パーティ
シルヴァン殿下の別荘に呼ばれたことで、フェリシテお姉さまとシルヴァン殿下の親密度は上がったのだろうか。
結局あの後、シルヴァン殿下にお仕事が入ってしまい、シルヴァン殿下は先に帰られてしまった。
私たち三人はゆっくり帰ることになり、フェリシテお姉さまとシルヴァン殿下を再び二人きりにすることは叶わなかったのだ。
残念と言うより、賄賂分の少しも返していないプレッシャーがすごい。
「あら、似合っているわよ。リリアーヌ」
「ありがとうございます。少し、恥ずかしいですけれど…」
青と紫のドレスに身を通し、私は鏡の前で自分の姿を確認する。体に巻きつくようなレースが蝶の羽が重なったように見えるデザインで、派手としか言いようがない。
こんな衣装が自分に似合うのかと思うが、いただいたものなので着るしか選択肢がない。
「素敵よ。リリアーヌ。シルヴァン殿下が見立てた通り似合っているわ」
「それはお姉さまのことだと思いますけど」
フェリシテお姉さまは、腰から足下にかけて大きなレースのリボンで飾られたドレスを着ていた。淡い水色でドレスの裾にピンクの花があしらわれているため、水辺に花が流れてきたように見える。
フェリシテお姉さまはそこに現れた妖精のようで、美しさに見惚れてしまいそうだ。
さすが、シルヴァン殿下からの贈り物だけある。
そう、パーティのお誘いと共に、シルヴァン殿下はまたもドレスをよこしたのだ。私の分まで用意しなくていいのに、しっかり送られてきたのである。
必ず出席しろとの無言の圧力としか感じない。
「はい、あなたの仮面よ」
「はあ。こんな物まで用意されているんですね…」
渡された仮面を目元に掛けると誰だか分かりにくくなるため、衣装の派手さは少しマシになるかと安堵する。
そう、今回のパーティは、まさかの仮面舞踏会だった。
毎年ある女神を祀る催しで街中も祭りで賑わうのだが、今回は趣向をこらして仮面舞踏会となったようだ。
王宮の舞踏会に招待され送られたドレスを着るのは、一人で良いだろうに。
賄賂だらけの私は、香りまで賄賂漬けである。しっかり香水まで届けられてきたので、否応なくそれを振り掛けた。
甘すぎずさっぱりとした香りで私好みだが、シルヴァン殿下も好む香りだと言っていたのが、少々気掛かりである。
ドレスや香水は当然フェリシテお姉さまにも届いていたが、招待状と手紙を見てお姉さまが珍しく目尻を下げたのだ。
別荘で少しでも二人の時間を過ごしたおかげか、シルヴァン殿下と親密になれたのではないだろうか。
そのせいか、賄賂まみれの私はとても気が引けるのである。
「シルヴァン殿下はどちらにいらっしゃるかしらね」
扇で口元を隠しながら、フェリシテお姉さまはうふふと笑う。
ここは早くシルヴァン殿下を見付けてフェリシテお姉さまと二人にしたいのだが、如何せん今日は仮面舞踏会。シルヴァン殿下がこちらの衣装が分かっていても、こちらはシルヴァン殿下の装いを知らない。
「殿下を探した方がいいかしら」
私はユベールだけに聞こえるように呟く。
「シルヴァン殿下ならシルエットで分かるんじゃないかな?」
ユベールはそう言うが、本日はシルヴァン殿下が婚約破棄をして初めてのパーティである。年頃の令嬢たちが血眼になってシルヴァン殿下を探すのではなかろうか。
早く見付けないと側にも寄れない気がする。
「王の挨拶はあると思うけれど…」
「あっても少し経ってからじゃない? そこに殿下がいるかどうか分からないけどね」
「ユベール。二人で手分けしてシルヴァン殿下を探すわよ」
「向こうから見付けると思うけれどな。こっちは目立つし」
「そうだろうけど、殿下がうろうろしていたら、他の皆も付いてきてしまうでしょ」
「それくらい対策すると思うけれどね」
ユベールはちらりとこちらを見て、上から下まで眺めた。
「何よ。どこか変?」
「いーや。まあ、探してきなよ。俺はフェリシテ姉さんといる。変な奴らが目を付けてくるだろうから、俺が側にいた方がいいだろ?」
「それもそうね。じゃあ、あまり動かないようにしてね。殿下を見付けても連れてきたらいないなんてないように」
「分かってる」
ユベールの返事に頷いて、私はシルヴァン殿下を探すことにした。シルヴァン殿下が他の令嬢に見付かる前に見付けたい。
