大好きな幼馴染みが弁当くれたと思ったら違ったけど大体合ってた
起きててくれと祈りながら、弟の部屋のドアを小さく叩く。
「兄貴? どしたー?」
と返事があった。
半分パニックになっていた俺は、弟の穏やかな声に少しだけホッとした。
「もう起きてたか。今入って良いか?
大変な事になっちまったんだよ。ユズにどうやって謝れば良いかな」
扉越しに弟に聞いてみる。
「あー、ちょっと待ってて」
弟が珍しく慌てているのが、声の感じから分かった。
待つこと三十秒。その間、何やら、弟の部屋からボソボソと漏れ聞こえてくる。
しまった。サクラちゃんと電話でもしていたのかもしれない。邪魔をしてしまったのだろうか。
「もし忙しいなら後でも良い――」
俺が言い切る前に、弟がドアを開けてくれた。
弟は、迷惑そうな顔は全く見せずに、爽やかな笑顔を見せた。
「そう言われても、兄貴は心配性だからなあ。聞いてやらないと、またユズさんに泣きついちゃうだろ」
と、わざと俺を茶化して、笑わせてくれようとする。
「おいおい、何年前の話をしてるんだよ」
弟の整った顔を、俺の拳でグリグリと軽く押してやった。
「ところで、お前の用事は良いのか? 何かしてたんじゃ?」
「いや、大丈夫。
半裸で筋トレしてたから、変な勘違いされそうで服を着ただけ」
弟は、若干気まずそうな顔で、照れながら鼻を掻いた。
弟の態度にぎこいなさを感じたが、あえてそれ以上は聞かないことにした。
もしウソだとしても構わない。弟はウソと演技が下手だが、いつも俺のためを思ってウソをついてくれるのだ。
「はあー、筋トレかあ。マメだよな。お前みたいに筋トレしとけば良かったかな、俺も……」
弟の部屋に入って、ドサッと床に座り、自分の腹をさすりながら天井を見つめた。
弟は、高校一年でありながら高校三年の俺より筋肉質だ。背も俺より高いし、顔も良いし、服のセンスも良い。
正直、コンプレックスを感じる。
俺がしばらく何も言わず、ため息をついていたので、弟が不思議そうに見た。
「兄貴、何か相談だったんじゃないの?」
俺は、弟に嫉妬している場合じゃなかった事を思い出した。
「そうだった! 俺、ユズの作ってくれた弁当だと思って、サクラちゃんの作った弁当を食べちゃったみたいなんだよ!」
「え? どうしてそんな面白い事になったの?」
弟の質問はもっともだ。俺とサクラちゃんは、今はあまり仲良くしていない。本来、サクラちゃんの弁当を食べてしまう事などありえないのだ。
俺達兄弟の家は、ユズ・サクラちゃん姉妹の家と隣り合っている。四人共、幼馴染みと言える関係だった。サクラちゃんとも、昔はよく遊んだ。
しかし、その関係を俺が壊したのだ。
小学校高学年になると、俺はユズと二人きりで遊びたいと感じるようになってしまった。弟とユズが仲良くゲームをしていると泣きたくなって、俺はだんだんワガママになってしまったのだ。良く覚えていないのだが、実際に泣いてしまった事もあるらしい。
弟によると、俺はユズに泣きついて『ボク以外の男の子とたくさん遊ばないで』と喚いたようだ。
ユズは驚いたが、あまりに俺が情けなく泣くもんだから『他の男の子とはあまり遊ばないようにするから、泣き止んで』と、約束してくれたという。それが、七年前の話だ。
自分が恋をしていると気付いていなかったから言えてしまった、俺の本心なのだろう。弟からこの事を聞かされる度に、俺の耳は赤くなってしまう。
それから、俺はユズと二人で、弟はサクラちゃんと二人で遊ぶようになった。
もちろん友達としてだが、昨日まではそれなりに上手くいっていた。だが……。
「昨日、ユズとケンカしちゃったんだよ。
今日は親が用事で居ないし学校も休みだから、遊びに来て欲しくてさあ。泊まりに来ないかって聞いたら、エロい事してきそうってからかってきて。
