乙ゲーの世界に転生したけど攻略対象ぶっちする。
過去作『乙ゲーの世界に転生したけどヒロインぶっちした。』と『乙ゲーの世界に転生したけど攻略対象者の婚約者ぶっちした。』と同じ世界線です。
どうしてこうなってしまったのだろう。
ふとした瞬間にアンリエッタの脳裏にはそんな思いが浮かぶ。それは例えば、正に今のような時だ。
「ティト様」
可愛らしい声でティトレイの愛称を呼びながら彼へ向かって遠慮がちに、けれど拒否はされないとの自信を持ってそっと手を伸ばすのは、妻であるアンリエッタではない。確か彼女は子爵家の次女だ。
ティトレイよりも頭一つ分小さいアンリエッタより更に背の低い彼女は、己の魅力を十二分に理解した上でそれを惜しげも無く使いこなしている。
庇護欲を駆り立てる外見とは裏腹に、それはとても強か。
「ティト様、わたくしお聞きしましたの。貴方の事をティティーだなんて、そんな幼い少女のような呼び方で貴方を虐げている方がいらっしゃると……」
大きな眼を潤ませてティトレイの袖を小さく摘む彼女はあまりにも可憐だった。話し掛けられてもいない周囲の男性数人が意図せず見入ってしまっているほどである。
「わたくし、貴方がそんな目に遭っているだなんて……とても耐えられない」
ふるりと微かに瞼を震わせて一滴だけ涙を零してみせる様は正に天使の如く清らかで愛らしい。
けれど彼女の優しさに溢れたティトレイへの言葉や態度とは裏腹に、アンリエッタへと向ける目は憎しみに燃えていた。
理由は単純にして明快。
ティトレイを幼い子供を呼ぶような愛称で呼ぶのはアンリエッタだけだから。
そして、次期侯爵の地位を確定させている彼だからこそでもあるとアンリエッタは知っている。
あの子爵令嬢のような女性はこれまでも多くいた。
それこそ、こんな事を仕出かしている者を見掛けても特に慌てる事も無く「ああ、またか……」と思う程度には日常茶飯事だ。
「ティト様……」
「ティティーか」
「はい。幼女の愛称のような呼び名なんて貴方に──」
「可愛いだろう?」
「えっ?」
ティトレイの思わぬ言葉に令嬢の渾身の演技も思わず止まってしまったようだ。
惜しい。
何を言い出すのか、そして仕出かすのか最後まで見たかったし聞きたかった。今度はどんなパターンでアンリエッタを貶す輩なのかアンリエッタは知りたかった。
「可愛いだろう? 二人きりの時にしか呼んでくれない愛称なんだ。僕は気にしないと言っているのだけど、一人でも使用人が居ようものなら絶対に呼んでくれない。けれど、可愛いだろう。七つの時に強請って考えてもらったものなんだ」
「そ、そうでしたの……。ええ、可愛らしいですわね」
「そうだ。可愛いんだ。僕にピッタリだろう? 妻にこよなく愛されている、この僕に!!」
爽やかに、そして自信満々に言ってのけたティトレイに、名も知らぬ令嬢は呆然と目と口を見開くばかりだった。
「それで? 君はどなたかな。彼女が考えてくれた彼女にしか許していない愛称を知っている上に、どうして不躾に僕を愛称で呼ぶんだい? 自己紹介はしたか? 誰かに紹介されたか? その愛称は親しい人にしか許していないけれど何故君は勝手に呼んだ?」
「え、あの……わたくし、アドリュー家のエミリーです。先日の夜会でお会いしましたわ」
「アドリュー家は夜会で一度会ったら愛称を呼ぶのか。凄いな」
「いえ、あの……不躾でしたわ。申し訳ございません。あの日以来ティトレイ様が忘れられず、こうしてまたお会い出来て気持ちが昂ぶってしまいましたの」
諦めないらしい。
素晴らしい根性である。アンリエッタはエミリー嬢に、是非ともそのままもう少し粘って何かしら何かやらかしてもらいたかった。
「なるほど。それほどまでに僕は魅力的なのか」
「ええ、とても!」
「そしてアドリュー家は気持ちが昂ぶると不躾になるのだな。きちんと教育を受けた方が良い。全く、なんて僕に失礼なんだ」
ダメだ。ティトレイが強過ぎる。エミリー嬢はまたも唖然としてしまっている。
エミリー嬢から話し掛けられた時から変わらない、にこにこと穏やかな笑顔のままティトレイはさらりと口にする。さも当然と言わんばかりに。
「ひ、酷いわ……」
