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2/12

お茶会

「王太子殿下って本命がいるって噂もあったんだよね」

「あら、そんな噂があるの? どんな方が本命なのかしらね、リリアーヌ?」

「お姉さまみたいな方じゃないでしょうか?」


 馬車の中、ユベールがぽそりと呟いた言葉に、フェリシテお姉さまはふんわりと笑って言うが、これはもうお姉さまで間違いないとこっそりガッツポーズをする。


「そんな噂があるのねえ」

 なんて、ほわほわ言っているが、私もその噂は耳にしたことがあった。


 男たちの事前調査をしている際に、パーティやお茶会で耳にしたことだ。ディオンも似たようなことを言っており、ユベールもそれで聞いたのだろう。


 クリステル様はお姉さまとは違った美貌を持つ人で、王太子殿下の婚約者だけあって高価なドレスや装飾品を着けるのが常だった。華やかな人だったため似合ってはいたが、それを自慢げに話すことも多く、鼻に掛ける姿はむしろ醜悪だった。

 そして、そのクリステル様の隣にシルヴァン殿下がいることはほとんどなく、クリステル様の素行の悪さのせいか彼女を避けるように二人でいることが少なかったため、そんな噂が流れていた。


 もしかしたら本当に本命がいるのかもしれない。

 令嬢たちもその噂に浮き足立っていた。今回婚約破棄が決まったことで、令嬢たちはどうやってシルヴァン殿下に取り入るか画策することだろう。


(お姉さまが一歩リードさせていただきますけれど!!)


 馬車はスピードを落とすと、ゆっくりと停まった。メイドたちが迎える中に、ひときわ目立つ男性が一人混ざっている。


「ようこそ。良く来てくれました」

 微笑んで出迎えてくれたのはシルヴァン殿下本人だ。私たちはすぐに挨拶をする。


(王太子殿下自ら迎えに出てきてくださるなんて。お姉さま、これは期待して良いのでは?)


 パーティの後、シルヴァン殿下はすぐにお茶の誘いをくださった。

 婚約破棄で周囲は騒がしいはずだが、このタイミングでもフェリシテお姉さまをお茶に誘うのだから、次の婚約相手として考えているのは間違いないだろう。

 ただ周囲に騒がしさがあるため、私とユベールも一緒に誘いを受けシルヴァン殿下の宮に招待されたのである。


 四人でのお茶会とは何とも不思議な感じはするが、フェリシテお姉さまのためだ。案内されたのは庭園の一画で、私とユベールは緊張しながら席に着いた。お姉さまは度胸があるというか、かなり天然なところがある人なので、緊張もなくにこにこ笑顔でシルヴァン殿下に向かい合う。


(嫌味を嫌味と捉えないその天然ぶり。王太子妃として相応しいと思うの。妃になってもメンタルでやられる心配はないものね)


 王太子妃ともなれば多くの困難が待ち受けることだろう。だが、フェリシテお姉さまの強メンタルとその天然対応力があれば問題ない。

 今日はとにかくフェリシテお姉さまを猛プッシュするのだ。


「バルバストル令嬢の件で、お二人にも迷惑を掛けたと耳にしました。お詫びと言っては何ですが、お二人にはプレゼントがあるんです」


 前は名で呼んでいた婚約者を、今は苗字で呼んだ。本当に婚約破棄をしたのだと実感させられるが、私の決意をよそにシルヴァン殿下はなぜかこちらを向いて口を開いた。まだフェリシテお姉さまの顔を直視する勇気はないのだろうか。


 シルヴァン殿下の声にメイドたちが持ってきたのは、花束と小さな箱だ。フェリシテお姉さまだけに渡すならともかく、私にも用意してくれたらしい。


「気に入っていただけると嬉しいのですが」

 少しばかり照れるように言うのだが、藍色の瞳にはどこか含むものが見えた気がした。


(そうか、賄賂ね。お姉さまにはお詫びで、私には賄賂と! お姉さまとの間を取り持つようにと!)


「開けてもよろしいですか?」

 フェリシテお姉さまは驚愕に頬を染めて言う、なら良かったのだが、いつも通りのほわほわ笑顔で驚きも感動も感じない笑顔を見せた。私がその辺の花を手折って渡しても出る笑顔だ。


(お姉さま、そこはもう、溢れんばかりの感動を表わしてくださらないと!)


