新婚夫婦
よろしくお願いします。
劇は街の東側で上演の舞台を構えている。
席は早く来た人が好きな場所をとれる自由席で、私達が着いたときは前の三列は既に埋まっていた。
四列目の真ん中から少し左側が空いていたので、そこに座って買ってきた飲み物を飲みながら開演を待った。
「シャーリー、このお菓子食べてごらん」
「旦那様は、食べました?」
「私は両手がうまっているから食べられないんだ。食べさせてくれる?」
カントは右手に飲み物、左手に一口サイズの焼き菓子が入った小箱を持っている。
これでは確かに無理だけど、どうやって食べさせたら良いのだろう。
カントを見ると『あ〜ん』と口を開ける。
カッと頬が熱を持ったのがわかったけど、『ほらほら』とカントが期待しているので、平静を装って一つ摘んで口に入れた。
「うん、美味しい」
カントはニコニコと嬉しそうに笑いながら、なぜか私にお菓子の小箱を渡してきた。
受け取ると、カントは一つ摘んで私に、『ほら、あ〜ん』と言う。
ああ、これは新婚夫婦あるあるなのかもしれない。
まだ頬の熱はひいていないけど、口を開けた。
私の唇にカントの指が触ったけど、気にしていないふりをしてお菓子を咀嚼した。
「美味しい」
軽いけどバターの風味が効いてとても美味しい。
「ね、美味しいね」
カントはさらに嬉しそうに笑って、もう一つ摘んだ。
「はい、もう一つどうぞ」
「私、まだ口に入っているから、旦那様が食べて」
「そう?」
カントは一つ持ったまま私の口を見ている。
まさか、口が空っぽになるまで待つつもりかな。
私は手に持っていたジュースを一口飲んでお菓子を流し込んだ。
「あ、空いたね。どうぞ」
やっぱり。私が口を開けると、カントはお菓子を口に入れた。
私は手に持っていたお菓子の小箱をカントへ渡す。
カントは受け取り、今度は私がお菓子を一つ摘んでカントの口に入れた。
食べさせられるより、食べさせる方がダメージは少ない。私はまた一つ摘んでカントの口の中が空くのを待つ。
「シャーリーも食べて」
お行儀悪く、もぐもぐしながらカントが言うので、私も手に持っていた一つを食べた。
それからまた小箱から一つ摘み、カントの口を見つめた。
「ふふっ」
カントが、『凄く口を狙われてる』と笑い出した。
確かに、空いたらすぐに口に入れようと思って凝視していたかも。近くで見たらおかしかったみたい。
真後ろの席にいる護衛も笑っている。
さっきとは違うけど、また顔が赤くなった気がした。
私達の一つ空けた右隣の席と、一つ空けた左隣りの席と、真後ろの席には、恋人同士に扮した護衛がついている。
もう私もすっかり慣れて、時々存在を忘れてしまうことがある。
今まさにそれで、後ろから漏れ出た笑い声が聞こえるまでは、カントの口に集中していた。
恥ずかしい。
私は誤魔化すために、摘んでいたお菓子を一つ食べた。そしてまたお菓子を摘もうと箱の中に手を入れた。
しかし、私の指はお菓子に触れることはなく、『あれ?』と箱の中を覗いたら空っぽだった。
「あ、最後の一つだったみたい。食べちゃったわ。ごめんなさい」
カントを見上げて謝ったけど、カントが持つ箱を覗き込んでから見上げたせいか、カントの顔が近かった。
近っ、と思った時には唇に軽くチュッとキスが降ってきて、『奥さんが可愛いから私は満足』と微笑まれた。
絶対に後ろの護衛は見ていた。
あまりにも恥ずかしくて、舞台の方へ向き直して劇が始まるのを待った。
劇は、当たり前だけど全くのフィクションで、主役のシェリーは病弱で、隔離された寂しい生活を送っているという設定だった。
時々やってくる家族からの手紙とプレゼント。
シェリーは、手紙を読み返しては自分を慰めるという、とても寂しいお姫様だった。
ある日、体調が良かったシェリーが庭を歩いていると、木に寄りかかるようにして気を失っている一人の男性を見つけた。
よく見るとあちこち切り傷だらけの男性は、隣国の騎士服を着ている。使用人に屋敷へ連れて行くように伝え、シェリーは客間の主となった男性『ケリー』を看病した。
医師に見せたところ、幸い怪我は酷くなく、魔力量が少なくなっていることで意識がないだけ。休ませていれば回復すると言われた。
シェリーは、自分の体調の許す限りケリーの側にいて、回復を待っていた。
ケリーは二日後に目覚めたがすぐには動けず、ベッドで三日間寝たきりの生活になった。
