悪魔の生還
よろしくお願いします。
コク、という小さな音が聞こえ、口を離すと気のせいかポーションが減っているように感じた。
もう一度。
私はポーションを口に含み、同じことを繰り返す。
ゴク。
さっきよりも確実に聞こえた音に希望を見出し、もう一度繰り返す。
ゴク。
さっきよりも早く飲み込む音が聞こえ、顔を離した私は、ポーションの瓶をカントの口元へ当てて少しずつ流し込んだ。
まだ目は開かないけど、喉は動いてポーションを飲んでいるのがわかる。
良かった、飲んでる。
元々魔力量が多い人だから、ポーションを少し飲ませても全快とまではいかないだろう。でも、体が危険域を脱してくれれば良い。なんとかそこまではもっていかないと、と思ったけど、ポーションがあと一瓶しかなかった。
量は足りるのだろうか。
その最後の一瓶の蓋を開け、零さないように慎重に口に流し込んだ。
全て飲んだカントは、まだ目を開けなかった。
ダグラスはきっとポーションを持ってきてくれるだろう。だけど、それまで待てるかどうか。
カントはまだ体温が低いようだ。
火傷の痕が邪魔をして顔色がわからないけど、爪をグッと押しても色がなかなか元に戻らない。
私は意を決して、護身用に持っていた短剣で手の甲を少し切った。
切れ味が良すぎたのか、私が誤ったのか、血が想定以上に出てきて、私は慌ててカントの口に私の手の甲を当てて血を飲ませた。
たぶん、私の血なら、ポーションよりも魔力の吸収は早い筈。
お願いだから飲んで。そう願って手の甲をカントの口に押し当てる。
確認しようと少し動いた時、頭がクラっとした。
どうやら不眠で来たうえにこの出血で、体調が悪くなったようだった。
でも、なんとか耐えてカントを確認しようとしたのに、今度は体から力が抜けてカントの横に倒れてしまった。
でも、手の甲はカントの口に当てておかなくちゃいけない、とそこだけは頑張った。
少しずつ意識が遠くなる私が最後に見たのは、空を飛ぶ幼体と成体一体のドラゴンだった。
「いくら体液が魔力の塊だって言っても、血を飲ませるなんて!自分の体調も考えないですることじゃないわ!」
私は今、城の私室のベッドの中でローズの説教を受けている。
私が気を失ってから、ダグラスがポーションと白魔法師を一人連れて戻ってきたそうだ。
その時に二人が見たのは、顔を血だらけにしたカントと、手が血だらけで倒れている私だった。
白魔法師は私の手の傷を治し、私の体調を調べると貧血と疲労という結論に至り、治癒魔法をかけてくれたそうだけど、寝不足だった私はそのまま寝続けていた。
その後カントの体調を確認したところ、私の血を飲んだことが功を奏したようで、少しずつではあるけど魔力が循環しつつあるところだった。
白魔法師はカントの顔の火傷を治癒で綺麗に治し、髪は焦げて短くなったけど、他は元の姿に戻った。
そして白魔法師がポーションの瓶をカントの口に当てて少しずつ流し込んで飲ませると、やっとカントの目が開いた。
即効性の私の血にポーションが後追いできて、やっと意識が戻ったということらしい。
カントはまだ体は動かないし、頭もボーッとしている中で、視界の端でダグラスに抱え込まれている私を見たそうだ。
私の片手は手首から先が血だらけで、ギョッとして意識がはっきりしたと後にカントは教えてくれた。
自分の口元も何か固まった感じで、まだよく動かない体にむち打って擦ってみると、瘡蓋のような血の塊がポロポロと剥がれ、状況が全く理解できずにいたカントにダグラスが、『あくまでも想像だが』と前置きし、『ポーションが足りなくて血を飲ませたようだ』と教えたらしい。
その後、ダグラスは私を背負い、カントは白魔法師が男性で力もあったことから、白魔法師に背負われて、魔法師団と合流した。
私が最後に見た二体のドラゴンは、番が斃されたことを察知した成体が番の元へ飛び立ったのを幼体が追い、成体一体を斃したばかりの魔法師団へと襲いかかったそうだ。しかし、その時は私達の直後に出発し、同じように不眠で移動した援軍が到着していて、かなりの人数で挑みかかった結果、わりと早く二体のドラゴンは斃されたらしい。
しかも、魔法師団は数的に余裕もあったようで、ドラゴンの鱗やドラゴンの瞳、そして核等、とても貴重な物を採取できたそうだ。
