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シャーリーのリスタート  作者: 小松しの


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27/49

現実


よろしくお願いします。



「──だから、私と結婚してください」


 カントのその言葉は、ゆっくりと私の心に入ってきた。

 言葉を反芻していると、同じくらいゆっくりとカントの顔が近づいてきた。

 あ、と思った時にはもう唇が触れ合う直前。

 銀の瞳が近すぎて、思わず目を閉じてしまった。

 優しい人だ。

 唇が触れ合ったときにそう思った。

 もちろん、初めての口吻なので、比較などできない。

 でもカントの口吻は、とても優しかった。

 最初は触れ合う口吻を数秒。

 少し唇が離れたと思ったら、優しく食むような口吻をされた。

 何度かされた後、唇が寂しくなり、ゆっくりと顔が離れていく感じがした。

 目を開けると、私を切なげに見るカントと目が合う。


「ね、返事を」


 銀の瞳が揺れている気がする。

 なんでそんなに不安気なのだろう。

 いつも自信たっぷりなのに。


「シャーロット、教えて。あなたの気持ちを」


 そんなに優しく言われたら、逃げ道がない。

 もう、観念するしかないのだろう。

 私は銀の瞳を見たまま、心を整えて答えた。


「カントと、結婚したいです」

 

 勇気を振り絞って声を出した筈なのに、まるで囁いているかのように小さい声だった。

 だけど、カントはちゃんと聞こえたようで、一瞬目を見開いた後、私はカントに抱きしめられていた。


「嬉しい。ありがとう。ありがとう」


 なんとなく声が震えているのは気のせいではない筈。

 私は愛おしく感じて、カントの背中に手を回して、優しくポンポンとした。

 

「これから、ずっと愛してくださいね」

「シャーロットが望むなら、約束します」


 カントが少し離れたと思ったら、額に、頬に、鼻先に、そして唇にキスが降ってきた。

 もう、私はされるまま。

 しかしその時、ホールとバルコニーを仕切るカーテンがさっと開き、ローズとミハエル殿下とマイリーが近づいてきた。

 ビクッとした私達は三人を見て動きを止めたけど、ローズは、『はいはい、時間ですよ』と気にせず近づいてくる。

 ローズの後ろからはミハエル殿下が気まずそうに、マイリーはニッコニコで近づく。


「いちゃつかないで、ただでさえ二人は注目の的なのよ。はい、マイリーお願いね」

「承知いたしました」


 マイリーが私の化粧を直していく。

 と言っても、口紅程度だったけど。

 

「コンシューリ団長は、ご自身の唇を拭ってくださいませ」


 マイリーがカントにハンカチを渡す。

 私の口紅が、とわかった時にはもう手遅れで、ローズが『まったくもう、いきなり手を出さないで』とカントに説教を始めていた。

 カントはいつものように受け流していて、ミハエル殿下が、『ローゼリア様、良いじゃないですか』と宥めていた。

 マイリーが『失礼いたします』とバルコニーから立ち去り、入れ違いでお父様とお母様が来た。

 どこかで見られていたのかも、と疑うくらいピッタリのタイミングで、私は恥ずかしくなってきた。

 

「シャル、カントに決めたのか?」


 お父様が私に優しく聞く。

 私が頷くと、『こうなったのね、やっぱり』とローズが天を仰いだ。

 

「何?」

「あの練習場の時に、こうなる気がしたのよ」

「ええ?なんで?」

「だって、シャルは初心なんだもの。カントにかかったら、野ウサギ狩るより楽勝よ」

「私って、野ウサギ以下」

「野ウサギより数段可愛らしいですよ」


 カントの言葉に頬が熱くなる。


「ほらほら、いちゃつかない。カント、節度を持って頂戴。あなたかなり年上なんだから」

「たった十一ですよ」

「十分おじさんよ」

「そうだったわ、カント、二十八歳だっけ。若く見えるから忘れていたわ」

「幾つに見えました?」

「う〜ん、二十四?」

「それならシャーロットとは七歳違いですね」

「シャル、こんなおじさんやめてもいいのよ。今ならまだ間に合うわ。それにカント、あなた『シャーロット』なのね」

「思いが通じ合った恋人ですから」

「ああ、もう、なんかムカつくわ」


 ローズはミハエル殿下が側にいるのに、口調が全く甘くない。

 前回のお茶会は、ローズの『恋してます』って雰囲気がバシバシ出ていたのに。

 婚約したら、もう良いのだろうか。

 少し心配になってきたわ。

 