(マスクをしているだけなら分かるかしら。顔全体を隠されたら分かりにくいのよね)
仮面舞踏会にいる者たちは目元が隠れる仮面だけでなく、顔全体を隠す仮面を付けていたり、カツラなのか不思議な色の髪色をした者もいた。
顔全面を隠されてカツラを被っていたら、背格好だけで見付けなければならない。
周囲を見回してシルヴァン殿下に似た背格好を確認する。金髪はいるがシルヴァン殿下と身長や横幅などのサイズが合う人がいない。
(別の部屋にいるのかしら)
王宮のパーティだけあって人も大勢で使われている部屋も多い。探すには骨が折れそうだが、わざわざ招待状をくれたのだし、向こうもフェリシテお姉さまを探しているだろう。
歩いていると前から来た男性がちらりとこちらを見遣った。焦げ茶色の髪が軽く目元だけの仮面に掛かっている。近付けば淡い緑色の瞳。誰なのかすぐに分かる。相手もこちらに気付いていたと、声を掛けてきた。
「リリアーヌ、来てたのか」
「そっちこそ。ね、殿下を見なかった?」
声を掛けてきたのはディオンだが、挨拶もせず私は周囲に聞こえないように小声で問う。
「この人数では分からないな。誰から招待されたんだ? まさか、殿下?」
「そうよ。お馴染み三人一緒で。お姉さまにはドレスを贈られて。だから殿下を探しているの」
自分も賄賂で貰ったとは言えない。そこは話さず私はキョロキョロ周囲を見回した。シルヴァン殿下もディオンくらい分かりやすい仮面でいてくれたら良いのだが。
「君は、珍しいドレスを着ているんだな。……とても、似合っている」
「え? ああ、ありがとう。かなり派手よね。分かってる。仮面があるから何とか着れている感じだわ」
「仮面を外して見られれば良かったのに……」
「もう、仮面があるから何とか助かってるのよ。仮面は絶対外さないわ」
「せっかくのドレスなのに、勿体無い。君が選んだドレスだろ? それに、いつも付けている香水と違う香りがするな」
「鼻が利くのね。香水もいただいたもので…」
言ってすぐに口を閉じる。香水も、と言ってしまった。ディオンは勘が良いためすぐに気付いたと、緑色の瞳でこちらをじっと見つめた。
「ドレスも香水も誰かにもらったのか?」
「えーと、これには理由があるのよ。とっても深い理由があって、深い意味などはないの。私のは、ついでで」
「ついでって…、もしかして」
「レディ、飲み物はいかがですか」
ディオンが掴みかからんばかりに近付いた時、急に身長の高い男性がグラスを差し出してきた。
金の刺繍がされた真っ黒のローブをまとい、扇のような帽子を被っている。その中から垂れた布が目元や首元、髪を隠していた。
口元は見えるが目が完全に黒の布で覆われていて、周囲が見えるのか不思議になる装いだ。
「ただのジュースですよ。どうぞ」
その声をしっかり聞いて、すぐに誰か気付く。
「どなたかと、思いました…」
「仮面を被っている間は、誰か口にしてはなりませんよ」
しぃっ、と可愛らしく指先を口元に添える。姿だけでは誰か想像はつかないが、声を聞けば誰だか分かる。シルヴァン殿下だ。
この格好では話をしない限り誰も気付かないだろう。しかも少々不気味に見えるので、女性たちはこの男に近寄ろうとしないかもしれない。
頷いてグラスを手にすると、シルヴァン殿下はクスリと口角を上げた。
「ドレス。とてもお似合いです」
「ありがとうございます。また、お姉さまだけでなく、私まで…」
「フェリシテ嬢の物は…。いえ、着ていただけて嬉しいですよ」
先に私を見付けても、フェリシテお姉さまがいなくてガッカリしただろうか。シルヴァン殿下は少しだけ口籠った。
「ところで、他の方はどちらに?」
「あ、お姉さまはどこかに行ってしまって。探している途中です!」
だから一緒にフェリシテお姉さまのところへ行ってほしい。シルヴァン殿下もお姉さまを探していたのだろうから、このまま話しながら誘導できないだろうか。
シルヴァン殿下も同じ気持ちだろう。それならば一緒に探そうと、私をエスコートするために腕を差し出してきた。
「待ってください。今、彼女は私と話し中です」
「ディオン、ちょっと、」
ディオンが横から入ると、私を後ろにしてシルヴァン殿下の前に立ちはだかった。
帽子に仮面を被っていて分からないだろうが、その方はシルヴァン殿下である。私はディオンの服を引っ張って、喧嘩腰に言う彼を止めようとした。
