしくお願いします。
町長の家を訪ね、町の様子や問題点等を聞きながら、昼食をいただいた。
町長は立派な顎髭が特徴的なお爺さんで、今は次の町長を教育中ですと言って長男も同席した。
長男も温厚そうな雰囲気で、カントからも信用されていた。
約二時間お世話になり、また馬車で移動する。
少し東に向かうとそこは茶畑で、以前カントに差し入れしてもらったお茶はここで作られていた。
今回は行けなかったけど、大きな池を養魚場にして、魚の安定供給もしているという。
次は見たいと言うと、カントは、『結婚したら、いつでも連れていけますから、楽しみにしていてください』と約束してくれた。
ぐるっと回って、昨日と同じ別荘へ宿泊。明日はいよいよカントリーハウスへと向かう。
そこを拠点に約四日領地を見て回る。
東側はほぼ農村地帯で、少し織物工場があるだけだと言っていた。
翌朝、いつもより一時間早く出発した。
前日見た農村地区を抜けると、まるで塀のような林があった。
「地を這うような風が強い地域で、こうして少しでも防ごうとしているんですよ」
風が強いのは冬だそうで、この林があると無いとではかなり違うそうだ。
そういえばこの塀のような林は、まるで地区を分けるように造られていた。わざわざ植樹したのかもしれない。
私が住んでいたサンドナは、冬になると山から風が吹きおろしてきた。
雪はあまり降らないのに、吹きおろしの風は冷たかった。
この辺りは地を這うような風と言っていたけど、冬は雪がそれなりに降るので横から雪があたるような感じになるらしい。
「雪というとフワフワと舞い落ちるイメージを持つかもしれませんが、横殴りの雪はそんな綺麗なものではありません。死を意識します」
カントは嫌そうに顔を顰めながら教えてくれた。
冬のコンシューリ領は、慣れないと厳しいけれど、領民が少しでも過ごしやすくなるようにするのが仕事です。カントは外を見ながらそう話してくれた。
織物工場と農村地帯と言っていたけど、私が見たのはほぼ桑畑。もちろん、小麦畑や野菜を作っている畑もある。でも、印象として残るのは桑畑。
絹織物の為に蚕を育てている。その為の桑畑だけど、私が想像していたよりも大規模だった。
桑畑の真ん中あたりに、二階建ての民家のような建物が五軒ずつ隙間なくみっちりと建てられて、その桑畑と五軒一組のブロックは全部で十六あった。
桑畑、家、桑畑、家、桑畑。どんなシステムかと聞いたら、あの家は蚕を飼っている飼育所と養蚕者が住む家だと教えてくれた。以前、横に大きく養蚕所を建てたけど、雪の重みに耐えられなくて屋根の真ん中が落ちてしまったそうで、その為家を隙間なく建てたと言っていた。隙間なくと言っても、近くに行けば五十センチは空いているのだとも言う。屋根は南が高く北は低く。その角度で雪が北にだけ落ちる。出入り口を南にしか作らないのは、雪で出られなくならないようにだと言い、この辺りの冬の厳しさを教えられた。
コンシューリ家のカントリーハウスが近くなると、今度は織物工場が見えてきた。
工場といっても民家を並べた建物で、中を見学すると機織り機を使って女性達が仕事をしていた。
男性は農作業、女性は機織りというのがコンシューリ領では一般的で、繭から絹糸にする作業も男性がする。
木でできた機織り機は、カッタンカッタンと一定の音色で動かされる。
一見簡単そうに見えるけど、均等にするのが難しいんです、と作業中の若い娘さんが教えてくれた。
初めて見る作業に私はすっかり魅了され、予定よりも時間をかけてじっくり見せてもらった。
馬車の中でも、カントと二人で織物の話をした。
王都で一級品といわれる絹織物の半数以上はコンシューリ領からの物。ここの領民もそれを知っているので品質保持を第一に心がけ、丁寧に仕事をしている。養蚕者も桑畑の農家も。
そう教えてくれるカントは、私が見たことがなかった領主の顔をしていた。
私はコンシューリ侯爵夫人になる。
それは彼等領民と共に生きていくことなんだ、と今回の領地訪問で理解した。
結婚前に領地を見ることができて良かった。
フワフワとしたものではなく、きちんと私の気持ちが出来上がった気がして、カントへ連れてきてくれたことへのお礼を言った。
カントは、『あなたがここを好きになってくれたようで良かった』と安堵したように言って、私の手を握りしめた。
「私、早いうちに一冬経験したほうが良いかな」
「それなら今年の冬は領地で過ごしますか」
「研究所は?」
