2 色目を使ってはいけません
(マズイ事になったぞ)
ジョーンズは顔を引きつらせた。誰かに助けを願ったが、こうゆう状況はご遠慮したい。ボスの部下たちも同じ気持ちなのか、互いに顔を見合わせている。
「なぁ嬢ちゃん。お金は持ってるのかい?」
部下の1人が恐る恐る質問をした。
「お金? 無いよ」
「ええぇ……」
即答だった。マスターが酒を提供していたらどうするつもりだったのだろうか。
動揺しているのは周りの部下やジョーンズだけではなかった。店の客全員が騒めき始める。店内が不穏な空気に包まれた。
しかし少女は動じない。側にいたボスの腕に抱き着くと、上目遣いで懇願した。
「負けたらカラダで払うからぁ〜。オ・ネ・ガ・イ」
ボスの胸板を人差し指でカリカリしている。常識はないくせに、男の媚び方は変に覚えがあるようだ。
こういう面倒な奴は、無視するか追い出すか怒鳴りつけて黙らすのが普通の対応だろう。
だがボスの答え違った。
「しょうがないにゃあ。マスター、俺のツケで嬢ちゃんにチップを渡してくれ」
名指しされたマスターは眉間にシワを寄せた。それでもボスの言葉にうなづくと、グラスを磨く手を止めた。
この酒場では、カードに使うチップをマスターを通して換金している。
場の空気なんぞ知らん顔。ボスは部下に命じてカードを配り直した。その目は今まで以上に血走っている。その理由は顔に書いてあった。
鼻の下は伸びきって、口はダラリと半開き。純粋に卑猥な事だけ考えている。煩悩丸出しの男の顔だった。
やはり夜の酒場では、女というだけで人気者のようだ。
その様子をジョーンズはただ眺める事しか出来ない。
「わぁい、アリガトッ」
なおも少女は媚びるように、胸を腕に擦りつけている。しかし悲しいかな、その大きさでは膨らみも何も分からないだろう。
むしろボタンが当たって痛そうにも見える。
それでもボスは上機嫌だった。
「ボスも物好きだよなぁ」
「シィッ」
そんな部下の小声がジョーンズの耳にも入った。ボスの趣味については部下の間でも頭を悩ませているようだ。
「嬢ちゃんはそっちの席に座ってくれや、あー、なんだその」
「キャロだよ」
ウインクしながら笑顔での自己紹介。それを間近で見たボスは恍惚の表情を浮かべる。
少女はボスとジョーンズの間の席に着いた。今度はジョーンズに笑顔を向ける。
「ヨロシクね」
「あぁ、こちらこそ」
だが、少女は直ぐに目を細めた。ボスの時とは打って変わって、値踏みするかのようにジョーンズの顔を凝視する。
「お手柔らかに頼むよ」
冷たく低い、落ち着いた声だった。声質は同じなのだが、明らかに温度が違う。
少女の豹変ぶりに、ジョーンズは背筋から血の気が引くのを感じた。驚きのあまり慌てて周囲を見渡す。
客も部下も話をしたり、酒を飲だりしている。いつもの酒場の光景がそこにあった。
少女の変化に気づいたのは、ジョーンズ一人だけだった。
テーブルに視線を戻すと、ボスも少女も既にカードを手にしていた。ジョーンズも慌てて手札を確認する。
今回の手も悪くはない。流れはまだ来ているようだ。カードだけは。
ジョーンズは手札を見ながら、ため息をついた。
「マズイ事になったぞ」