表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

紅い夢

作者: charmella

これはつい最近あった京都アニメーションの事件を題材にした、短編小説です。創作文初心者なので大目に見てください笑 まだ制作途中なのでフィードバックやアドバイスなどを書いて頂けたら幸いです。

「いつからだろう、こんな夢を見るようになったのは…」


机の時計がカチカチと小さく音を立てる。「サヤカさん、お先に失礼します〜」社員、いや、アニメーターの一人が私に挨拶をする。うちの会社では年齢や何年会社に勤めたかなどは関係なく下の名前で互いを呼ぶルールになっている。これも厳しい作業と仕事内容の中、社員の間の仲を縮めるための対策らしい。「はい、さようなら〜また明日ね。」私はできる限りの爽やかな笑顔を彼に向け、挨拶を返した。この部屋で爽やかな気分のまま仕事に勤めている人なんて一人もいないというのに。


「はぁ…今日も疲れたな…」時計の針はすでに10時を指している。新しいアニメーション制作の依頼が来てからもう2ヶ月が経つが、毎日遅くまで働いているせいか体が鈍って来ている。机から立ち上がり、印刷した資料を取りに一歩踏み出したら派手にコケてしまった。




私は昔からこのアニメーション会社で働くことが夢だった。この会社が今までに制作を続けた作品はどれも素晴らしいものばかりで、小さい頃から見続けてきた。それに、全身全霊をかけアニメーション制作に取り組む人々はこれ以上もないくらいに輝いて見えたのだ。そして就活に就活を重ね、努力に努力を重ねた末、今のこの現状に至ったのだ。


朝5時に起き、身だしなみを整え、出勤。一日アニメーション制作に取り組み、9時〜12時までに帰宅し、就寝する。これがこの会社で働くものの主な一日の流れだ。もちろん、私の一日も同じように過ぎていく。確かに体力は削られるが、私はこの平凡な毎日が好きで、制作進行としての仕事も中々やりがいがあるので特に不満は抱いていない。


沢山のアニメーターとコミュニケーションをとり共同で作業する、変わらない、平凡だが生きがいのある日々が好きだった。そのはずなのに。いつの日からか私の「平凡」は大きく狂ってしまった。




いつものように社員に挨拶をし、帰りの電車に乗り、帰宅する。長い黒髪を櫛で梳かし、シャワーを浴び、ベッドで眠りにつく。いつもと同じルーティンをこなした後に悪夢はやってくる。私は白藍色の毛布に身を包み、目を瞑った。


目を開けるとそれは、赤く暗い「苦」の色。炎と血に塗れたその部屋はちょっとした火事なんて言葉では済まされない、地獄と化していた。沢山の人々が悲鳴を上げる中、助けが来る様子はない。自分はというと、体は氷のように凍りつき、身動きが取れなくなっている。理由は分からないが、恐らくショックで体が言うことを聞かなくなっているのだろう。沢山の馴染みのあるアニメーター、監督、プロデューサーが同じ部屋に敷き詰められて、様々な表情を浮かべる。


「死にたくない…死にたくないい!!誰か…助けてくれよぉぉぉお!!」涙を浮かべ、その場にいもしない放火犯に訴えかける男性。


「……」唖然として口が開いたまま動けなくなる50代前後の女性。


「暑い…もう…無理っ…」身体中に火傷を負い血反吐を吐きながら倒れる若い女性。


その場の光景はドラマや映画で映されるようなものとは比べ物にならないほど、グロテスクで残酷なものだった。そして体が動かないにも関わらず、夢とは思えないほど感覚がはっきりしているのだ。


(ナナミさん…!マナホさん!!アキヒトくん…!!!)


眠るたびに同じ夢を見ているのは事実だが、何度見ても胸が苦しくなる。部屋に篭る煙のせいだろうか?もう何が何だか分からない。数分がたった頃、放火犯と見れる人間が階段からかけ降りて来た。放火犯は、少し小太りの中年の女性と見れた。その女が部屋の中で歩くのを目で追っていると、女は自身の服のポケットから小型の包丁を素早く取り出す。


私と目があったその女は、何かモゴモゴと口にしながら私に近づき、私の胸ぐらを掴んだ。建物が崩れ落ちる音でかき消され、何を言っているのかは分からない。私は恐怖から滴る冷や汗を拭くことすらできず、死を待つことしかできなかった。


彼女の顔は異常なほどみるみる歪んでいく。それはまるで般若の面のようにおぞましい姿だった。


女は口を大きく開き、煙の混じった空気を吸い込んだ。


「お前らを一生許さない」そう口にして。


そうしてここで夢から覚めるのだ。いつからだろう、もう毎日のように繰り返しこの夢を見ている。むしろ、初めて見た日からこの夢を見なかった日など一日たりともない。この夢を見る理由は何日たっても何年たっても分からない。毎日


(私が何をしたっていうのよ…あんなに恨まれることした?…生きているだけで罪なの?じゃあ私の今までの人生はなんだったの?)


などと思考を巡らせるが、夢が終わることはない。どんなに異常なことが起ころうと、私の「平凡」な一日は繰り返されるのだ。





「…放火と殺人の疑いなどで一昨日逮捕状が出た〇〇容疑者は××エンターテインメントの本社に放火したことで…」


母のスマホから十数年前放送されたニュースが流れる。


「やめろよ…!!そんなもの今ここで流すことないだろ!?」


「わ、分かったわよ、ごめんなさい…」


今日病室を訪れたのは彼女、サヤカの母と弟だった。


20XX年7月、あの事件の被害にあってから彼女は病室のベッドで何年も眠っている。昏睡状態だと診断されてから、点滴を手首に打ったまま植物状態だ。

あの事件の数日後、瓦礫の下に埋もれていた彼女は救急隊によって保護され、病院に救急搬送された後、一命をとりとめた。会社に勤めていた社員や監督が命を落とさずにすんだケースはとても少なく、沢山の有名な監督、アニメーター、声優が被害にあった。勿論、彼女と長いこと共に働いたあの同僚も、笑顔が魅力的でよくお茶を淹れてくれたあの部下も例外ではない。


この事件は日本人の記憶に深く刻まれた。大物アニメーション会社ではなかったものの、アニメは日本の文化の一部と言われるほど大切にされてきたものだ。日本人の多くに愛されてきたアニメの制作に時間と労力をかけ、血と汗と涙を流しながらも作業し続けたアニメーターや監督たちが犠牲になったのだから、熱心なアニメファンにとっても辛く苦しい事件だったのだ。


母と弟はサヤカの瞑った目を見つめたが、溢れる涙で視界が遮られた。彼女の体はかつてバリバリ働いていた頃と比べ、凄まじく変わってしまっていた。体は酷く窶れ、髪はガサガサになり、肌は昔からの色白だが、輝く色ではなくなっていた。


彼女が目を覚ますことはこれから先あるのだろうか。意識が戻らない彼女がどんな体験をしているのかは、彼女の弟も、母親も、誰にも分からない。しかし、夢の中で彼女は今日も同じことを思う。


「いつからだろう、こんな夢を見るようになったのは…」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