「その間はお休みをして、皆は魔法師団に戻ってもらいましょう」
「随分と勝手な所長ね」
二人で笑いあっているうちに、私達は無事にカントリーハウスへ到着した。
出迎えてくれたのは留守を守る執事とメイド長。
他にも沢山の使用人達が笑顔で並んでいた。
ここに滞在するのは四日。
だけど、三ヶ月後には女主となるので、なるべく皆の顔と名前を覚えたいと思う。
私をエスコートするカントを見て、メイド長は感極まったようでポロポロと落涙した。
メイド長はカントの乳母だったけど、カントの魔力量が高すぎて何もできなかった。こうして奥様を迎えられたのを拝見して、気持ちが高ぶってしまった、と謝られたけど、きっと私が赤ちゃんを生んだら、その乳母も同じことを考えてしまうんだろうな、と思った。
そしてそれは、このままいくとマイリーなんだろう。
マイリーは乳母になると言ってくれたけど、私が結婚したらコンシューリ領についてきてくれるのだろうか。
マイリーの結婚相手は魔法師団所属の研究所員。マイリーは私が王都で生活すると考えていたんだろう。
私がコンシューリ領での生活に前向きだなんて、まだマイリーは知らない。
今、マイリーは王家の使用人で王女付きの侍女。私が結婚したら、王城の使用人で研究所付きになる。
乳母になるということは、コンシューリ家で雇用することになる。そうすると、マイリーは王都から長期で離れることもあるだろう。
マイリーと離れるのは寂しいけど、コンシューリ家での雇用は止めたほうが良いだろうな。
なんとなくそう考えてマイリーを見ると、『乳母になりますからね』と断言された。
私の心を読んだのか声に出ていたのか、と動揺する私に、ニッコリ笑ったマイリーは、『時間をいただけたら、ゆっくりお話ししますから』と既に決意していることがあると一言だけ言った。
私が織物工場で時間を使ってしまった為、到着してすぐに夕食の時間になった。
テーブルにつくのは私とカントの二人だけど、執事とメイド長が側にいて、他にも給仕やメイドもいた。
こういう環境での食事には慣れたけど、今日はいつにも増して幸せな雰囲気だった。
きっとメイド長から滲み出ている幸福感が部屋中に充満しているんだろう。
私のことを受け入れてもらえたんだな、とわかる視線に私も嬉しくなって、ついつい笑みが溢れる。
私が笑うと、カントも笑う。それを見て周りも笑う。
この部屋に溢れる幸せには、天井がないのかもしれない。
「長旅で疲れたでしょう?明日は寝坊しても良いように予定を組んでいます。今日はゆっくり休んでくださいね」
部屋の前まで送ってくれたカントは、そう言ってチュッと口吻をした。
「おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
私は借りている客間に入り、ソファにポスンと座った。
確かに疲れた。ほとんど馬車の中だったけど、座っているのも疲れるものだと理解した。
こんな疲れた日は、城のメイド達のマッサージが恋しい。
彼女達も王家の使用人。結婚の話は聞かないけど、きっとコンシューリ家での雇用は難しいだろうな。
「シャーロット様、湯浴みの支度が整いました」
マイリーの声に、私はゆっくりと立ち上がった。
疲れた日は、お風呂にゆっくりと入ってさっさと寝るに限る。
お風呂でマイリーに磨き上げてもらっている間、気持ちよくてウトウトしてしまった。
いつお風呂から出たのか、いつベッドに入ったのか全く覚えていないけど、ふと目が覚めたのは夜中過ぎだった。
喉が渇いた。
いつもはサイドテーブルに水差しが用意されているけど、今日はなかった。
テーブルかな、と思いベッドからそろりと抜け出す。
薄明かりの中をゆっくり歩くと、やはりテーブルの上に水差しがあり、私は零さないようにコップへ静かに注いだ。
いつ用意したのかまだ水は冷たく、コップ一杯飲み干すと目が覚めてしまった。
なんとなく部屋からベランダへ出てみた。
夏なのに涼しくて、空気も澄んでいる気がする。
ああ、良いなぁ。
何が、というのはわからないけど、そう思った。
手摺にもたれて深呼吸して、満点の星空を見て。
暫くそうしてから部屋へ戻った。
明日の予定がなければ、もっと夜風にあたっていたかった。
そう思ってベッドに入ったのに、私はすぐに眠りに落ちていた。
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読んでいただき、ありがとうございました。