「あら、素敵ですね。うふふ。可愛いわ」

 フェリシテお姉さまの小箱には花を模した髪飾りが入っていた。宝石が盛りだくさんの高価な髪飾りとはいかないが、それでも宝石のついたお姉さまに似合う大人びたデザインの髪飾りだ。

 シルヴァン殿下が自ら選んだのか、とてもセンスが良い。何なら今のドレスに合うので着けてあげたい。


「リリアーヌ嬢も開けてみてください」

 そう思ったのだが、シルヴァン殿下に促されて自分に渡された小箱を開ける。

 …や否や、私はその小箱の蓋を急いで閉めた。


(今、何か、物凄いものを見た気がするわ…)


 もう一度、そろりと小箱を開けてみる。

 間違いない。中に入っているのはネックレスで、それこそ宝石が盛りだくさんと言いたくなる、高価なネックレスだった。


 これは箱を間違えたのではなかろうか。宝石の色もフェリシテお姉さまの瞳に似合う水色のような青色である。お姉さまにいくはずの箱が私の手元にあるのでは?

 何せ、フェリシテお姉さまへの贈り物と値段に差があるように思える。いや、ありすぎる!


「お二人に似合うと思いますよ」

 にこにこ、にこにこ。シルヴァン殿下は中身のことは言わず微笑を向けてきた。フェリシテお姉さまは小箱から取り出して髪に合わせたりしているので、間違ってこの小箱が私に渡されたわけではない。


(わ、賄賂。賄賂よ! そうよ、賄賂だわ! 任せてください。少ししたら私たちは席を外しますから!!)


 シルヴァン殿下には笑顔をお返しして、私はその小箱の蓋を閉めておく。フェリシテお姉さまも小箱に髪飾りを仕舞ったので、私の贈り物には気付かれずに済んだ。

 しかし、このような高価な賄賂を受け取ったからには責任重大だ。これは心してかからなければならない。


 私の心知らず、フェリシテお姉さまはシルヴァン殿下に初めてお会いした時の話をしていた。私とユベールも一緒にいたらしいが、まだ幼くあまり覚えていない話だ。

 お母さまは王妃さまと仲の良い友人であったため、お母さまが元気だった頃王宮に訪れたことがあるのだ。その頃に何度か会ったのだろう。


「リリアーヌは王宮の書庫に入り込んでしまって、本を抱きしめたまま離さなくて困ってしまったのよ」

「本に囲まれて、抱きしめながら眠っていたんですよ」

「そ、そんなこと、あったんですか?」


 私は覚えのないことに少しだけ慌てる。幼い頃から本は好きだったが、王宮の書庫で本を離さないとは相当だ。シルヴァン殿下も覚えているらしく、眠っていた私を見付けてくれたのはシルヴァン殿下だったらしい。

 お母さまが病気になり王宮に訪問することはなくなったらしいが、二人は親しい親友のように昔話に花を咲かせた。


(これは、とても良い雰囲気ではないかしら??)


 その話が終わると、今度はユベールの話になった。今通っているアカデミーでの成績を知っているらしく、ユベールの成績を誉めてくれる。

 ユベールは自分の成績をシルヴァン殿下が知っているとは思わず、顔を真っ赤にして恐縮した。


(会話がうますぎて、私の助けが全くいらないように思えるのだけれど…)


 賄賂をもらって黙っているわけにはいかない。私もできるだけ会話に参加しようとすると、再び私の話題が回ってきた。


「リリアーヌ嬢は昔から変わらず、お姉さまと仲が良いですね。このように話すのはとても久し振りです」

 シルヴァン殿下は懐かしむようにこちらを見遣った。


 私がシルヴァン殿下と直接話をすることはまずない。パーティで姿を見掛け挨拶をすることはあったが、そこで長く話しをする機会などなかった。

 不思議に思っていると、シルヴァン殿下は少しばかり残念そうな顔をした。


「昔、誕生日会に呼ばれた際、お話をしました。覚えていらっしゃいませんか?」

「リリアーヌのお誕生日会よ」

 フェリシテお姉さまの言葉にやっと思い出す。


 子供の頃行った誕生日会に、クリステル様と共にシルヴァン殿下が参加してくれたことがあった。シルヴァン殿下がアカデミーに入る前くらいで、かなり昔の話だ。

 クリステル様が既にシルヴァン殿下にべったりで、私の誕生日会ながらクリステル様とシルヴァン殿下中心の話ばかりになってしまったが、私は私でフェリシテお姉さまに近付く男たちを蹴散らすのに集中していた。