「何が酷いものか。酷いのは君だよ。僕に向かって失礼の連続だ。反省して僕のどこが素晴らしいのか、もっとちゃんと具体的に例を挙げながら言ってほしい。アンは……我が妻は毎日のように具体例を挙げながら褒め称えてくれるんだ。さあ、遠慮なく崇めよ! 具体的に、具体的にだ! 誰にでも使える曖昧な言葉は却下する」
「え、え……あ、あの! ティトレイ様はとても麗しく、それはそれはもう大天使様のようで」
「却下! 安易に何かに例えるのは愚の骨頂」
「えええええ……」
こんな時にアンリエッタは思う。
どうしてティトレイはこんな風になってしまったんだろう、と。
アンリエッタがティトレイと初めて会ったのは彼女が八つになったばかりの頃の事だった。
彼女を生んだ事で身体を壊した母だけを愛していた父は、離縁と再婚をと薦める周囲を無視……しなかった。いや、無視はしなかったけれど徹底的に叩きのめして苛烈に批判した。
その上で離縁も再婚もせず、己の妻だけを熱烈に愛し続けている。今でも。
侯爵家唯一の子であったアンリエッタは、ティトレイと初めて会った時には既に後継ぎ教育を受け始めていた。
情熱的な父と夢見る乙女のままな母。この二人を日常的に見ていたせいかアンリエッタは酷く現実的な子供だった。下手すると両親よりも大人びているかも知れない。
だから初対面の時に、サイズの合っていないぶかぶかのハーフパンツを身に着け、その裾を握り締めて何かに耐えるように歯を食いしばっていたティトレイは、アンリエッタからしたら初めて見る人種だった。
「初めまして、アンリエッタと申します」
「はじ、は、はじめまして……。ティトレイ、です」
まるで言葉を紡ぐのが久方振りのような話し方も気になった。
急いで取り繕うように磨かれた肌や髪も合わせて、とても同じ侯爵家の子息とは思えないようだったから。だからとても気になった。
「貴方、何に怯えているの?」
「えっ……」
「ご家族? お父様? 貴方のお父様は貴方を蔑ろにしているの?」
直球で聞いてしまったのは、今では不躾で良くなかったと分かるし反省もしているが、当時は疑問は何でも口にしてしまう子供だった。
案の定、そんな事を聞かれたティトレイは顔を引きつらせた上に、微かに身を引いた。
「ちが、違うんです……。ぼくは、要らない子だから仕方無くて……」
「まあ! 要らないとはどういうこと?」
「予定外の子だったのです」
「なんて身勝手なんでしょう! 子を作るような事をしておいて予定外だなんて。では何の予定だったのでしょうね。それに、少しくらいの予定外に対応できない程度の器なのね、恥ずかしい大人だこと。
いい? 貴方は己を恥じたり卑下したりしてはいけないわ。悪いのは自身の子を受け入れる余裕すらない親よ。そんな度量すらない大人に言われた言葉をそのまま受け入れて信じるなんて愚かよ。貴方はこんなにも美しいのだから」
「美しい? 僕が?」
「そうよ! 貴方のお顔は私の理想そのものよ!」
こうして国王の覚えもめでたい力ある侯爵家のアンリエッタと、彼女の言う通り、度量も器の大きさも無い落ち目の侯爵家のティトレイの婚約は相成った。
アンリエッタの父は少し渋っていたが、両親のような夫婦になりたいのだと娘に言われニヤけていた。事前に母を味方につけていたアンリエッタはここぞとばかりに追撃をかけ、ティトレイを手中に収めたのだ。
ティトレイには兄が二人いる。
跡継ぎとスペアが居るにも関わらず妻がまた妊娠した時、侯爵の器でないティトレイの父侯爵は思いっ切り溜息を吐いたらしい。余計な金食い虫が涌いた、と。
この頃には既に領地経営も皇城での出仕でも功績を上げるどころか失敗の連続で、その地位すら危うかった上に資金難に陥っていた。けれど、だからと言ってそれは決して言って良い台詞では無い。
ティトレイが生まれる前からこんな調子だった父侯爵だが、生まれたのがせめて女児であれば有力貴族に嫁がせられたと、生まれた後になっても口さがなく彼を罵った。
日に日に酷くなる言葉による虐待。
ティトレイは常にどこか怯えたような自己評価の低い子に育った。己を否定ばかりするようになってしまった。
そんな時だ。総領娘アンリエッタの婿候補を探しているとの情報が、ティトレイの父侯爵にもたらされたのは。