「ま、待って、ディオン。この方は」
「彼女と大切な話をしていたので、申し訳ありませんが遠慮していただけませんか」
「大切な話ですか? 彼女は姉君を探しているようですが」
口調は変わらないが、どこか冷えた声音が響く。シルヴァン殿下の冷めたような声は初めて聞いた。いつも朗らかで笑顔を絶やさない方が、ディオンの言葉に腹を立てたのだろうか。
仮面を被っているとは言え相手は王太子殿下だ。ディオンも喧嘩腰になるのはまずい。
「本日はお一人でしょうか? パートナーがいらっしゃるのでは?」
シルヴァン殿下はディオンを知っているのか、パートナーについて口を出す。ディオンはいつも一人の参加なので、パートナーがいるのはとても珍しい。仮面舞踏会だから誰かと一緒なのだろうか。
「私一人で参加してはいけませんか?」
「いいえ、バシュレご息女とご一緒かと思っていました」
その言葉にディオンは少しだけおののいた。心当たりのある名なのだろう。
バシュレの名は有名だ。地方の領主だがかなりの資産家で、高価な宝石が採れる鉱山を所有している。
ディオンはモーリアック家の次男で家を継ぐことはない。自ら始めた商売は好調だが、貴族の中でも影響力のあるバシュレ家のご息女と結婚すれば、更にそのブランド力を高められるだろう。
バシュレの領地で取れる宝石を使用できれば、ディオンの装飾品店の品のレベルもぐっと上げることができる。
ディオンにとって利益のある結婚話だ。
シルヴァン殿下が知っているのだから、婚約の話が出ているのだろう。バシュレ領で採られる宝石は質が良く王族も好んで使用する。その関係でバシュレご息女とディオンの婚約話を聞いたのかもしれない。
ディオンはそのまま黙りこくると、ぐっと拳を握った。
「さあ、フェリシテ嬢を探しましょう」
シルヴァン殿下は、話は終わりだと私を促した。
「ディオン、私はお姉さまを探すから、また話しましょ」
「リリアーヌ、待てよ」
「今度連絡するわ。あの、参りましょう」
こんなところで諍ってはディオンの立場が悪くなってしまう。シルヴァン殿下もそれ以上争うつもりはないとエスコートの腕を出した。
(婚約の話が出ているなんて、全く知らなかったわ…)
ディオンにとってもモーリアック家にとってもまたとない話だと思うが、ディオンは自分が始めた商売にコネなど使いたくないのだろう。だが、彼は次男で、モーリアック家の方針としてはバシュレ家を迎え入れたいに違いない。
貴族なのだから家の関わりは捨てきれない。今の商売だってモーリアック家の名があってこそだ。バシュレ家からすれば自領の宝石を利用できるのだし、ディオンの商売で更に販路が拡大できるのだから、ディオンとの結婚はモーリアック家からの打診だったのかもしれない。
そこでディオンが断るのは難しい。
(せっかく一人で頑張ってきたのに、辛いわね…)
「彼とは、仲がよろしいんですね?」
「社交界の色々なお話を教えてくださる方で、ユベールも私も頼りにしているんです」
ここで男たちの情報を得ているとは言えない。私は軽く誤魔化して、信頼している人だと答える。
「お付き合いをされているんですか?」
「ディオンと私がですか? いえ、彼はただの友人ですよ?」
「そうですか…。彼は、あなたを特別な人と認識しているようですが」
シルヴァン殿下は至極真面目な声でそんなことを言ってくる。が、私は唐突な話すぎて、笑いそうになってしまった。
「そんなはずないです。彼は情報…、社交界の多くの人と話すのが趣味なだけですから」
ディオンは髪型やドレスを褒めてもそれで終わり。特別な人に対する対応ではないと思う。
顔が広いことで多くの情報を得ているため、初めて近付いてきた時はフェリシテお姉さまの話を聞きたがった。
フェリシテお姉さまの情報を欲しがっているだけならば叩きのめしていたかもしれないが、利益になる情報を教えてくれるようになって、お互い知っている話を教え合うようになった。
ディオンほど多くの話題を持っているわけではないが、女性の情報を欲しがっているディオンからすれば、私は気安く話せる相手だ。フェリシテお姉さまのお相手を探すにはディオンの情報が必要で、それを知っているディオンにとって私は信頼できる情報源なのだ。