 あの頃はあの頃でフェリシテお姉さまが大好きだったので、好きがすぎてお姉さまにちょっかいを出そうとする男を目の敵にしていたのである。

 その時に、シルヴァン殿下が話し掛けてくれたのだ。


『お姉さまが大好きなんですね』

 その問いに満面の笑みで大きく頷き返事をして、シルヴァン殿下に微笑ましそうに眺められた。


(男たちを牽制していたの、気付かれていたのよね。あの時は気付かなかったけど)


 誕生日会の主役そっちのけでクリステル様とシルヴァン殿下の婚約の話題になったため、シルヴァン殿下は気にしてくれていたのだろう。

 それで気付かれたに違いない。

 懐かしい話だが、あんな昔のことをよく覚えているものだ。


「素敵ね。リリアーヌ」

「はい?」


 フェリシテお姉さまに声を掛けられて私は顔を上げる。何の話をしていたか。お姉さまはユベールにも問い掛けたようでユベールは驚いたように頷いていた。


(聞いていなかったわ。何の話をしていたの??)


 シルヴァン殿下はこちらを向くと、喜ぶように笑顔を見せた。

「では、ぜひ別荘にいらしてください」


(別荘!? いらしてください???)


 フェリシテお姉さまは普段通りの笑顔だが、ユベールの顔を見るに別荘に招待してくれたようだ。ということは、私も招待されたらしい。


(殿下、展開早くないですか!?)


 シルヴァン殿下はこちらを向いて、ただ微笑むだけ。賄賂分は働けということか。楽しみにしています。と私に向かっていう辺り、責任が肩にのし掛かった。


 婚約破棄をしたばかりで、フェリシテお姉さまだけを別荘に呼ぶなど外聞が悪く難しい。しかし、おまけの私とユベールを連れれば、お姉さまを狙っていることは曖昧になる。

 お茶会どころかこんなに早く別荘まで出してくるとは、シルヴァン殿下は本気だ。


(これは、お姉さまの気持ちが殿下に向くようにしないと)


 何と言ってもフェリシテお姉さまは天然なところがあり、男女関わらず誰にでも優しく人当たりがいいというか、そのせいでどんなクズでも釣ってしまうというか、なところがある。

 誰にでも隔てることのない同じ態度が特定の相手として認識できないこともあり、良い感じに見えてそうでないと気付く人は多く、そのせいで早々に手を引く人も多かった。


 きっと本気な人であればあるほど、フェリシテお姉さまの態度に自信を無くすのだろう。

(良い方がいても、お相手が身を引いてしまっては意味がないのよ)


 打っても打っても響かないお姉さまの心を、何とかシルヴァン殿下に響かせてもらいたいものである。

 もちろん、フェリシテお姉さまの気持ちは尊重するつもりだ。

 しかし、フェリシテお姉さまが特定の男性に心を奪われたことは、未だない。





「お姉さまは、どんな男性が好みなんですか?」

「あら、急になあに?」

「パーティでいい人がいたらお姉さまにと思っていましたけれど、お姉さまの好みを聞いたことがありませんでしたので」


 フェリシテお姉さまがクズ男ばかりを釣り上げるので、つい相手の事情ばかり気にしてしまっていたが、お姉さまの好みをはっきり聞いたことはなかった。こんな人はいかがですかと推してみても、素敵ねえ。程度でそこまで興味を持っているように思えなかった。

 果てには私とユベールに素敵な人が現れればいいと、そればかりを口にする。


(私はお姉さまの幸せを第一に考えたいのに)