歓喜した彼はティトレイの持っている衣類が兄達のお下がりのみである事にすら気付かず、意気揚々と名乗りを上げて押し掛けるように顔合わせを取り付ける。
そして数多の優秀な子息達の中から、要らない子だとしてきた末の子がアンリエッタの婚約者として選ばれると、初めて我が子を抱き上げて褒め称えた。
「よくやった! よくやったティトレイ、流石は我が息子! アンリエッタ様に嫌われぬよう誠心誠意お仕えするんだぞ」
「はい、父上」
「あちらは学園に通うようになったら後継者教育をしたいと言っていたが、早い方が良いだろう。とにかく一日でも早く教育を受けさせてもらえるよう自分を売り込め」
「はい、父上」
ティトレイは悟った。
アンリエッタに気に入られる事こそが全てだと。彼女に捨てられたら生きてはいけないと。
彼女に気に入られるのなら何でもしようと心に決めた。しかしそれと同時に親に売られたのだと言う事も気付いていた。
その日の夜、ティトレイは一人静かに涙を流した。
しかし、翌日から始まったのはアンリエッタによるティトレイの溺愛とも言える、尋常ではない肯定に次ぐ肯定と称賛の日々。
ティトレイは混乱した。
「ねえ、ティトレイ様。なにか愛称を付けてもいいかしら? 特別な名で呼びたいわ」
「アンリエッタ様のお好きにどうぞ」
「ティトレイ様も私を愛称で呼んでね」
「僕なんかがそんな恐れ多い」
「まあ! なんかだなんて仰らないで。貴方はとても素敵な人よ。自身の立場をきちんと把握しているし、状況悟っていらっしゃるわ。後は私の気持ちを信じられれば完璧ね」
「アンリエッタ様のお気持ち?」
「そう。大好きよ、私の婚約者様。ティトレイ様」
可愛らしい少女が、誰からも愛されて育った事が一目で分かるアンリエッタが、輝かしい笑顔と蕩けるような目を向けてそんな事を言ってくる。
ティトレイは驚き、照れて、そして何だか堪らなかった。
これまでは父が最上だった。けれどその父親がアンリエッタに気に入られろと言う。彼も彼女には媚諂っている。
それならばアンリエッタは父より上の存在なのだろう。
雲の上のような存在にも感じられるのに、そんなアンリエッタは散々虐げられてきたティトレイを称賛する。
くすぐったくて堪らない。
「なんて呼ぼうかしら。ティト様? トリィー様? レイ様?」
「アンリエッタ様はご家族になんと呼ばれていますか?」
「私? 私はアンよ。だから、人前では是非アンと呼んでね! でもね、二人だけの時はエティーよ」
「エティー様、ですか?」
「あら。敬称は要らなくてよ」
ムズかゆい。
それは無理だと言いたいけれど彼女の意志に逆らうのも頂けない。機嫌を損ねたら大変だ。
けれど愛称で呼び捨てるだなんて恐れ多くもある。
「お困りね。困らせたい訳では無いのよ。徐々にで良いわ。お願いね」
「……はい」
どうしよう。婚約者が優しい。そして可愛い。可愛いが過ぎる。
「お父様がね、お母様をシアと呼ぶの。私のお母様、レティシアよ。普段はレティーなんだけど二人きりになったり、人前でも油断したりするとシアって呼ぶのよ。それなら私はエティーよね」
「それなら僕もお揃いがいいです」
「お揃い? 私と? 素敵! それはとても素敵ね。でも、貴方もレティーになってしまうわね。それは気まずいわ」
ティトレイは生まれて初めて己の名を呪った。これでは可愛い婚約者とお揃いの愛称になれない。本気で改名すら考えた。
「ティー。……うーん、違うわね。トティー……いやいや。うーんううーん……イッティー……えええ。うーん」
「悩ませてごめんなさい。やっぱり僕……」
「ティティー!」
「え?」
「ティティーはどうかしら? 貴方にぴったりな可愛い愛称だと思うの」
「可愛い、ですか?」
「ええ、そうよ。男性に可愛いは失礼だと言われているけれど、愛が無くちゃ可愛いとは思えないもの」
「愛……」
「そうよ。だから愛称なのよ」
「エティー……」
「はあい、ティティー」
あまりにも満足そうに可愛く微笑まれて、ティトレイはその美しい弧を描く艶のある唇に思わず吸い付いた。
「……あ」
しまった、と思った時には遅かった。事後だ。
突然の事にアンリエッタは目を見開いてぽかんとしている。
「あ。あの、その……」
謝らなければ。
そう思うのに声が出ない。代わりに不可思議な光景が次々の脳裏に蘇ってきた。