「私は軽く話せる相手なので、一緒にいて楽しいですが、彼にとっては情報源でしょう」
「一緒にいて、楽しいのですか?」
「彼は商売や経済など男性だけが話す話題など、気兼ねなく話してくれるのです。多くのことを知るのは楽しいので、私には新鮮ですから」
情報と言ってもゴシップだけではない。ディオンは女性が関わらない部分まで話題をくれたり、詳細に話したりしてくれる。無知な私に説明は面倒だろうが、彼は時に面白おかしく話してくれた。
社会勉強を兼ねていると言ったら失礼だろうか。面倒見のいい兄のような存在である。
「政治の話など、女に話す者はおりません。奇特な方です」
「幼い頃から読書を好むとは聞いていましたが、政治にも興味があるとは存じませんでした」
フェリシテお姉さまとそんな話でもしたのだろうか。シルヴァン殿下は、私がユベールのアカデミーの本を読み耽ってユベールに怒られたことまで知っていた。
「女性としてはあまり外聞の良くない話でしょうけれど」
「いえ、私の母は他国との交流や商人たちとの会話に多くの知識を必要するため、女性でも勉強すべきだと仰って私と同じように学んでいらっしゃいましたよ。あなたのお母さまと本を良く読んでいたとも聞いています。母娘共に勉学が好きなんですね」
「お母さまはベッドにいる時間が長いので、本を読まれてばかりなんです。私もその影響を受けているのでしょう」
お父さまは今でもお母さまのために本をプレゼントすることがある。お母さまが元気だった頃は王妃とも本を貸しあっていたらしいので、私はその血を色濃く継いでいるのかもしれない。
「とても素晴らしいことだと思います。勉強家なんですね」
そんなことで褒められると素直に嬉しい。大抵の男性は女が政治を学ぶなどと馬鹿にするものだが。
いや、ディオンも笑わずに話を聞いてくれていた。
「学びに興味があるのならば、王宮の書庫を見に来られますか?」
「よろしいのですか!?」
「ご案内したいですね。自由に使用できるようには、それなりの理由が必要ですが…」
自由に使用できればもちろん嬉しいが、もし入れるのならば行ってみたい。
シルヴァン殿下は緩やかに微笑むと、できるだけ早く案内してくれることを約束してくれた。
嬉しさに舞い踊りたくなったが、それよりも別荘に招待されたお礼を言っていない。私は急いで礼を口にする。
「別荘に招待いただけたこと、お礼申し上げます。お姉さまもとても喜んでいました」
「それは良かったです。リリアーヌ嬢はいかがでしたか?」
「勿論、私も楽しかったです。美しい風景も楽しめて、気分転換もできました」
おまけで連れて行ってもらい、至れり尽くせりだったのだから、楽しめなかったわけがない。むしろ邪魔をして申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
シルヴァン殿下は途中で帰ることになってしまったのだし、せっかくのフェリシテお姉さまとの時間を長く共有できず残念だっただろう。
ここは早くフェリシテお姉さまのところへ連れて行きたい。
「お姉さまのことですから、また知らぬ方に囲まれてダンスの申し込みをされているかもしれません」
「では、ダンスホールの方へ参りましょうか」
シルヴァン殿下は焦ったのか、すぐにそちらの方へ進んだ。フェリシテお姉さまが別の男と踊っていたらと心配になったのだろう。その心配はユベールが邪魔してくれているはずだ。もしかしたら声を掛けてくる男たちの邪魔をするため、ユベールはお姉さまと踊っているかもしれない。
そう思っていたのに、ダンスホールにいたのは別の女性と踊っているユベールだった。
「弟君はエディットと踊っているようですね」
「そ、そうですね…」
(ユベール!? お姉さまはどこにいるの??)
エディット様からお誘いになられたのか、ユベールがフェリシテお姉さまから離れるとは。それとも、ユベールがエディット様に恋心を持ったのか。
別荘でも仲が良かったので、その可能性は高い。
「私たちも踊りませんか?」
「え? わ、私とでしょうか??」
「ええ。リリアーヌ嬢、どうぞお手を」
シルヴァン殿下はダンスには扇のような帽子が邪魔だと、近くのボーイにそれを渡す。そのせいでシルヴァン殿下の目立つ金髪があらわになった。
(どうして、それを取るんですかー!!)