その間、二人は沢山話をした。
お互いの身分は明かさなかったが、それを除いても二人は話が尽きなかった。
会っていたのはたったの三日。それでも二人は恋に落ちていた。
しかし、ケリーは自国の内戦を鎮めるための戦いの最中で、もう一度戦地へ行かなければならない。
必ず会いに来ますと約束をして、ケリーは旅立った。
シェリーは毎日ケリーの無事を祈り、ケリーの訪れを待った。
一ヶ月
半年
一年経ってもケリーは来ない。
シェリーは心労からか、また寝込む日が増えていく。
ケリーを見送って一年半経った時には、シェリーの命の炎が消えかかっていた。
日に日に目をあけている時間が少なくなっていき、とうとう使用人達が見守る中息をひきとった。
医師から臨終を告げられた直後、シェリーの元へ駆け込んできたのはケリーだった。
遅かったと嘆くケリーは、生き返って欲しいと願いながら口吻をする。
するとシェリーの体が光り、不思議なことに息を吹き返した。
魔法の国の王子だったケリーは、その能力でシェリーを生き返らせ、二人は幸せに暮らしました。
──という内容の劇は、現実と照らし合わせるとツッコミどころ満載だったけど、演技力が高かったのか途中から惹き込まれていた。
「とても良くできた劇でしたね」
私はまだ劇の余韻の中、帰りの馬車へ乗り込むなり感想を言った。
「実際に命を助けてもらったのは、私の方ですがね」
「事実は良いのよ。劇なんだから」
「ふふっ、そうですね。劇としては面白かった」
「ね、面白かったわ。期待以上だった」
「劇が好きなら、また違うものも見に行きますか?」
「見たい。連れて行ってくれる?」
「勿論です。その時はまた新婚夫婦で行きましょうね」
それは結婚前なのか後なのか、それによって護衛の数が変わってくる。
またあの恥ずかしい気持ちになるのかと思うと、すぐには賛同できなかった。
私達の婚約式には、隣国からミハエル殿下もいらした。
今回もセイヴァーは側にいたので進捗状況を尋ねると、相手の令嬢からも親からも良い返事をもらえた、と教えてくれた。
必ずミハエル殿下の結婚式には連れてきます、と幸せそうに話すので、私も嬉しくなった。
婚約式は滞りなく進み、今は夜会の準備をしている。
ドレスは銀地、そしてやっぱり碧色の刺繍がされていた。
以前のドレスは、裾に刺繍があったけど、今回は胸元と裾。そしてウエスト部分には淡い碧色のレースでリボンが結ばれている。
十七歳という年齢にリボンはギリギリだと思ったけど、デザインが良かったのか私には一番のドレスとなった。
「今回は時間があったから、しっかり作り上げたのよ」
と満足気にお母様が言っていて、ローズも横で頷いていた。
カントとも合わせた衣装だと言い、カントが碧色をつけていると想像すると、恥ずかしくもあり楽しみでもあり。
ローズはそんな私を呆れ顔で見ていた。
「シャルは、心の声が漏れすぎよ。そんな感じだから心配になるの」
「家族の前だから気を許しているのよ」
「嬉しい言葉だけどね。やっぱり心配よね」
ローズはこれみよがしにため息をついた。
夜会は楽しかった。
前回の舞踏会以降も、マイリー相手に少しずつダンスの練習を続けていたので、かなり余裕ができた。
そのことをカントに話すと、『呼んでくれれば良いのに』と言われたけど、上手になった姿を見せたかったから、練習に付き合わせる訳にはいかない。
「上手になったかしら」
「かなり上達してますね。本当にマイリーだけが練習相手だったのか疑問です」
時々護衛についている騎士にもお願いしたのは、バレているのかもしれない。
でも素知らぬ顔で笑ってみせた。
「やっと婚約式。あと一年も待たなくてはいけない」
カントは大袈裟に天を仰いで言う。
「きっとあっという間よ。私も侯爵領の勉強もしなくちゃいけないしね」
「今、あなたを迎えるために、タウンハウスも領地の邸も改装しています。一度確認してくださいね」
「領地も?」
「できれば。本当は夏が良かったけど、今年は行けなかったので来年の結婚式の前にでも、ね」
「避暑に良い所なんですよね。楽しみ」
どんな所なのかカントからの話だけで想像を膨らませ、その日を楽しみに待つことにした。
更新は毎日二十一時を予定しています。
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