5 トラウマを抉ってはいけません
「呑んだくれのクセに、イイトコ住んでんじゃん」
酒場で出会った少女、キャロはジョーンズの家を見るなりそう口した。
「へいへい、お褒めの言葉痛み入ります」
ジョーンズの家は街から離れた丘の上に建っている。木で造られた家は、屋敷と呼んでも差し支えない広さだった。今が昼なら2階のバルコニーから街の様子が一望出来ただろう。
鍵を開けるや否や、家主を差し置いてキャロは扉を開けた。
広々とした玄関には、何匹か動物の剥製が飾られている。普段ならオシャレな雰囲気なのだろうが、闇夜の中では不気味で仕方が無い。
酒場で暴れたキャロではあったが、不意に獣に囲まれて立ち竦んでしまった。そんな彼女を尻目に今度はジョーンズが家の奥へと進んで行く。
ランプや暖炉に火を灯すと、ジョーンズは素早く服を脱いだ。丁度下着一枚になったところでキャロが部屋に入ってくる。
「なっ何脱いでんだテメー。さては下心があったからアタシを連れ込んだんだなー」
キャロはワザとらしく騒いだが、嫌悪感は無い。ジョーンズの反応を見てからかうつもりなのだ。例え襲われても、キャロには簡単に返り討ちに出来る力がある。
「血がついたから着替えるだけだ。それにあのままお前を放っておくワケにもいかないだろう。口封じで殺されたらたまったモンじゃない」
ジョーンズの返しが余りにつまらないので、キャロはプクッと頬を膨らました。
「口封じなんかするかよ。騒いだ瞬間殺してやるだけだ」
「どのみち俺、殺されるのね」
ジョーンズは着替えをしつつ、ツッコミを入れた。だが軽口の中でも細心の注意は怠らない。
酒場から家に着くまでの間、ジョーンズとキャロは幾度となく言葉を交わした。
本音を言えば少しでも恐怖心を紛らわせたかった。
キャロという少女の人となりを知れば、少なくとも井戸に放り込まれる事態は避けれるとも考えた。
一見メチャクチャだが、筋は通す。
それがジョーンズのキャロに対する観察結果だった。
結局酒は飲んでいない。チップの代わりにカラダで払う。イカサマには制裁。悪漢には正当(過剰 ?)防衛。
子供だと思って侮らず、冷静な対応を心掛けるのがコツだ。大人な余裕があれば多少軽口を言っても大丈夫。
「お前も返り血ついてるぞ。サッサとそれに着替えろ」
代わりの服を渡されて、キャロは目を輝かせた。
手にしているのはワンピース。ピンクのフリルがついた可愛らしいデザインだ。
擦れてはいてもやはり15の女の子。可愛いモノには素直な反応を見せてくれる。
だが、急に表情を曇らせるとジョーンズを睨みつけた。
何か対応を誤ったか。ジョーンズはすぐに口を開いた。
「着替えなら隣の部屋使って良いから。何なら2階でも良い」
「イヤ、そうじゃなくて……」
口ではそう言うが、キャロの表情は変わらない。手にした服とジョーンズの顔を交互に見るばかりだ。
一体何が彼女の気に障ったのか。
「何でオッさんがこんな服持ってるの?」
(あー、そこかー。そこ警戒しちゃうかー)
しかし一人暮らしの30過ぎ男に、いきなり少女服を渡されたのだ。簡単に返り討ちに出来るとしても、不審には思うだろう。
実際にキャロからは敵意というよりも生理的な嫌悪感を感じた。
少し口籠ったジョーンズだったが、観念して正直に話した。
「妻と娘が居たんだよ。それは娘の服だ」
それを聞いた瞬間、キャロの口元が厭らしく歪む。
「なぁんだ。何で一人でデカイ家住んでるんか疑問だったけど、そういう事かぁ」
「どういう事だよ」
「嫁と娘に逃げられたんだろ」
キャハハハハ。
馬鹿にしたキャロは高らかに笑う。しかしジョーンズは反論もなく俯いたままだった。
いたたまれなくなったキャロが口を閉じると、ジョーンズは静かに語り出した。
「昔はここで牧場を経営してたんだ。でもある時、牛たちの間で病気が流行ってな」
ジョーンズは棚から、グラス2つと中身が入ったボトルを取り出す。
「あっさり全滅して借金まみれさ。嫁も娘を連れてどっか行っちまったよ」
片手でボトルを掴むと、ため息混じりにグラスに注ぐ。
「今は何して食ってるんだよ? 」
「趣味でやってた狩りで食い繋いでる。玄関見ただろう。金持ち相手に剥製売ったり、革細工作ったり。そんなとこだ」
ジョーンズは一気にグラスの中身を飲み干した。そして今度は自分の番だと言うように、キャロに質問をした。
「お前はどうしてこの街に来たんだよ。傭兵って言うんだから、仕事があるのか? 」
キャロも、もう一つのグラスにボトルが空になるまで酒を注いだ。
「前の仕事でヘタ打って、相棒とは別れて逃げたんだ。この街で落ち合う事になってる。金もソイツが持ってる」
それを聞いて今度はジョーンズが、フフンと鼻で笑った。
「何だよ」
「いやぁ、どうせ仕事でも好き勝手したんだろうなって」
「うぐぅ」
どうやら図星のようだ。バツが悪くなったキャロは乱暴に黒髪の結びをとった。そしてボリボリと頭を掻き毟る。
「分かった、アタシが悪かったよ。笑って悪かった」
「気にするなよ。全部本当のことだ」
ジョーンズはキャロがついだグラスにも手をつけると、一気に飲み干した。昔を思い出したのか、目に少し涙を浮かべている。
「しっ、しょうがないなぁ」
キャロは渡されたワンピースを身体にあてた。照れて顔を赤らめながら上目遣いでジョーンズの顔を見る。
「今夜だけはアタシのコト、本物の娘だと思って良いよ。パパ」
ブフォッとジョーンズは噴き出した。
「ハハハハハ、何だよそれ」
「ニャハハハハハ」
二人は顔を見合わせて笑いあった。今夜が初対面ではあるが、その姿はまるで本物の親子そのものだった。
しかしジョーンズは急に真顔に戻ると、目を見開いた。日に二度も悪癖が出るのは珍しい。
「何、俺のエリーを汚してんだコラ」
「は? 」
エリーはジョーンズの愛娘の名前だった。
酔いが回ったジョーンズは顔を真っ赤にしている。据わった目で、ビシッとキャロを指差した。
「ア?」