「ローズ。口調が······ミハエル殿下がいるのに」

「大丈夫なの。ミハエル殿下は全部知っているから」


 ローズの言葉を聞いてミハエル殿下を見ると、とても愛おしげにローズを見ていた。

 甘えられるのも、こうやってはっきり物を言っているのも、ミハエル殿下は受け入れてくださっているのだとわかった。

 愛されているのが見ただけでわかる。

 理想的な関係を見ているようで、私はとっても嬉しくなって笑ってしまった。


「シャル?何がおかしいの?」

「ふふっ、ローズが可愛いなぁって思って」

「あら、それならシャルも可愛いってことよ。私達は一卵性なんだから」

「見た目じゃなくてね、ふふっ、可愛いなぁって」


 私の言いたいことがわかったのか、ローズは頬を染めてそっぽを向いた。

 私達のやり取りを見ていたお父様は、『討伐の後に、シャルとカントの婚約について話を進める』と教えてくれた。

 

「それなら早く討伐を終わらせなくては」


 カントが私に向かってそう言うと、お母様が『ああ、シャルは討伐は不参加よ』と言い出した。


「え?なぜ?」

「だって、これから婚約する二人が野営ありきの討伐なんて、時期としてはまずいわ」


 確かに、討伐から帰った後に婚約を結ぶとなると、あまり外聞が良くないかもしれない。

 いや、でも行きたいな、と何か方法はないかと考えていたら、


「婚約できるのなら、私は今回の討伐に二人で行くことは諦めます。シャーロット、城で私の帰りを待っていてください」


 カントが言い切って、結局私は留守番となった。『そのかわり、一週間の予定でしたけど、早めに切り上げられるように頑張りますよ』なんて言ってくれたけど、やっぱり討伐に行きたかったな。




 セイヴァーを含むミハエル殿下御一行は、当初の予定通り二週間で帰って行った。

 セイヴァーは、これから意中のご令嬢との婚約のために動くと言い、来年は必ず良い報告とともに帰国すると約束してくれた。


 ミハエル殿下御一行が帰国すると、次は討伐の話で城中はもちきりだった。

 カントはキッチリ終わらせるために、現地の情報をきちんとレクチャーしてもらっていた。

 そこで一つ疑問が出てきた。

 討伐に行くシューレン領は、今回は魔鹿の大量発生だけど、十年前は魔狼だった。

 そしてその十年前は魔鹿。

 このシューレン領には何があるのか。

 一度しっかり調べなくてはいけないとの結論は出たけど、たぶん次は十年後なので今じゃなくても良いとなった。

 ただ、単なる繁殖による大量発生とは違う可能性が捨てきれないので、討伐後は調査を入れることは考えているらしい。今回の討伐でシューレン領へ行ったら、領主と話を詰めてくると言い、『もしかすると、帰城が遅くなるかも』と嫌そうに話していた。


 私としては、多少帰城が遅くなっても無事なら良いんだけど、そんなことをカントに言ったら、あの笑顔が降り注がれることが容易に想像できて、恥ずかしくて言えなかった。

 

 カントはダンスの練習がなくなっても、毎日会いに来た。

 護衛の近衛騎士にも何やら通達が出たようで、カントは顔パスで私の部屋まで来ていた。

 討伐前で忙しいのに、毎日、毎日。

 短い日は五分だけ。長くても三十分。ダンスの練習の時に比べると、会える時間はかなり短い。それでも私は嬉しかったし、それだけはちゃんと伝えた。

 毎回、別れ際に口吻をする。

 そして、『体調は?精神的には?』と聞かれる。

 たぶん、私に受けいれられるか不安なんだろうけど、申し訳ないくらいに絶好調だ。

 一つ難点をあげるなら、フワフワと地に足がつかないくらいだ、と言ったらまた口吻された。

 こんなことができるのは、私がカントと会っている間は皆退室するから。

 扉を少し開けておけば問題ないとニッコリ笑うマイリーが、『後で全部教えてくださいね』と私にこっそり言ったけど、教えることはないと思って今でも何も教えてない。

 でも、どうやら知っているようで『仲が良くて良かったです』といつもニコニコしている。

 

 


 討伐の日がやってきた。

 午前八時に出発というのは普段よりとても早いそうで、きっとそれは私のせいだと申し訳なく思う。

 でも、魔法師団の方々は皆優しくて、『我々も早く帰れるのは嬉しいです』なんて言ってくれた。

 カントは、『何かお土産を持って帰りますね』と言って旅立った。

 魔鹿のお土産。角かな?大きいけど、持ち帰れるのかな?なんて、呑気に考えていた私は、四日後に討伐の現実を知った。


 魔法師団が放った魔鳩が、魔法師団からの援軍要請とポーションの追加要請を知らせてきた。

 その中にあった一文は、私を凍りつかせた。


 『ドラゴン三体発見。討伐する』




 更新は毎日二十一時を予定しています。


 読んでいただき、ありがとうございました。




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