圧迫面接ではない
裏口と思われる扉にも、男の人が立っていた。
公爵邸らしいから、警備が厳しいのか。
カリアさんはその都度挨拶しながら扉を開けて中へ入る。私も遅れないように続いて入ると、そこは食料庫のようだった。
カリアさんの背中を追うと、続いて広めのキッチン、食堂らしき部屋へと入った。
その食堂らしい部屋にきちんとした身なりの男の人がいて、優しい笑顔を私に向けてきた。
「こんにちは。面接のかたですね?私は家令のワイナンドと申します」
「シャ、シャーリーです。よろしくお願いします」
とても丁寧な挨拶に緊張は高まったけど、ワイナンドさんはさらに深く笑みをうかべて『では、こちらへ』と静かに踵を返して部屋を出た。
カリアさん私と続く。歩くたびに緊張は高まるけど、ここまで来たら逃げられない、どうにでもなれ!いやどうにかする!という気持ちになってきた。
「こちらでお待ち下さい」
通されたのは広くて高そうな調度品のある、応接室のようだった。
「じゃあ、座って待ちましょうね」
カリアさんがソファに座ったので、私も横におずおずと腰をおろす。
程なくして扉がノックされてワイナンドさんが扉を開けた。
「待たせたね」
キッチンメイドの面接のはずなのに、ひと目見て仕立ての良い服を着た五十歳前位の紳士二人が目の前のソファに座り、さらにその後ろに騎士服を着た二十代前半位の男性が二人立った。
扉を閉めたワイナンドさんはドアの近くに立つ。
威圧感半端ない。でもこんな時こそあれか、とお父さんを思い出しスッと立ち上がって挨拶をした。
「シャーリーです。よろしくお願いします」
スカートを少し摘んでのカーテシー。
明らかに前にいる四人の空気が固まった。
何か間違えたか?と内心焦ったけど、やってしまった後だ、もう遅い。顔を上げるように言われたので姿勢を正して少しニッコリと笑ってみた。
座るように言われると同時にお茶の用意がされた。
「本来、面接にはこんなに立ち会わないんだけどね、今日は見たいという者がいたから。さ、まずはお茶を飲んでリラックスして」
左に座っていた紳士がこの屋敷の主人オーデオン・ウィズレッド公爵だと名乗り話し始めた。
右に座っているのはシュバイス宰相。
後ろに立っている騎士は一人がダグラス・ウィズレッド(レンダルク国近衛騎士団長)ウィズレッド公爵次男
もう一人はリカルド・ラザイガー(レンダルク国近衛騎士副団長)だと紹介された。
なんだか錚々たる面々。
このお屋敷のご主人様と次男のダグラス様はわかるけど、近衛騎士副団長とか、宰相とかはキッチンメイドの面接に興味を持つとは思えない。
そして公爵様と宰相様が、ほんのり笑みを浮かべているのがさらに怖い。
やっぱりさっき逃げておけば良かったか、と居心地が悪くなってきた。
カリアさんがカップを手に取ったので、私も倣って手を伸ばした。
静かにお茶を飲む。
やっぱり公爵家は良いお茶飲んでる。その美味しさに緊張が少し緩んだ。
「髪が綺麗だね」
公爵様が笑みを崩さずに言う。
今日もいつものように三つ編みを左前に垂らしている。
「あ、キッチンメイドだと長いのは衛生的に駄目ですよね。切ります。すぐに切ります」
公爵様の意図を理解して、慌てて答えた。
すると、切らなくていい、むしろそのままで、と返され、きっちり編み込んだ方が抜け毛の心配がないということかと思った。
「町の子がその長さというのは珍しいと思ってね」
公爵様は、ただ目にしたものを話題にしただけのようだった。
「父が長い方が好きだったので、その希望のままでいただけです。一度、バッサリ短くしたら泣かれてしまって」
「そうですか。私はお父様と気が合いそうだ。あなたは長い方が良いですね。ええと、お父様は···」
カリアさんが渡した身上書?のような紙を見た公爵様は、ああ、辛いことでしたね、と顔を曇らせた。
「お父様はマイケル、サンドナに住んでいて先日他界。お母様はリーリア、あなたが生まれたときに他界。他に身内はいますか?」
「両親は駆け落ちをしたと聞きました。でも、詳しく聞く前に、父が他界してしまったので、まったくわかりません」
「なるほど。ああ、忘れていた」
公爵様は何か思い出したように、後ろに立っていた公爵令息様から二十センチ四方の木の箱を受け取って、中から水晶のような球体を取り出した。そして、その球体を置くために設えたであろうクッションに乗せ、私を見た。
「この家はね、要人も来るから使用人に宣誓をしてもらうことになっているんだ。これに触りながら、嘘はつきませんって思うだけで終わり。左手でよろしく」
魔法の誓約ってことか。公爵家って、そんなことまでするのか、と驚いたけど、これをしなければ仕事がもらえないということ。私には宣誓一択だった。
その球体に手を置くと、私の左手中指の痣がフワッと発光した。たぶん一秒くらい。えっ?と思ったけど周りの人は何の反応もしないので、これに触ると体にある痣は光る仕組みなのかもしれない。
世の中には不思議なものがあるんだな、と考えていたら宣誓を忘れていて、気がついたら『はい、それで結構です』と球体を箱にしまわれた。
「あ、あの宣誓を──」
「馬も乗れるとか」
私の言葉は公爵様の言葉に流されてしまった。
「はい。サンドナから王都までも馬で来ました」
「失礼ですが、先程の挨拶から始まり、お茶のマナー、乗馬。市井の娘さんにはあまり縁がないことだと思いますが、どこかで教育が?」