目を隠す布は着けられたままだったため目元はしっかり見えないが、髪型と体格で気付く者は出るのではないだろうか。
「リリアーヌ嬢? 私とのダンスはお許しいただけませんか?」
急に自信なさげに声を出されて私は胸をぎゅっと掴まれる気がしてくる。その声は反則ではないでしょうか。
(くっ、私に、断れるわけがっ!!)
差し出された手を取れば、シルヴァン殿下はふわりと微笑む。目元が見えていないのに、その柔らかな口元が心臓に悪い。
しかし、先に私が踊ってしまって良いのだろうか。
音楽が変わり私たちはダンスホールへ足を進めた。気のせいかな、令嬢たちがこちらを見てコソコソ話をしているような気がする。
いや、気のせいではないだろう。勘の良い令嬢は目の前にいる男性が誰か気付いたのだ。帽子を取れば誰でも気付く。仮面ごときで誰なのか誤魔化せるわけがなかった。
視線が痛い!
シルヴァン殿下はさすが王族だけあると、スマートに私をリードする。男性とダンスを一緒にする経験が多いわけではないが、シルヴァン殿下と一緒にダンスをしているだけで、自分がとても上手くなったような気がした。
(すごいわ。相手によってこんなに違いがあるのね)
これは見ている者も気付くだろう。令嬢たちの視線が一段と鋭くなるのを感じて、私はふとある仮定を思い付く。
婚約破棄をしたシルヴァン殿下は、令嬢たちから狙われる身。そう簡単にシルヴァン殿下の相手になどなれないが、隙を狙っている令嬢たちは多いことだろう。彼女たちの中では戦いが始まっている。
その中で令嬢たちの妬みを一身に受けるのは大変だ。嫌味程度ならまだしも嫌がらせなどされるに違いない。
そこで私が殿下とダンスをし、スケープゴートのごとく令嬢たちの妬みを受ければ、フェリシテお姉さまを守ることができる。
(成る程。私は賄賂の塊。お姉さまのためにも犠牲になるのは私だけで十分です。お任せください!)
これから受けるであろう、フェリシテお姉さまへの嫌がらせを少しでも減らせることができれば、賄賂を受けた分は返せる気がする。
「別のことを考えていますか?」
ぽそりと聞こえた言葉に、私は顔を上げた。
目元が隠れていると表情は分かりにくいが、口元は笑っていないように見えた。ダンスに集中しろということだろう。ここで私に失態があれば囮にならない。
フェリシテお姉さまのためにもしっかり踊りに集中すべきだ。
シルヴァン殿下のリードに合わせて失敗ないように踊る。私はかつてない集中力をもってダンスを踊り切った。
「お相手してくださり、ありがとうございます。目立ってしまったでしょうから、一度ここから離れた方が良いかもしれません」
緊張したまま踊り終えると、シルヴァン殿下が私に囁いた。
目を光らせた令嬢たちが次のダンスを狙っている気がする。向こうから声を掛けてくることはないだろうが、周りを固められる気がした。
私はシルヴァン殿下の言葉に頷き、その場を離れる。
「お姉さまもその辺りにいると思うのですが…」
そう言ってフェリシテお姉さまを探そうとしたが、シルヴァン殿下の手が繋がれたままだ。
「あの…?」
「私のことも、考えてほしいのだけれど」
だからこそ、フェリシテお姉さまを早く探したいのだが。
シルヴァン殿下はどこか悲しげな声を出されたが、表情が見えないので定かではない。
その時、私は見た覚えのある衣装を目端に捉えた。
テラスに出ようとしたフェリシテお姉さまをエスコートする者がいる。
「リリアーヌ嬢?」
「あ、で、あ、私、急に、足が、痛く、なったので、少々、休憩など!?」
「それは。ではどこか休める部屋へ行きましょう。歩けますか?」
「歩けます。歩けます!!」
私は手を繋いでいるのをいいことに、シルヴァン殿下を引っ張るように促す。
ここから、即刻離れなければならない。
フェリシテお姉さまが一緒にいたのは、あのアルフォンス様だ。楽しそうに微笑むお姉さましか表情ははっきり見えなかったが、テラスに連れるならばアルフォンス様はやはりお姉さまにその気なのだろう。