俺、そんな事したことないだろって言って。真面目に頼んだんだよ。泊まりじゃなくても良いから、とりあえず家に遊びに来てよって。だけど、なんでそこまで来て欲しいのかって聞かれてさ。
それで、説明に困ってさ。好きだから来て欲しいなんて言ったら、もう遊んでくれなくなるかもしれないし。だから、別に理由なんて良いじゃねーかって感じの嫌な言い方になっちゃって。ユズもだんだん、聞かせてくれたって良いじゃんって怒り出して。
ユズ目線だと、やましい事がないなら言えるはずっていう理屈になっちゃうんだよな。結局、やらなくちゃいけない事があるからって電話切られちゃって、謝れてないんだ」
「へえ、そんな事があったんだ」
弟は、俺の話を聞いても大して驚きもせず。
「俺、ユズの事をそんなにエロい目で見てるのかなあ? なるべく胸とか見ないようにしてるつもりなのに……。
ユズ、もうあんまり遊んでくれないのかな」
「それで相談しに来たんだ?」
「あ、いや、相談はまた違うんだよ。それはそれで悩んでたけど、今はもっとヤバイんだ。
俺、昨日あんまり寝られなくて、腹減ってさ。今朝、親も居ないし、家でゴソゴソしてお前を起こすのもなんだし、牛丼でも食いに行くかと思って。外に出たら、ハンカチに包まれてる弁当がドアノブのところに巻き付けてあって。
放置しておけば良いのに、なんだこりゃとパカッと中身を見て『あっ、これユズの作った弁当だ』って思っちゃったんだよ。タイミング的にお詫びというか、仲直りしたいんだなと思って。勝手に感動して、モグモグ食べちゃって。
そんで、弁当箱って普通は洗って返すのかなと思って、弁当箱を包んであったハンカチから弁当箱を持ち上げたら、弁当箱の底にコレ。メッセージカードが付いてて」
俺は、カードを弟に渡した。
「えーっと……? 『お勉強 頑張ってね サクラ』か」
「コレさあ、サクラちゃんからお前への弁当だったって事だろ?」
「そうみたいだね。
今日は勉強しなくちゃいけなかったから、サクラちゃんのお弁当が食べたいなって冗談っぽく昨日言ってみたんだよね。
けど、料理出来ないから無理って断られて、ふて寝しちゃっててて。
俺が兄貴より早く起きれてたら、先に弁当回収出来てたんだね。ごめん」
俺もすぐに謝るタイプだが、弟も相当だ。
「いや、お前が謝る必要ねーよ。ユズに確認もせずに食べた俺がバカなだけで、むしろ俺が謝らないといけない。
ただ、本当に悪気はなくて。姉妹だから、弁当の見た目や味がソックリでさあ」
「兄貴、ユズさんの弁当食べたことあったの?」
「財布忘れたときに、前に一度だけ食べさせてもらって。今日の弁当、それと同じ作りだったんだよ。
今日は最初に玉子焼き食べたんだけど、玉子焼きの甘さとかその日と同じで。家って玉子焼き塩じゃん。砂糖の玉子焼き、本当に美味しくてさ。あの時と同じ味だと思って俺、嬉しくなって。泣きながら食べちゃって」
「ふーん。まあ、食べちゃったのは仕方ないんじゃないの?」
弟は、怒りもせずに――というより、笑いながらそう言った。
「お前が仕方ないって言ってくれるのは、ありがたいし助かったけど……ユズの方はどうしよう。
ただでさえケンカしてたのに、バカやっちゃったわけで。なんて言って謝ろう」
「兄貴さあ、最近ユズさんの事をたくさん相談してくるようになったよね?」
「え!? あー……まあ、そうかもな。
しばらく我慢してた。今の歳で昔みたいに気持ちが爆発しちゃったら、今度こそ友達で居てくれなくなると思って。
お前も俺も演技が下手だから、ユズが居るとたまに変な空気になったりするじゃん。なんか、俺がユズを好きな事がバレそうで、ちょっと怖くてさ。
だけど、もっと遊んで欲しくなっちゃったんだよ。さっき言った、俺が財布を忘れてユズが弁当食わせてくれた日。あの日に、それまでよりもっと好きになっちゃって。