見たことも無い筈の景色。
見慣れない人達、服装、建物。
そして、スマホ。
そうだ。あれはスマホ。ここは乙女ゲーム。
ティトレイは思い出した。ここは乙女ゲームの世界で、自分は攻略対象の一人だ。幼い頃から親に虐げられてきた不遇の侯爵子息。
何故だ、何故このタイミングなんだと思うが記憶の波は止まらない。
家族には見放され、婚約者には見下され、居場所の無いティトレイを唯一救ってくれるのがヒロイン。大商人の娘にして、実は遠い異国の王族の血を継ぐヒロイン。
けれど現実はどうだろう。確かに父親には見放されているが、婚約者は今はちゃめちゃに蕩けた瞳でティトレイを見詰めている。
「なんて情熱的なのティティー!」
そう声を上げながら頬を紅潮させるアンリエッタは、いっそ暴虐的なほどの愛らしさだった。
アンリエッタはティトレイを否定しない。
犯罪まがいな真似を仕出かさない限り、彼の言動の全てを好意的に全肯定する。
「大好き。大好き大好き、大好きよ、ティトレイ様。ティティー。好き、好き。愛してる」
必ずそう言って。
ティトレイの世界では父が絶対君主だった。
けれどそれは虚構で、父はアンリエッタに媚諂う。
そしてそんなアンリエッタが全力でいつでもティトレイを肯定する。
しかも前世の記憶を取り戻したティトレイは最強だ。だってあんな男に振り回される必要なんて無いのだとよく分かったのだから。
前世の彼はモテなかった。それはそれはもうモテなかった。
モテたいが過ぎて拗らせて、バレンタインになると可愛い女性店員のいるコンビニでチョコを買い、袋は要らないと言いながらわざと買ったチョコを忘れて届けて貰い、可愛い女の子にチョコを渡してもらうシチュエーションを自ら作り出すくらい拗らせていた。
クリスマスでもやった。
虚しかった。
帰宅し自室に籠もって咽び泣くまでが一連の流れである。様式美だ。
モテる為に女性の心を学ぼうと乙ゲーに手を出し、「こ、これが攻略対象者か……」と震えた。ちょっとハマった。
王太子ハンソンルートはオススメだ。彼はどこまでも一途にヒロインを愛してくれる。一度攻略したら何をしても離れないし、浮気をしても囲い込まれるだけだ。
公爵子息アレクサンドルルートはあまりオススメしない。攻略したら一途に愛してくれるけれど、それまでがハードなのだ。心が折れる。
しかも、彼の歴代恋人達から繰り出される嫌がらせはえげつなかった。あれに耐えられるヒロインは凄い。
好みの女性がヤバ過ぎる。なんでこの令嬢と付き合った? 乙ゲーでこれはアリなの!? 等とファンから言われるほど、王太子ルートの悪役令嬢よりも余程えげつなかった。複数怖い。何故、婚約者ではなく歴代恋人達が出てくるのかとプレイヤーはこぞって恐怖したほどだ。
彼の婚約者は名前すら出てこなかった。
うっかり乙ゲーにハマってしまった前世のティトレイは更に現実の女性から遠退いた。
ろくに女性と手を繋ぐ事すら出来ないまま魔法使いとなり、気付けばこの乙ゲーの世界にいた。
それなのになんだ、今世は。
思い出す前のティトレイが何に悩んでいたのかよく分からなくなった。家族の態度がどうとかどうでも良いくらいの暮らし、可愛い婚約者、愛してくれる婚約者、超絶可愛い婚約者。
萎びたオッサン(父親)とかどうでも良くね? とティトレイは開き直った。
「ティティー、ねえ、ティティー。一緒に跡継ぎ教育を受けない? 住まいもうちへ移せば良いわ」
「……いいの?」
「もちろん! お父様は気にしないで。お母様との時間を邪魔して邪魔して窶れさせているの。近い内に打診されると思うわよ。なるべく私といてくれって」
「どうしてそんな事を?」
「だって一秒でも長く貴方といたいのだもの!」
と、このようにアンリエッタはティトレイとの同棲を勝ち取った。
「ねえ、ティティー。デート案は貴方が出して。貴方が私を素敵な場所へ連れて行って」
「ぼ、僕、あまり出掛けた事が無くて……素敵な所なんて知らないんだ」
「貴方が行ってみたい所が私達の行くべき所よ。今までお出掛けをあまりしてきていないのなら、これから楽しめる所が沢山あるということだわ。素敵。貴方にとって初めての思い出の全てに私がいるのね!」