魔法師団と合流した私達は、傷病者を搬送するための馬車へと担ぎ込まれ、そのまま城へと戻った。
指揮をとるカントも城へと戻ったけど、後のことは副団長が動いたという。
本来ならばいないはずの場所を塒としていたドラゴン。他にはそのような場所はないか、しっかり丁寧に確認してまわったという。
お父様は、魔法師団の殆どがいるその時だから出来ることだったと言うけど、私はあのドラゴンの羽ばたく音を聞いただけだったのに、今でも恐怖を感じている。そのドラゴンを探す、斃すという役割が突如まわってきた魔法師団は勇敢だと思った。
私は城へ戻った時には目が覚めていたし、貧血も治癒されていたので体調は問題なかったけど、私が城を出たことをあとから知って心配したローズによって、ベッドに放りこまれて見張られている。時々ある説教は、最後はローズの涙でグズグズになる。
その姿を見ると、心配かけて申し訳ない、とかかわいそうなことをした、と心底反省する。
ダグラスはお父様から、『どうせシャルは抜け出すだろうから、護衛するように』と言われていたそうで、ローズはお父様にも説教をしたそうだ。
「私はね、シャーロットの生き血を飲んで生き延びた悪魔らしいです」
ローズの横には、私のベッドの側に椅子を持ってきて、にこやかに話すカントがいる。
確かに血は飲ませようとしたけど、私がすぐに気を失ったから、舐める程度しか体内には入っていないと思う。
それより、私よりも重症だったカントは、なぜここにいるのだろう。
「私の口の周りについていたシャーロットの瘡蓋。あれもいただきました。液体状の血液よりも瘡蓋の方が魔力が凝縮されていると、今更ですが発見しましたよ」
瘡蓋をポリポリ食べているなんて何だか嫌な気持ちだけど、さすがに言うことは憚られた。なんせ、生き血を飲ませようとしたのは私だから。
あのドラゴン討伐から今日で三日目。カントは魔力がすっかり元に戻ったと笑っていた。
首から上の火傷も綺麗に治されて、髪が少々短くなった以外は以前のまま。
あの場所で顔の皮膚が赤黒く焼けただれていたなんて、この顔を見たら誰も信じないだろう。
「私、お父様に呼ばれているから行くけど、変なことしちゃ駄目だからね、カント」
ローズはカントを残して部屋から出ていった。
「カント、体調はどう?」
「私はすっかり元気です。シャーロットのおかげですね。今も床についているシャーロットの方が心配です」
「私は単なる寝不足だったのに、ローズが大袈裟なのよ。でも······」
私はカントに手を伸ばして髪を触った。少し毛先がチクチクとする。
「優秀な白魔法師がいて良かった」
私はカントの頬の感触を確かめた。
うん、柔らかい。あの時嗅いだ、焼けた嫌な匂いを思い出したけど、カントの頬は綺麗だ。
「最初の治癒はシャーロットがかけてくれていた、と聞きましたよ。ありがとう」
「私は初級レベルしか使えないから、痛みを取る程度だったの。火傷の痕は治せなかったわ。綺麗な銀の髪が短くなったのは残念だけど、短髪も似合うわね」
私は頬から額に手を移し、カントの肌の感触を確かめていた。
目で見て、触って、この人は問題なく生きていると実感できて、やっと安心できた。
ずっとされるがままだったカントは、私の手に自分の手を重ね、わたしの手を口元へ移動させてチュッとキスをした。
「火傷で酷い状態の私を見て、あなたの心は離れたと思っていました。私は、このままあなたを思い続けても良いのでしょうか」
「倒れているカントを見た時はショックだったけど、その後は助けることしか考えていなかったわ。もう、どんな状態だったかなんて、覚えてない」
嘘だ。
私ははっきり覚えている。
でも、もし火傷の痕がずっと残っていても、私はカントと離れたくなかった。
この人の声が、言葉が、私を守ってくれるから。
「生き血を飲ませようとする女は嫌いですか?」
「自ら悪魔の生贄になろうなんて、これ以上なく愛を感じますね。ずっと大切にします。愛しています、シャーロット。ただ、これ以上ここにいると、あなたの純潔さえも奪いそうな予感がするので、今日はこれで戻りますね」
カントは軽く触れるだけの口づけをして、部屋から出て行った。
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