俺、ユズのお母さんが作った弁当だと最初は思っててさ。弁当箱を返しながら『お母さんに、美味しかったって言っておいて』って言ったら『これ私が作ったんだよ?』ってユズが言うんだよ。本当に美味しかったから、ビックリしたよ。
しかも『また何かの時は食べさせてあげようか?』って言ってくれて。
その日になんか、ユズの優しさとかも再確認して。改めて、ユズの事をもっと知りたいって思ったんだよね。料理が出来るようになってるなんて、全然知らなかったし」
「惚れ直しちゃったわけだ?」
「そう。
最近、ちょっと勇気を出してまたユズを家に呼べるようになったのもその関係で。お互いの家にもっとたくさん行けば、趣味とか特技とか、色んな事を知れる気がして。
知ってるか? ユズ、もうコーヒー飲めるんだってよ。格好付けて飲んでるみたいに思われそうだから、学校では飲んでないんだって。
俺それ聞いた時、わりと意外で。ユズってそういう考え方をするんだなって。本当に、聞いてみないと分からないんだよね」
「俺はなんか、分かる気もするな。兄貴にはあんまり分からないかもね。
兄貴は、学食で堂々とユズさんとペアでイチゴミルクを飲むもんなあ」
弟は、思い出しながら微笑んだ。
「俺は、他人にどう見られてるかはあんまり気にしてないからな。誰が何を飲んでるかなんて、気にした事もなくて。
話せば話すほどそういう違いを知れて、やっぱり会話って大事だなって。たくさん話して、一歩一歩仲良くなろうと思ってたんだよ。
だけど、ユズからしてみれば急に家に呼ばれるようになったわけで、そりゃあ戸惑うよな。しかも、昨日なんて泊まりに来いって言っちゃったもんなあ。女友達に泊まれってのは、失礼だった。
とにかくユズに謝らないと」
「なんて言って謝るの?」
「まず、泊まって欲しいってのは下心じゃなかった事をしっかり伝えて。許して貰えたら、これからも仲良くして下さいって。
それと、サクラちゃんにも謝らないと。サクラちゃんの弁当食べちゃったって。許してくれるかなあ、サクラちゃん」
「大丈夫ですよー。ぶっちゃけあのお弁当、殆どお姉ちゃんが作ったんで」
女の子の明るい声が、唐突に部屋に響いた。
俺は、部屋を見回した。
「えっ、サクラちゃん!? どこに居るの!?」
「部屋には居ないです。電話です電話ー」
弟は、すまなそうな顔をしながら俺にスマホを差し出した。
「どうもー、サクラですー。盗み聞きしてごめんなさい」
スマホから、いつも明るいサクラちゃんの、元気な声が聞こえた。
「おはようございます、お兄さん」
「おはよう、サクラちゃん」
なんだか良く分からないまま、俺は挨拶を返した。
「私ー、昨日お姉ちゃん達がケンカする前に、お弁当の相談をお姉ちゃんにしちゃってて。お弁当のおかずを買いに行く準備とかあったから、私のせいでお兄さんとの電話が短くなっちゃったんですよ。その事と、お弁当置いておいたからねって話を電話してたら、兄貴が慌ててるから一回切るねって言われて。
だけど私、もし昨日の愚痴なら私にも謝らせて欲しいと思って、電話を切らないでハンズフリーの通話にしておいて貰ったんですよ。もし違う相談が始まって、聞いちゃいけないような事だったらすぐに電話切るつもりでいて。
ほら、お兄さんって遠慮するから、私が先に謝ったら絶対に文句を言えないタイプじゃないですか。だから、本音を聞きたかったんですよ。
なんか、結果的に話すタイミング失って完全に盗聴になっちゃいましたけど……お兄さん、許してくれますか?」
許すも何も、俺達の関係からするとそこまで重罪じゃないと俺は思った。弟が居間でハンズフリーにしたままトイレに行ってて、サクラちゃんに俺の鼻歌が筒抜けだった……なんて事もこれまでにあったし。
「いや、それは良いけど。俺の方こそ、お弁当ごめんね」
「良いですよ、お姉ちゃんに頼りきったお弁当だし。
お姉ちゃんも、お兄さんに食べて貰えてメチャクチャ喜んでますよ。だから、かえって良かったです」
「……え?」
なんだって?
