カントの願い
よろしくお願いします。
最近、他国からの観光客が増えたという。
双子の王女が続けて婚約し、来年にはまた続けて結婚することから、その幸せにあやかりたいという若者が、ここレンダルク国へ観光に来るそうだ。
そして街では、淡いピンクのワンピースと淡いブルーのワンピースが流行りだという。
高い地位の男性と結ばれたかったらピンクのワンピース、高い能力の持ち主と結ばれたかったらブルーのワンピースを着ると願いが叶う、という噂が流れ、街ではその二色を求める女性が多いそうだ。
「失礼な話ですよね」
街へ買い物に出掛けたときに仕入れた情報を、マイリーは笑いながら話してくれるけど、笑っている時点で失礼だなんて思っていないんだろうな、とわかる。
観光客もワンピースを買っていくと言い、商魂逞しい商人達は来年まではこの二色を推していくようだ。
私とカントが街で劇を見た時は、まだ流行る前だったようだけど、今では若い女性はこぞってどちらかの色のワンピースを着ているらしい。
「でも、たいていの女の子は両方のワンピースを持っていますよ。偉い人でも無能は嫌だし、能力があっても貧乏は嫌ですからね」
側に控えていたメイドが補助的な情報をくれた。
「シャーロット様がお城へお戻りになってから国の景気が良くなったと、商人の間では大人気ですよ」
「だから今、シャーロット様が何に興味を示しているのか、沢山の商人達は情報を入れようと躍起になっています」
「ご安心ください。私達は何も話しません。ここでのことは、ここでだけ。ちゃんとわきまえています」
自分達が城勤めなのは一部の人には知られているけど、王女付きとは言っていないので、きっとキッチンメイドくらいにしか思われていない。だから、余計なことは話していない、と胸を張ってメイド達は言っていた。
彼女達は長く城勤めしたいと言っていたから、元々の心構えも違うんだろう。
彼女達の背景とか何も知らないけど、妙に説得力があるからその言葉も信じている。
もっとも、私のこの部屋でのことを誰かにペラペラ喋られても、また劇ができて終わりのような気がする。
基本的に、外に漏れたら絶対にマズいということは、この部屋では話したことがない。
しかも、カントがこの部屋へ来るようになってからは、いつの間にか皆退室している。
扉は少し空いているけど、そんなに大声で話していないから廊下までは届いていない筈。
そのカントが、最近お父様の頭を悩ませている。
魔力量が高いし沢山の魔法を駆使できるので、魔法師団で必要とされていることはわかっているけど、結婚したら団長職を退きたいと言い出したからだ。
現在の魔法師団で、カントより能力が高い人はいないし、爵位も皆カントより低いそうで、即座に頷けないとお父様は言っていた。
カントは、ヒラの団員になっても良いから団長職を辞めたいと言っているようで、それはそれで頷けないらしい。
結婚相手は王女。それなりに役職は欲しいところ。
お父様から、『カントが辞めないように説得して欲しい』と言われたけど、私があの人を言いまかせるなんてとても思えない。反対にまるめこまれる気がする。
ここ数日、そのことに頭を悩ませている私を、カントは珍しく何も言わずに見ている。
いつものように、『何か悩みでも?』なんて言ってくれたら全部話すのに、きっとわかっているから自ら突っ込むことをしないんだろう。
カントは今も隣りに座って、優しい微笑みを浮かべながら、私とお茶を飲んでいる。
当たり障りのない話題を選び、なんとなく時間が過ぎる。
カントと会えるだけでも楽しいのだけど、当然悩みは解決しない。
お父様の様子から、どうやらカントのことは私に丸投げらしい。
ローズに相談した時は、『シャルがきちんと話し合いをすることね』と言われて終わりだった。
話し合いをする。
話し合いになるのだろうか。
私はまず、話し合いの席にすら座る勇気がない。
結局今日もまた、肝心な話をすることなく、カントが仕事へ戻る時間が来た。
いつものように立ち上がり、私は扉まで見送りに行った。
いつものカントなら扉の前で振り返り、『また明日』と頬にキスをして出ていくけど、今日は違った。
「シャーロット?あなたが私を選んだ理由はどうして?よく考えてね。それじゃ、また明日」
私に宿題を残して行った。
私がカントを選んだ理由。
優しくて、色々な話をしてくれて、私の欲しい言葉を欲しいタイミングでくれる。他にもある気がするけど、はっきり言えるのはこれだろうか。
なぜこれを思い出させる必要が?
