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4 井戸を汚してはいけません

 そんなマズイ状況から、ジョーンズはまたも救われた。


「ちょっとお客さん」


 肩に手を置かれて、少女は一瞬目の色を変える。だが相手の顔を確認すると、表情を戻した。


 酒場のマスターがそこに居た。


 ボスが捨てた葉巻を手に、少女に強い言葉を投げかける。


「他の客の迷惑になる。今日はもう帰ってくれ」


 ジョーンズは目を丸くした。心の奥でマスターに賛辞の言葉を贈る。

 すぐまた少女は眉間にシワを寄せたが、流れるような動作でマスターは距離を詰めた。


「直ぐに仕返しに戻ってくる。裏口は開けておいたから、そこから逃げろ」


 ハッキリとした声でマスターは少女に耳打ちした。

 ジョーンズは辛うじて内容を聴き取れた。流石はマスターだ、荒事の処理には抜け目がない。


 それを聞いた少女は頰を膨らませたが、すぐにボスのチップに手を伸ばした。慣れた仕草でマスターに換金してもらう。

 それから小さく舌打ちすると、店の裏へ消えていった。


 ドバアァン!!


「……空いてる扉蹴り飛ばしたのかよ」


 マスターに軽く会釈して、ジョーンズも金を替えてもらう。何とか儲けを出して終える事が出来た。椅子に深く座り直し、安堵の息を漏らす。


 ようやく酒場も、何時もの空気を取り戻した。今日のボスと少女のやり取りも、しばらくは酒の肴として客の笑い話を彩るだろう。


 その時ガタリと音を立て、席を立つ男達がいた。終始少女に敵意の目を向けていた連中だ。

 同じ店の常連として、ジョーンズも彼らの事はよく知っていた。ボスの一味ではないが、乱暴者として有名な奴らだ。


 仇打ちとまでは言わないが、余所者が大きな顔をしているのが気に入らないのだろう。3人は連れ立って店の奥に消えて行った。


「どうする?」


 咄嗟に出た言葉を、ジョーンズは慌てて否定した。


(って何を考えてるんだ、俺は)


 あのガキのせいで散々肝を冷やすハメになったんだ。助ける義理なんか少しもない。


 目線だけ動かして店内の様子を観察する。

 酒場の中は皆んなが皆んな酒を楽しみ煙草をふかす。その日常の中で、異変に気付いた者はいない。

 マスターはというと、片付けを終えてカウンターに戻っていた。澄ました顔で洗い物をしているが、裏口から出て行った男達に気付いていないはずはない。


(ま、見て見ぬフリだよな)


 他人事には口を出さない。それがこの街で上手くやってくルールだ。

 体良く少女を追い出したのも、何も親切心からだけじゃない。


 ジョーンズもそれくらいの事は理解している。理解はしているが気になって仕方がなかった。

 意味もなく目を泳がせてしまう。何かキッカケがあれば直ぐにでも飛び出してしまいそうだ。


 そしてジョーンズはその目にキッカケを捉えてしまった。


 カウンターの上に無造作に置かれたコート。砂埃がついて全体が擦り切れている。少女が着ていたものだ。


 気がついたらジョーンズはコートを掴んでいた。ここまで来たら引き下がれない。

 厄介事に突っ込む自分を恨みつつ、裏口へ向かって駆け出した。なるようになれだ。


「きゃあ」


 外に出たところで、何かが下半身にぶつかった。ジョーンズに痛みは無い。相手が華奢だったのか、ぶつかった拍子に転んだようだ。謝りながら右手を差し出す。


「あぁ、すまな……


「ぃってえなっ! ドコ見てやがる」


 間髪入れずに怒鳴られた。ジョーンズの前には探していた少女がいる。

 転んだ拍子に強く打ったらしく、お尻をさすっていた。


「そう言うなよ。ホレ、忘れ物だ」


 咄嗟にコートを差し出すと、少女は素直に受け取った。


「ワザワザ届けてくれたのか、ありがとう」


 ずっと酒場に居たせいか、夜更けの屋外は思いの外寒かった。少女は直ぐにマントを羽織る。


 予想に反してお礼の言葉が飛んで来た。ジョーンズはその事実に困惑したが、すぐに自我を取り戻す。

 急いで周りを警戒したが、他に気配は無い。酒場の裏には少女とジョーンズの2人しか居なかった。


「まだなんか用あるの?」


 気怠そうに少女はジョーンズの顔を覗き込んでくる。隠す事でも無いのでジョーンズは素直に男達の事を尋ねた。


「あぁ、アイツらなら……」


 少女は顎をクイッと上げると、敷地の外れを示してくれた。しかし暗くて何も見えない。


「まとめて井戸に放り込んだ」


 灯りも届かない程離れているが、確かにあのあたりには井戸があった筈だ。

 ジョーンズは恐る恐る近づくと、徐々にボヤけた輪郭がハッキリしてくる。


 中に死体があるのか。ジョーンズはゴクリと唾を飲み込む。

 薄目を開けて中を見るが、案の定、暗さで何も分からなかった。


「キャハハハハハッ」


 背中に突然笑い声を浴びせられ、ジョーンズは硬直した。後ろを振り向くと、柵に背中を預けて少女が笑っている。


「オッさん、ビビリ過ぎ。マジウケる」


「悪かったな、俺は臆病なんだよ」


 何も人を指差す事は無いんじゃないか。

 ジョーンズは溜め息混じりに、井戸の縁に手を置いた。


 ぬるり。


 ベトつく何かを感じ取り、思わず手の平を見る。

 その時、丁度雲間から月明かりが差し込んだ。


 自然と自分の手の平、そして井戸の周りの状況を視認してしまう。


「なんだよ、これは」


 色で言えば赤、そして黒。紛れも無い、血だ。あたり一面がその色で染まっている。


 腰を抜かしたジョーンズは、錯乱のあまり井戸に抱きついた。恐怖のあまり中に顔を突っ込むと、今度は呻くような声が耳に入ってきた。


「……くれ……たす……け……」


「うおわっ」


 井戸から僅かに響くのは、低く弱々しい男の声。ジョーンズは少女の言葉が真実だと確信する。


 ジョーンズは腰を抜かしたまま、這いずって井戸から離れた。全身が血と砂で汚れるのにも構わず、足をバタつかせてその場から離れる。


 だが、何かに阻まれ動きが止まる。背中にぶつかったのは人の脚だ。顔を上げると下を見た少女と目が合った。


「いくら何でもテンパり過ぎだろ」


「なっななな、何なんだよお前は!?」


 歯をガチガチ鳴らしてジョーンズは叫ぶように問いかけた。


「さっきも言ったじゃん。キャロだって」


 少女はボロボロの煙草に火をつけた。そして改めて、怯える男に自己紹介をする。


「キャロライン=フェニックス。ただのしがない美少女傭兵さ」

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