今度の質問は公爵令息様だ。
「いえ、知らないより知っている方が良いから、とすべて父が教えてくれました」
「そうですか。お父様は貴族でしたか?」
「いえ、私が知っているのは、剣が得意な平民ということです」
「素晴らしいお父様ですね」
お父さんが褒められて嬉しくなり、元気よく『はいっ』と答えたのはマナー違反だったと恥ずかしくなった。
私の元気な返事に、公爵様と宰相様はふふっと笑い、騎士団の二人は無表情だった。
平民だから、流してくれたのかな?怒られなくて良かった。
私がほっと安心すると、
「じゃあ、確認とれたので行きましょう。カリア、ありがとう。また改めてお礼します」
宰相様が立ち上がった。
ああ、この方達は帰るのねと思っていたら、『あなたも来てください』と立たされ、先頭をラザイガー騎士団副団長、後ろに私、私の右にシュバイス宰相、さらに後ろにウィズレッド騎士団長の順に歩くようになっていた。
カリアさんは?と顔を向けると、『私は戻って仕事だよ』とにこやかに手を振られた。
「ちゃんと説明してあげてね」
公爵様も座ったままで、どうやら私は何処かへ連行されるらしいことに気がついた。
何かしたったけ?何やったっけ?と混乱しながらついていくと、先程とは違う、正面玄関かと思われる扉から外に出た。そして、既に待機している立派な馬車に乗せられた。
乗ったのはシュバイス宰相、ウィズレッド騎士団長、そして私。ラザイガー副団長は馬だった。
静かに動き出す馬車。皆無言で怖い。チラリと目の前に座るシュバイス宰相を見ると、優しく微笑んでくれるけど、笑顔はいらない説明が欲しいと強く思ってしまう。
乗り合い馬車とは違い座り心地は良いけど、居心地の悪さに縮こまってしまう。
十分ほど移動すると馬車は一度停止し、外から確認の話し声が聞こえたと思ったらまた動き出した。
そこでふと気がついた。
もしかすると、公爵様とか宰相様とか全部嘘で、何処かへ売り飛ばされるのか?娼館とか。
カリアさん良い人に見えたのに騙された!
自分の危機感のなさに気がついて、顔色が悪くなったのかもしれない。目の前の宰相(自称)は私に『乗り物酔いか?』と聞いてきた。
酔ったふりして逃げようと思い、はいと弱々しく答えると『もう着きますから、もう少しだけ我慢してください』暗に逃げ道はないぞと伝えられた。
とはいえ、いずれ降りるから、その時はダッシュで逃げようと考えていると、程無く馬車は止まり外から誰かが扉を開けた。
騎士団長(自称)が先に降り、次に宰相(自称)最後に私が降りた。
降りるときに宰相(自称)が手を差し出してきたので、これがエスコートか?と気が付き、逃げる気満々なのがバレないように私も手をのせた。
平静を装いつつ辺りを見ると、目の前には大きな建物。それはまさにお城のようで、警備の人も騎士団長(自称)と似ている服を着ている。
こんな立派な建物で人身売買が···と考えていると、私の手をひいて宰相(自称)が歩き始めた。
仕方ないので連れられるまま歩く。
建物の中にも沢山の使用人がいて、私達が通り過ぎるときに宰相(自称)に頭を下げる。
この人は偉い人なのか。手をひかれているけど、振り払ったら逃げられるかな?たぶん私のほうが脚力はあると思う。
考えながら使用人が少なくなる時を探していると、後ろから走り寄って来る足音が聞こえた。
ふと見ると副団長(自称)が私達に追いつき、私の後ろについて一緒に歩き出した。
ああ、逃げ道なし。
かなり大きな建物なのか随分と歩いて、二階のかなり奥にある立派な扉の前に来た。
目的地はここらしく、扉の近くにいた警備の人?が扉を開けて私達を中へと促した。
そこは広い部屋で、一見書斎か何かに見えた。
どうぞお座りください、と宰相(自称)にソファを勧められ、仕方なく座る。
騎士団(自称)の二人は私の後に立ち、逃げたらわかってるな、的な圧を感じる。
宰相(自称)は少し離れた立派な机に向かい、書類を見ている。
もうすぐ売人が来るのだろうか。
どうしても逃げられそうになかったら、人間相手にやったことないけど攻撃魔法を繰り出して逃げようか。
メイドがお茶を用意して下がっていった。
これ、飲まないほうがいいよね、喉乾いたけど。
心のなかであれこれ葛藤していると、扉がノックされ開く。
入ってきた人は立派な身なりの男性で、売人には見えなかった。
人は見かけによらないとはよく言ったものだ、と思っていると、そのすぐ後ろから綺麗なドレスを着た婦人と、綺麗なドレスを着た私が入ってきた。
ん?綺麗なドレスの私って?
ん?ん?と混乱しているうちに、その男性と婦人は私の前のソファに、綺麗なドレスの私(?)は、私の左隣に座った。
「宰相、確認できたか?」
「はい。確かに確認できました。ぜひご覧いただけたらと聖玉もこちらに」
いつの間にかさっきの球体がテーブルに準備されていた。
「もう一度触ってください」
宰相(自称)が私に促す。
これだけの人数に囲まれて攻撃は無理だと判断し、私は球体に左手をのせた。
さっきと同じ、中指の痣が一瞬光る。
その様子をじっと見ていた三人が、感極まった声を出し、私を見つめた。
「シャーロット、やっと見つけた」
誰だって?
お読みいただき、ありがとうございます。
もう少し続けて投稿します。




