宝箱の憂鬱
ついうっかり書いてしまいました。
オレは宝箱だ。
この【アビス坂の迷宮】に生まれ出でてから、既に12年にもなる。
その間、誰にも開けられていない。
宝箱というものは、開けられると消滅する。
なので12年もの間生きながらえている宝箱など、とうの昔に攻略されているこの迷宮ではオレくらいのものだ。
しかし長く開けられないことは、宝箱にとっては自慢にはならない。
宝箱など開けられてナンボであるからして、12年も開けられていないというのはむしろ屈辱以外の何物でもないのである。
開けられない要因をオレなりに分析してみたのだが――。
まず、罠が仕掛けられているのが良くない。
オレには『毒矢』の罠が仕掛けられているのだが、これがまず敬遠される理由の1つだろう。
失敗すれば矢のダメージに加えて、毒の状態異常になる。
元の状態に戻るには体力回復魔法と解毒魔法、もしくは同様の効果のあるアイテムが必要となり、それらが無いとなれば急ぎ迷宮から脱出せねば死に至るのだ。
中身がそれなりに良い物でないと、とてもじゃないが採算が合わぬだろう。
だがオレという宝箱の中身は、実はショボい。
オレは地下46階層あるこの【アビス坂の迷宮】の地下1階層の宝箱であるのだからして、まぁ中身はお察しというヤツである。
それでも他の地下1階層の宝箱に入っているような『銅貨数枚』とか、二束三文で買いたたかれる『初期装備の武器』とか、荷物の枠を圧迫するだけの『投石用の石』などよりも、オレという宝箱には有用な物が入っている。
それは――。
『回復ポーション』
である。
探索初心者にとっては有難い1品で、ベテラン探索者でも持っていて困ることは無いという『回復ポーション』
それがオレの中には入っているのだ!
ただ、まぁ……入ってはいるのだが――。
さすがに12年も放置されていると、中身がね……その、アレだ。
とっくの昔に賞味期限も消費期限も過ぎてしまって、劣化がものすごいことになっている。
飲むどころか、臭いを嗅ぐのも止めておいたほうがいい感じ。
たぶんだけど、回復どころではなくむしろ『下剤ポーション』になっている気がする……。
絶対に飲むのはお勧めしない。
ダンジョン内で下痢ピーになるのは、たぶん地獄だと思うからな。
だがオレは悪くない!
12年もオレを開けない探索者どもが悪いのだ!
せっかく『回復ポーション』が入っていたというのに、馬鹿な探索者どものせいで台無しだ……うむ。
つーか、早く誰か開けに来い。
いろんな意味でヤバいポーションが待っているのだから。
だいたい俺の設置場所も悪い。
地下1階層の奥の外れ――1度マッピングのために立ち寄ったらもう2度と来ないような、微妙なところにオレは置いてあるのだ。
こんなところなので、ベテラン探索者なんぞまず来ない。
地下2階層への階段からは離れているので、地下1階層などただの通路くらいにしか思っていない手慣れた探索者にとっては、この辺は用の無い場所なのである。
ならば迷宮に慣れていない、新人の探索者ならばどうか?
実はそんな奴らも、オレという宝箱を開けようとはしない。
これも地下1階層の奥という、場所の悪さが影響している。
新人で慣れていないのだから、うっかり開けたくなる探索者もいるのでは? と思うだろうが、地下1階層の手前のほうにも当然けっこうな数の宝箱があり、当然ながらそんな連中もそれらを見つけているだろう。
もちろん中には罠のある宝箱もそこそこあるので、うっかりな探索者たちはここに来るまでに死ぬか既に手ひどい目に遭っているはずだ。
なのでオレのところに来る頃には、宝箱の罠に対して連中は神経が過敏になっている。
加えて地下1階層の宝箱をいくつか開けてみて、中身が想像以上にショボいことにも気付いている。
故にわざわざ罠のある宝箱は開けない。
だいたいそんな危険を冒すくらいなら、地下1階層を周回して罠の無い宝箱を開けるほうが、安全だし楽なのだ。
一応、安全に宝箱の罠を解除して鍵をあけられるという『魔法の鍵』なるアイテムもあるらしいが、そんなもん地下1階層の宝箱に使う者などいない。
『魔法の鍵』はそれなりに良い値段がするらしいので、中身のショボい地下1階層の宝箱に使うには、費用対効果が悪すぎるのである。
と、いうことで――。
オレは新人探索者にも開けられることはない。
別に開かずの宝箱という訳でもないのに、一向に開けられる気配がない。
このままだと、開けられずに30年経ってしまうのではないだろうか……?
――ん? 30年開けられないと、何かあるのかって?
そりゃアレだ……まぁ、噂と言うか迷宮伝説の類なんだが――。
宝箱が30年開けられないとだな――。
なんか『ミミック』になるらしいのだ。
本当かどうかは知らん。
実際にミミックなった宝箱など出会ったことが無いし……。
まぁ、ほら、アレだ。
猫が20年生きたら猫又になるとか――。
人間の雄が30年交尾できないと、強制的に魔法使いにジョブチェンジされるとかいう話みたいなものだ。
眉唾ものだが、そういううわさ話も迷宮内に――。
――おっと、探索者が来たようだぞ!
オレの配置されている場所への通路にいた、さっきまで暇そうだった3匹のゴブリンたちが戦闘準備をしている。
たぶん間違い無い、探索者だ!
戦いが始まった。
3匹のゴブリンたちに対するは、6人の人間。
一見、人間側の過剰戦力に見えるが――慎重に戦っているし時間も掛かっているので、まず間違いなく新人の探索者だろう。
ゴブリンが、1匹また1匹と倒されていく……。
そして全滅。
ゴブリンたちを倒した探索者たちは、当然オレに気づく。
そうだお前たち、こっちに来い!
こっちへ来て、このオレを開けるのだ!
探索者たちが来た。
その中から盗賊らしき奴がオレに近づいて来て、しげしげとオレを嘗め回すように見る。
「どうだ?」
「これは――罠があるな」
聞いてきた戦士っぽい奴に、盗賊が答えた。
ちっ! これだから盗賊って奴は……気付くんじゃねーよ!
まぁ、盗賊は誰でも見ただけで罠があると判るらしいから、仕方ないといえば仕方がないのだがさ。
「解除できそうか?」
「厳しいな。 確率はそうだな――10%というところか」
は? 10%?
うわー、こいつ使えねー盗賊じゃん。
おい戦士、こいつ駄目だ。
悪いことは言わん、解雇しろ解雇。
「なら無理に解除はしないほうがいいか――みんなどうする? 『魔法の鍵』を使う?」
「えー、勿体ないよ!」
「そうですよ。 どうせ地下1階層の宝箱なんか、ロクなもの入っていないんですし」
バカヤロー! せっかく戦士が『魔法の鍵』を使おうと言ってくれているのに、反対するんじゃねーよ!
ざけんな、そこの魔法使いと僧侶!
「そうだな、止めておくか」
「そうそう、放置で」
「とりあえず戻るか?」
「地下2階層に、ちょっとだけ降りてみない?」
「危なくないかなぁ?」
「俺は見るだけなら賛成」
あぁ、探索者たちが去ってしまう。
まただ……またこのパターンだ……。
幾度と無く繰り返した、毎度おなじみのこのパターン。
――探索者たちは、去ってしまった。
――そしてまた、いつもの場所にゴブリンたちが湧く。
またオレにとって退屈な平穏がやってきた。
いい加減に飽き飽きした、いつもの日常だ。
暇だなー。
早く誰か、オレを開けてくれないもんかなー。
特にオチは無い。