 それはユベールも同じだ。フェリシテお姉さまには幸せになってもらいたい。だからこそ相手におかしな者を選ばないか調べるようになったのだ。


「素敵な人であればいいのよ」

「フェリシテ姉さんの素敵な人が、どの部類なのか分からないんだよ」

 その素敵な人が難しい。ユベールが横で聞きながら、同じ意見だと口を出す。


「素敵な人は素敵な人なのだけれど…。リリアーヌはどんな方が好みなの?」

 突然問われて私も口を閉じる。好みと言われても、ここ最近ずっとフェリシテお姉さまの相手の調査をしていたせいか、世の中にいるクズ男以外ならば誰でもまともなのでは? とか思い始めていた。


「とりあえず、二股とか、ギャンブルとか、怒鳴ったり、いつも不機嫌じゃない人がいいです」

「それはそうねえ」

「いや、最低ランク…」


 私たちの会話にユベールが呆れ声を出した。

 そうはいっても、フェリシテお姉さまの周りにはそんな男ばかり集まるのだ。いい人そうに見えて実は身分の低い人に横暴であったり暴力を振るったり、人当たりがいいように見えて女性にだらしなかったりと、問題は尽きない。


「ディオンはどうなんだよ?」

「ディオンは友達なのではないの?」

「友達ですが?」


 ディオンをそういう目で見たことはない。確かに年は彼の方が一つ上で婚約者もおらず性格は良い方だと思うが、いかんせん情報を得るために令嬢を誘うことが多い。世間ではあの男はチャラ男である。

 商売のためとはいえ、誘われて本気になった令嬢たちが可哀想に思えた。それで勘違いする純情な令嬢はいるわけなのだから。


「ディオンは皆に優しいものね。けれど、それが続いては気付くものも気付けないわ」

 フェリシテお姉さまが珍しいことを言うので、私とユベールは顔を見合わせた。まさか、お姉さまはディオンに気持ちがあるのだろうか。


(ディオンは誰にも優しいから、諦めたとか?)


 しかもディオンはフェリシテお姉さまを結婚相手のカテゴリーに入れていない。お姉さまの美しさには目が眩むそうだが、自分には分不相応だそうだ。

 ディオン曰く、あの人を射止める男は余程裏表のない正直な男だよ。とのことである。

 その意図は分からないが、フェリシテお姉さまが手の平で転がせるくらいが良いそうだ。


(お姉さまが男を転がすなんて、想像がつかないけれど)


「フェリシテ姉さんは身分とか気にしないの?」

 ユベールが鋭い質問をした。さすがにユベールも気付いているだろう。うまくシルヴァン殿下に興味を持つよう誘導してほしい。


「身分はそこまで気にしたことはないわ。お相手の方が素敵な方であれば平民でも構わないのよ」

「いや、こっちが構うよ。平民はできれば避けてほしいな」


 ユベールがすかさず否定する。これでも我が家は王族に近い場所で働くお父さまのいる家である。王妃さまの紹介で、王妃さまの妃教育を行った方に私とフェリシテお姉さまの作法の教育係を当てたほどだ。


 ただでさえ私たちの世話はメイドたちに任せればいいところ、フェリシテお姉さまがわざわざ母親代わりをしたため婚期が遅れたことをお父さまお母さまも気にしているのに、平民に嫁いだとあればお母さまが卒倒する。

 とはいえ、フェリシテお姉さまが平民に嫁いでも、いつも通りほわほわ笑顔を見せて生活するのだろうな、と想像ができてしまうのが不思議だ。物怖じしないメンタル。羨ましくもある。


「お姉さまには、できれば苦労せず生活できるお家に嫁いでほしいです」

 だからシルヴァン殿下の婚約者に立候補してほしい。いや、少し苦労はあるだろうが、大変だろうが、いや、どうだろう。大変の方がまさるだろうか。いやいやいやい……。


「とにかくですね、お姉さまには幸せになってほしいんです!」

「まあ、リリアーヌ。あなたもよ。シルヴァン殿下の別荘、楽しみにしていましょうね」

「はい!」


 フェリシテお姉さまも少しは興味を持ってくれたか。お姉さまのにっこり笑顔に何の疑いも持たず、私は大きく頷いた。

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