「ユズも居るの?」
「居ますよー。途中で部屋に入って来ちゃったんです。
丁度お兄さんが熱く語ってる所だったんで、さすがに聞かれたらマズイと思ったんですけど、小声で頼んでも出て行ってくれなくて」
一瞬、脳がフリーズした。
「……俺が何を熱く語ってる時?」
「多分『ユズがお弁当作ってくれた! 美味しい! 感動した! 泣いた!』みたいな事を言ってた時ですね。『もっと好きになっちゃった』とかの前からです」
血の気が引いた。
「ユズ、変なこと言ってごめん! 俺、友達で十分だから! もう二度と調子に乗らないから許して!」
「ほら、お姉ちゃん。いつまでも恥ずかしがってたらダメだよ。仲直りしたかったんでしょ?
私、違う部屋に行ってるからゆっくり話して」
それを聞いて、弟も
「あ、俺もリビングでゲームでもしてるよ。兄貴、ユズさん、ごゆっくり」
と、部屋を出て行った。
辺りが、急に静かになった。
「なんだよ、出てっちゃったよ。気を遣わなくても良いのになあ?」
俺は、気まずさを誤魔化そうと笑った。しかし、返事はない。……居ないのだろうか?
「ユズ、まだ居る?」
「何?」
ユズが、機嫌悪そうに返事をする。
「怒ってる?」
「……怒ってない」
「あの、昨日はごめんね。俺、下心はなかったんだよ。ただ、昔みたいに仲良く遊びたくて」
「知ってる。さっき聞いた」
「そっか、その辺りの事も聞かれちゃってたんだっけ」
「聞いちゃった。……ごめん」
「いや、良いんだけどさ。むしろ、変な事を聞かせちゃってごめん」
「……まさか、お弁当を間違えて食べちゃうなんて。本当にバカだよね」
「うう、だって……いつも見てるユズの弁当そのままだったから、嬉しくて」
「美味しかった?」
「美味しかった」
「……ねえ、私がなんで料理を頑張るようになったか知ってる?」
「知らない」
「小さい頃、私がおやつで冷凍の餃子を温めて出したら『こんな事が出来るなんてすごいね。ボクまだ何も出来ないよ』って言ってくれたでしょ?」
「覚えてないんだけど」
「言ってくれたの! それで、本当の料理が作れたらもっとビックリするかなって思って、お母さんの料理を見てるようになったの」
「そんな事で料理に興味を持ったの?」
「悪い!? 文句あるの!?」
「い、いやっ、文句なんてそんな……なんでかなって思っただけで」
「だって、嬉しかったんだもん……」
ユズが、つぶやくように言った。
ん?
「――ごめん、よく聞こえなかったよ」
嬉しかったって聞こえたような気がしたけど、聞き間違えたかな?
「なんでもない」
ユズは笑った。
「……ねえ。お弁当、そんなに美味しかった?」
「うん。美味しかった、ありがとう。
急いで食べたのと泣いたのとで、シャックリが止まらなくなっちゃったよ。慌てて冷蔵庫に飲み物を取りに行った」
「バカ、飲み物くらい用意してから食べれば良いのに」
「飲み物の事なんて、気付かなかったんだよ」
「まあ、何も気付かない人だもんね」
ユズがからかう。
「そうかなあ?」
「……今日、ご飯とか作りに行ってあげようか?」
「良いの!?」
ユズがそんな事を言ってくれるなんて、夢じゃないだろうか。
「泊まりじゃないからね」
ユズが俺に釘を刺した。俺があまりに喜んだから警戒したのだろう。
「もちろん! 大丈夫だよ、安心して」
「最近、押しが強いからなあコイツ」
「ユズは、俺と夜遊びするのって嫌い?」
「ホラ、そういうトコ!」
「なんでだよ、聞いただけじゃんか!?」
俺が文句を言うと、ユズは心底楽しそうに笑い出した。
ユズと俺が、久しぶりに二人で一緒に大笑い出来た気がする。
「――全く、ユズはひどいよなあ。俺、そんなに信用ないのか?」
「信用してるけど……帰ろうとすると『もう帰るの?』って泣きそうな声を出してきて、ズルいんだもん」
「そんな声、出してないよ」
「出してるから!
とにかく、夜遊びはしないからね。それまでに帰るから」
「分かってるよ。ありがとう、ユズ」
俺は、これ以上の幸せなんて望んでないよ。
心の中で、そうささやいた。
結論から言うと、この晩、ユズは泊まる事になった。そして、俺に「これ以上の幸せ」が訪れた。
だが、それはまた、別のお話で。
評価や感想、お待ちしてます。
他にも恋愛小説を書いています。良かったら他の小説も読んでみて下さい。