私はそれから暫くの間、じっくりと考えた。
マイリーもメイド達も空気が読めるので、私が考えている間はお茶を入れかえるだけで静かに見守ってくれる。
カントは、私がお父様から丸投げされたのを知っている筈。そして私がカントに言えずにいることもわかっている。それを前提に、カントからの宿題を考える。
もしかすると、私が話すことを待っているのだろうか。
どのような形であれ、まず話をして欲しいと。
確かに私一人で考えていても答えは出ない。
いつかは出さないといけない答えを、いつまでも私が二の足を踏んで先に進めずにいる。
そのことを言っているのかも。
一度そう考えると、もうそうとしか思えない。
明日、聞いてみよう。
まず、カントがなぜ団長職を辞めたいのか、そこから聞いてみよう。
私の決意が表情から見えたのか、マイリーとメイド達はまた街での話を始めた。
翌日のカントとのお茶は、マイリーが側にいた。
最近はカントと二人きりになることが多かったけど、きっと私の気持ちがブレないようについていてくれるのだと思うと嬉しい。
私は、最初から本題に入った。
「カント、団長職を辞めたいって聞いたけど、なぜ?」
「ああ、団長って書類仕事が多くて、私の魔法なんて関係無いんです。なんなら、魔法が使えなくても出来る。それなら私でなくても良いでしょう?」
「でも、団長を降格する訳にはいかないって」
「それはわかりますよ。でも、書類仕事が多くて。本当に多いんですよ。一日書類と格闘して、終わったと思っても翌日は同じ量が机に乗っている。あれはね、心が折れる。朝が嫌になる」
「そんなに?」
「そんなに。抜き打ちで見に来ても良いですよ。私の執務室なら知っているでしょう?シャーロットなら顔パスで入れるから」
「ここでお茶飲んでいる時間が勿体ないわね」
「心の休憩をとりあげないで。私がここに来れないなら、シャーロットが私に会いに来て、毎日」
「それも邪魔にならない?」
「シャーロットに会えないと、仕事が進まない」
「それもどうかと思うけど」
「一度考えてみて?私はどちらでも良い。毎日シャーロットに会えればね」
話の流れから、書類仕事が嫌なようだ。
だけど、たしか団長の書類は、決済だったり予算だったりも含まれていて、その辺の人間が手にしてはいけない内容だった気がする。
やっぱり団長の仕事として、書類仕事はついてまわるのだろう。
だから団長を辞めたいと言っているのか。
どのくらいの量を捌いているのか、一度見てみないと安易なことは言えないな、と思い、今日はこのくらいで終わりにした。
翌日の朝イチで、カントのいる魔法師団長執務室へ向かった。
ちょうど扉の前でカントと出会して、『ああ、やっぱり確認に来ましたか』と中へ通された。
一番奥にある大きい執務机には、書類の山が四列あり、『これは内容別に仕分けしてあるんです』と教えてくれた。
今の季節は予算に関することはなく、主にあるのは旅費の精算だったり、翌月の勤務表作成の為の休暇願いの紙だったり。見せられないと言う紙は、魔法師団における『研究内容の報告』だったり『研究費』について。
旅費の精算や勤務表は他の人でも大丈夫だろうけど、研究関係は無理だろうなと思う。しかも、それが一番の量だった。
全部読んで理解して、さらに変更点や追加などを考えるそうなので、魔法に精通していないと駄目だろう。
今現在、研究は三種類同時に行っていて、きっと引き継ぎにはこれが一番大変だろうとカントは言っていた。
報告書をじっくり読んで、別の紙にメモ書きをして、過去の報告書を見直して、なんてやっているカントを見ていたら、退室するのに声をかけることも憚られ、近くにいた副団長にこっそり伝えて部屋へ戻ってきた。
これは、団長職の内容について考えた方が良いような気がする。
研究は切り離すとか。
カントは団長職を辞めて、研究のみに集中させるとか。
私はその日の午後、お茶を一緒にするために、魔法師団長執務室に向かった。
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