1 美少女傭兵登場
(マズイ事になったぞ)
ジョーンズは無精ヒゲの生えた顎をさすり、顔をしかめた。配られたカードの手が悪かったからではない。
むしろ最高だ。今回は特に良い流れが来ている。
夕食時も過ぎた頃、街に一軒しかない酒場は今日も盛況だった。
丸テーブルを挟んだ向かいには大男が座っている。額から右目に大きな傷跡。笑顔で葉巻を咥えていたが、配られたカードを見るなり目の色が変わった。
顔を真っ赤にして、しかめっ面で煙を吐き捨てた。余程悪い手が来たらしい。
(態度でバレバレじゃないか)
目を合わせないようにジョーンズは手札で顔を覆った。相手の反応を見るに、このまま勝負すればおそらく勝てるだろう。
テーブルに置かれたチップの数は、決して少なくはない。負ければ今日の勝ちはパー、考える余地など無い。
相手がならず者のボスでなければだ。
(適当に負けて逃げれば良かった)
後悔してももう遅い。良い流れとアルコールが彼の判断を狂わせた。
小遣い稼ぎではじめた今日のゲーム。ところがどっこい連戦連勝。
狙い通りにカードが引けて、ジョーンズにとって夢のような気分だった。相手が街でデカイ顔してるボスならなおさらだ。
だが夢はいつかは覚めるものだ。
最後の勝負と全掛けさせられ、今に至る。
後ろにいる男がジョーンズの手札を覗き込んでくる。酒場の客でもギャラリーでも無い、ボスの手下だ。
「おい、分かってるよなぁ」
耳元で囁いてくる。ヤニとアルコールの混じった焼け付く口臭が鼻につく。
何が分かってると言うのだろうか。勝ったら良くて半殺し、負けたら無一文。そんなところだろう。
今度はカードの隙間から相手の顔を覗く。その目は変わらず不機嫌に血走っていた。
だが視線の先が、自分の手札からジョーンズに移っている。本気で殺されかねない雰囲気だ。
ジョーンズは天を仰いだ。
(誰か助けてくんねーかなぁ)
ここは場末の酒場の一階。天井の木目と目が合うと、諦めて視線をテーブルに戻した。
その時だった。
ドバアァン!!
「ヘイヘーイ! やってるかいぃ? 」
扉を勢い良く蹴り飛ばす音。そのすぐ後に、鈴のような甲高い声が酒場に響いた。
中にいた者は皆、手を止めて注目した。
入り口に少女の影。迷子にしては元気だが、客にしては幼すぎる。
どちらにせよ、夜更けの酒場には不釣り合いな存在だ。
「邪魔するよぅ」
後ろで二つ縛りにした黒髪を揺らし、ズカズカと中に入ってくる。
なんら臆する事なく十は歳上の男を掻き分けると、カウンターに腰掛けた。
汚れたコートを隣に置くと、白い細腕で頬杖をつく。中には穴の空いたシャツに黄ばんだスカート。
年頃の娘にしては衣服に無頓着過ぎる。それでも酒場の中にあっては十分サマになっていた。周りの客達も似たり寄ったりの格好だ。それでも異物感は拭えない。
「マスターこの店のオススメは? もちろんアルコールね」
「一応年齢聞いとくけど、街の決まりで子供には出せないからね」
淡々と話すマスターとは対照的に、少女はケラケラと笑った。自信があるのか、その目はキラキラと輝いている。
「アタシ15だよ」
マスターは無言で、少女の前にグラスを置いた。中身は水だ。この街での飲酒は18からと決められている。
唇を尖らせてグラスを手に取ると、少女は一気に飲み干した。空になったグラスを笑顔でカウンターに叩きつける。
「プファ〜ウメェ、乾いた喉に染みるぅ。水でこれなら、お酒の味はどうなっちゃうのカナ?」
上目遣いでチラリ。少女はマスターに視線を送る。しかしマスターは小さな客に背を向けると、棚にある食器の整理をはじめてしまった。
プゥと頬を膨らまし、少女は店内を見渡した。
口を閉じてさえいれば、少女に声をかける者もいただろう。夜の酒場では年齢関係なく女というだけで寄ってくるヤツがいる。
その手の輩は皆、酒臭い息で鼻を伸ばしたニヤけた面だ。
だが彼女はその幼い外見に反して、こう言う場所には慣れているようだった。むしろ初めての店の扉を蹴り飛ばして入ってきたのだ。
肝がすわってる。もしくは頭のネジがブッ飛んでるかのどちらかだ。
どちらにしても、自ずから関わる人種じゃない。
観察に集中し過ぎたのか、ジョーンズは少女と目が合ってしまった。
後悔してももう遅い。ニンマリ顔で真っ直ぐテーブルに近づいてくる。
「なぁんだ、カードあるじゃん。アタシも混ぜてよ」