と、このようにアンリエッタはティトレイの初めてのお出掛けを繰り返した。
アンリエッタが全てとなったティトレイにとっては、アンリエッタの言葉が世界の真理だった。
たまに会う兄達にティトレイは謝罪した。先に幸せを掴んですまない、と。
全く何も買い与えられない末の弟が不憫でならず、こっそり自分達の衣服をあげたり游んであげたりと、何かと気に掛けていた兄達は謝罪など要らないと喜んだ。だが、その喜びも繰り返されるティトレイの自慢を前に段々と消えてゆき、終いには「調子に乗るな」とお小言となった。
嫉妬すらティトレイには蜜の味でしかない。
──すまない、ヒロイン。君が僕のルートを選んでも僕は君を選ばない。僕は運命と、アンリエッタと出逢ってしまったんだ……。
ティトレイは心の中でヒロインに謝罪した。
彼にヒロインを選ぶ理由はない。強制力だとか魅了だとか、そんなよく聞く説明要らずのチート設定にすら負ける気はしなかった。
そうしてティトレイはアンリエッタと共に学園へ入学し、各ルートの攻略対象と生で会い感動し、卒業してアンリエッタと婚姻を結んだ。
そう、アンリエッタの存在に感謝し、前世も合わせて始めての恋愛に浮かれに浮かれている間に結婚した。結婚していた。
遂に結婚できたどー! と雄叫びをあげた。心の中で。
ヒロインは入学すらしてこなかった。
公爵子息は婚約して以来、特定の恋人は全く作っていないようで婚約者一筋だった。女性には必要以上、いや必要であってもなるべく近寄りすらせず、あからさまに近付いてくる者には婚約者の惚気を延々と垂れ流す始末。
一瞬だけ不登校になった時期もあったし、延々と婚約者の名を呼び続けながら会えない会えないと机を蹴っていた時もあった。意味不明だ。情緒不安定だ。
この人を躾けられるご令嬢とか本当に凄い。
むしろ王太子の方が浮気に次ぐ浮気三昧だった。いや、あれは構って病だ。婚約者の方をちらちらと見ながら浮気相手と話し、婚約者から完全にスルーされ視界から消えると、浮気相手など放置して婚約者を追い掛けていた。
いつも浮気相手には婚約者と似た女性を選び、その婚約者に似た女性ですら少しでも婚約者と似ていない言動を取ろうものなら「私の婚約者に似てない」とフッていた。クズだと思う。
ゲームとは何もかもが違っていた。
でも、そんな事はどうでも良くなるくらいティトレイは幸せだ。アンリエッタと幸せに暮らしている。
「さあ、遠慮は要らない。アンがこよなく愛する僕を褒め讃えて。僕が全身全霊で愛するアンを褒め讃えてもいい。さあ。さあ。さあ!!」
どうしてこうなってしまったのだろう。
先程まではティトレイに撓垂れ掛かっていたのに、今や全力でドン引きしている令嬢を見ながら、今日もアンリエッタは考えた。
考えなくても理由は分かっている。
アンリエッタがティトレイを過剰に褒め称えたからだ。自己肯定感どころか自尊心を高め過ぎたからだ。
ここで自意識過剰な我儘人間になってしまったら反省せねばならないところだったが、ティトレイは真面目で正直な性根はそのままに穏やかに育ってくれた。おおらかで優しい性格なのも変わりない。
それならば少しくらい自尊心が天井知らずでも良いではないだろうか。うん。きっと問題無い。
自問自答の末、一人納得したアンリエッタは満足気な笑みを称えて夫へ歩み寄った。
いつの間にか夫に声を掛けていた令嬢の姿はない。
「ティティー」
「エティー! どこに居たんだい? なんだか嬉しそうだね」
「お義母さまに呼ばれていたのだけれど、嬉しいのは貴方の後ろ姿を少し遠くから見ていたからよ」
「そうなんだ。可愛い? かっこいい?」
「勿論! 貴方の少し長い襟足が凄く可愛いと思ったのよ。とても好きよ。それに伸びた背筋がかっこいいわ。すらっとしていて素敵。それから頼りになるなあと思えるくらい逞しくなったわね。貴方の努力を知っているから、思い出して感動していたのよ」
照れてはにかみながらも素直に賛辞を受け取る夫は可愛いを極めているのにまだ可愛くなるのかと末恐ろしい。いいぞもっとやれ。
死ぬほど自己肯定感の低い婚約者をひたすら愛でに愛でまくったら、自尊心が天井知らずになってしまった。だから結婚した。
目論見通りだ。
「最推しゲット」
エレオノール「私に謝って」




